第35話 海(3)

「ごめん、お待たせ夜宵さ──」


 俺がパラソルまで戻ると、そこには夜宵さんと二人の男がいた。


「ねぇねぇ君一人?」


「可愛いね。名前はなんていうの?」


「…………」


「ちょいちょい! 無視はないだろ!」


「ちょっと俺らと遊ぼうよってだけじゃん!」


 俺の額にじんわりと汗が浮かぶ。


「なあほらちょっとこっち来いよ」


「嫌──」


 短髪の男が夜宵さんの腕を掴んだ時、俺の体は勝手に動いていた。




「──おい! ……お前ら、その子に何の用だ」


「あ? 誰だお前」


 もう一人の金髪が俺に迫ってくる。


「その手を離せ」


 俺はそいつを押しのけて彼女の腕を掴む男を引き剥がした。


「チッ! なんなんだよお前!」


「それはこっちのセリフだ。人の女にちょっかいかけるとはいい度胸だな」


 自分でもこんな言葉が出てきたことにびっくりした。


「彼氏持ちかよ……。先に言えこのクソ女」


「テメェ今なんつった」


 男のその一言に、俺は完全に頭に血が上っていた。

 拳を握る手がギリギリと軋む。掌に自分の爪が食い込んで痛むのも構わず俺は更に拳を固めていた。




「なんだお前、やる気か?」


 金髪は後ろから俺の肩に手を置いた。

 俺が振り返る時にそのまま拳を叩き込んでやろうと思ったその時、正面にいた短髪が尻もちをついて突然その場に倒れた。


「お、おい、コーちゃん! その手を離せ!」


「あ? どうしたんだソーちゃん」


 尻もちをつく短髪のソーちゃんとやらが金髪のコーちゃんを静止する。


「この筋肉、ただもんじゃねえ! さてはアンタ……」


「剣道をやっているが?」


「やっぱり!」


 は? 何がやっぱりなんだ?

 コイツらは人の筋肉を見てその人がやっている競技を当てる整体師かなんかか?


「コーちゃん、こっちに来て見てみろ!」


「こ、これは……!」


 金髪のコーちゃんも一緒になってその場に倒れ込んだ。


「この向こう傷、この辺りじゃ有名な伝説の剣士、百人斬りの龍二じゃねぇか!」


「あ、アンタ本当にあの龍二なのか……?」


 いや誰だよそれ。伝説の剣士だとか百人斬りだとか物騒だな。

 だがまあ、この場を穏便に収めるには名前ぐらい借りてもバチは当たらないだろう。


「もし、そうだと言ったら?」


「「す、すみませんでしたー!!!」」


 誰だか知らないが伝説の剣士のおかげで男二人は尻尾を巻いて逃げ出した。


「ふう……」


 俺は遠くの方でこっちを見るビーチには似つかわしくないスーツ姿の男に手を振る。俺の合図に気づいた男はどこかへ消えていった。




「岬くん──!」


「夜宵さん、痛くなかった?」


「だ、大丈夫……」


 俺が彼女の横に座ると彼女は腕を組んで身を寄せてきた。その体は微かに震えている。


「もう、一人にしないから」


「うん……」


 彼女がぎゅっと腕に力を入れるので、俺たちは更に密着する。

 腕に伝わる柔らかい感触にまた立ち上がりそうになったが、俺はぐっと堪えてこの時間をゆったりと過ごした。






「今日、いい感じだったわね」


 夕暮れの中の帰りの電車、健人は盛大にいびきをかいて寝ているし、夜宵さんも俺の隣ですやすや眠っていた。


「そうか?」


「ええ、とっても」


 そんな二人を差し置いて、桜花は俺に話しかけてくる。


「告白はしたの?」


「いやそんなこと──!」


「あんなにびったりだったのに? はぁ……。アンタも本当に甲斐性がないのね」


「…………」


「アンタも気づいてるんでしょ? 夜宵ちゃんの気持ちに」


「それは……」


 俺の肩に頭を乗せて熟睡する夜宵。その完全に信頼しきった無防備な姿は、傍から見れば仲のいいカップルに相違ないだろう。

 俺はずっと、ファンの矜恃などと言い訳をしてずっと逃げていただけだ。


「夏休みの最終日、お祭りがあるわ。そこに二人で行きなさい。そのお祭りは最後に花火大会もあるわ。そこでビシッと決めなさい。これ以上情けない姿を晒さないことね」


「…………」




「それじゃあ、この二人は私が送っていくわ。じゃあね岬」


「え……」


「ほら行くわよ健人! 夜宵ちゃん!」


「ん? もう着いたのか〜?」


「ん……」


 健人と夜宵さんの手を引いて電車を降りる桜花。

 寝ぼけた二人はそのままボケっとしており、気がついた頃には電車はもう発車してしまっていた。


 俺は電車の中で一人、三人のいるホームと夕日を眺めながらその姿を見送った。






「ただいま父さん」


「お帰り岬」


 家に帰ると父さんは俺を待っていたのか、リビングで新聞を読んでいた。


「よくやったな、岬」


 やはりあの見張りの男から、全ての事の顛末を聞いていたのだろう。


「……お礼なら“龍二”さんに言っといてよ」


 あの謎の伝説の剣士さんとやらに。


「ほう、俺の部下の名前まで覚えていたのか」


「え……?」


「もうアイツを付けなくても大丈夫そうだな」


 ん? そういえば今日いた父さんの部下の人は道場でも見かけたことはあったか……?


「海はベトベトになるだろう。先に風呂に入ってきなさい。今日も父さんが晩御飯を作ろう」


「うん」


 俺は積もりに積もったモヤモヤも洗い流そうと、風呂場へ急行した。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2023/12/28 12:30頃更新予定!

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