第33話 海(1)

「海、行くわよ」


 いつの間にか作られていた俺、健人、桜花、夜宵さんのグループに桜花がその一言を投稿したのは、俺が退院してから二週間後、傷もほとんど完治した頃だった。




 その間俺は一度父さんと剣道の道場に顔を出した。

 怪我もあるしブランクも長かったのでまずは少しずつ慣らしていき、高校卒業までに三段昇段を目指してやっていこうと先生と話した。


 剣道を再開するにあたり、部活の方はやめることにした。この体で両方の競技を続けるのは難しいし、剣道の三段もそんなに甘い目標ではない。




 それからバイトも、夏休みの間は休みをもらった。

 店長も事情は知っていたし、家族との時間を大切にと快く休みをくれた。戻りたくなったら少しずつ再開できるように配慮もしてくれるとのことだ。


 俺は改めて、沢山の人に支えられて生きてきたのだと実感した。二年前のあの日から、ずっと孤独に生きていると思っていた。

 だがそれは大きな過ちだった。




「父さん、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」


「どうした」


 リビングにいる父さんは新聞を読む手を止めた。


「あの……、今度友達が海に行かないかって誘ってくれたんだけど……」


「……いいじゃないか」


「……!」


 最近はずっと家にいた。外に出たのは父さんと一緒に道場へ行った時だけだ。

 だからそんな簡単に外出を許してくれるとは思っていなかった。


「その友達の中には城崎さんもいるのか」


「まだ詳しく話し合ってないんだけど……、多分そうなると思う……」


「そうか。なら迎えに行ってあげなさい」


「はい」






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 それから話は進み、近日中で最も天気がいい日曜に海へ行くこととなった。


「それじゃあ父さん、そろそろ出るね」


「ああ。……何時の電車で行くかだけ教えなさい」


「ああうん。今のところ行きがこれで──」


「分かった。気をつけてな」


「うん。行ってきます」


 俺が家を出る時、父さんはどこかへ電話しているようだった。




 十分ほど電車に揺られ、夜宵さんの新居へ向かう。

 電車に乗っていると、俺の近くに昔母さんの葬式で見た父さんの同僚らしきスーツ姿の男がいた。まあ何か力が働いていそうだが、守られているという安心感は素直にありがたく受け取ろう。


 夜宵さんから送られてきた住所に着くとそこは完全オートロックのマンションだった。

 俺は彼女の部屋番号を入力してインターホンを押す。


 しばらくしてロビーの扉が解錠され彼女が姿を現した。


「ん……おはよ……岬くん」


「おはよう夜宵さん」


 笑顔で挨拶する彼女はラフな格好で大きな鞄を手に持っていた。


「髪、切ったんだ……」


「ああ、うん。剣道をするには面をつけたら邪魔になるからね」


「いい感じ……だと思う」


「お、おう……」


面と向かってそう改まって言われると照れるものだ。


「そ、それじゃあ行こうか」


「うん……」




 健人と桜花は現地で合流することとなっている。俺と夜宵は二人で電車に乗り海へ向かった。


「ねぇ岬くん……あのスーツの人……」


 横に座る彼女は俺に身を寄せ腕を組んでくる。


「あの人は大丈夫だよ。多分父さんの部下だ」


「警察の人……?」


「ああ。本庁の刑事ならこんな子どもに尾行がバレるはずもない。あれはわざとああやってるんだ」


 俺が父さんと話した時、夜宵さんがいるか確認された。それはきっと大人同士の話で、しばらくの間は夜─YORU─さんに監視をつけることになったのだろう。


「そうなんだ……」




「でも、一人暮らしも活動も続けられてよかったね」


「ん……部屋も綺麗にしてたし、ご飯もちゃんと食べてた……。そして成績も上がってたから説得できた……。これも全部岬くんのおかげ……」


「……! そっか……」


 それから俺たちは無言で肩を寄せ合いながら、流れる景色を眺めつつ海へ向かった。






「海なんて久しぶりに来たな!」


「私はあんまり来たことない……」


 今日も暑い日で、ビーチは人でごった返していた。


「ええっと? 健人たちとは海の家で合流だったか……」




 この人混みで出会えるか不安だったが、健人がビーチパラソルやらなんやら桜花の荷物まで大量に持たされており、遠目からでも目立っていたのですぐに見つかった。


「よっす岬ぃ! 元気にしてたか〜?」


「おう。もう大丈夫だ」


「聞いたぜ岬、お前部活辞めるんだってな」


「……ああ」


 健人の手がこちらへ向かってくる。

 殴られると思った。殴られても仕方ないと思った。同じバスケ部で出会ってから今までこんなに仲良くしてくれたのに、俺だけ一方的にバスケを辞めるなんて裏切りが許されるはずないと思った。


 しかし、健人の手は俺の肩に乗せられた。


「カッコイイな〜お前! 好きな女を守るために武術を始めるなんてよ〜!」


「健人……」


「まあ精一杯頑張れよ〜? 他のバスケ部の奴らも応援してたぜ!」


「……ありがとう」


 俺は顔が熱くなった。

 少しでも親友のことを疑った自分を恥じ、そしてどんな俺も受け入れてくれることが嬉しかった。




「夜宵ちゃん、新居はどう?」


「あ……、とても快適……です……」


 桜花と夜宵さんも横で話している。


「あそこの警備は私のパパの会社がやってるの。安心していいわ。もし外出の時も心配なら別途警護のサービスもやってるから、特別価格で提供するわよ」


「ありがとう……桜花ちゃん……」


 流石は社長の娘、営業が上手い。




「さ! 早く着替えて海入ろ〜ぜ! 重くてもう汗だくなんだよ〜!」


「はは……。そうだな」


 俺たちはそれぞれ海の家の更衣室へ入り、水着に着替えることにした。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2023/12/26 07:30頃更新予定!

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