第32話 話をしよう(2)

 四日後、何事もなく俺は無事に退院する運びとなった。


「ごめんね父さん。仕事もあるのに」


「……何言ってるんだ。親なんだから当たり前だ」


 父さんの運転する車の助手席に座るのも何年振りか覚えていない。

 改めて何を話せばいいか分からなかった俺たちは、ただ無言で家まで帰った。






 たかだか数日帰らなかっただけで、自分の家がまるで他人の家のように感じる。


「風呂、沸かしてある。病院では風呂にも入れなかったんだろう。ゆっくりするといい」


「うん。ありがとう」


「服は一人で脱げるか? もし痛むなら背中を流してやっても──」


「大丈夫だよ、父さん」


「……そうか」


 病院ではシャワーも浴びさせてもらえなかった。だが今は傷口に巨大な絆創膏のようなものが貼られているので問題ない。

 大変なのはこれを毎日取り替えて薬を塗ることだけだ。




「病院では味気のないご飯ばかりだっただろう。食べなさい」


「あ、ありがとう……」


 テーブルの上には、どデカい丼の山盛りご飯の上に野菜炒めと呼ぶには肉がやたら多いものをかけた、ザ・男飯といった料理が並んでいた。


「いただきます……」


 普段は料理なんてしない父さんの料理は、味付けはやたらとしょっぱい上に野菜も不格好な形をしていた。不格好どころかキャベツは五枚も繋がっているし、豚肉に至っては切ってすらいないお店で売られているパックの大きさのままだった。

 だがどうして、今はそれがとても美味しく感じた。




「美味いか岬」


「うん……」


「そうか」


 それから父さんは無言で、俺が食べ終わるのをだだじっと見つめていた。




「──ご馳走様……」


「片付けも俺がする。そのまま置いておきなさい」


「分かった」


「……岬、少し話をしよう。座りなさい」


「…………」


 ああこの空気、めちゃくちゃ嫌だ。今すぐ逃げ出してしまいたい。

 だけど、ここでまた逃げ出したら、一生父さんとは向かい合うことができなくなるような気がした。


 俺は父さんの正面に座って、その顔を見る。無愛想で、威圧的、そして今までみたこともないような真剣で悲しげな顔をしていた。




「まず何より、お前が無事でよかった」


「うん……」


「もうこれ以上、家族を失いたくないんだ」


「…………」


「岬、聞きなさい。父さんはな、もう二度と、あんな思いをしたくない。だからお前を守るためなら仕事なんてやめたっていい。他の誰が傷ついたっていい」


 父さんは机の上で、俺の手に手を重ねる。その手は厚く、大きかった。




「──だが、お前にも、もう、あんな思いはして欲しくない。……よく、あの子を守ったな岬」


「え……」


「父さんはお前が誇らしい。お前は立派だ」


 父さんの俺の手を握る力が強くなる。


「でもな、次も上手くいく保証なんてない。次はお前が死ぬかもしれない。……あの子が死ぬかもしれない」


「…………」


「強くなれ岬。自分の身を守れるように。そして、大切な人を守れるように」


「大切な人……」


 俺の頭には、たった一人の少女の姿が浮かんでいた。




「じゃあな。今日はもう休め」


 父さんはそう言って席を立った。


「──父さん!」


「……なんだ」


「父さん、俺、……怪我が治ったらもう一度、……もう一度剣道! やってみようかな……って…………」


 父さんは過去と向き合って、自分なりに答えを出した上で俺を信頼して自由にさせてくれているのだ。

 俺も、過去と向き合う時が来た。


「……そうか」


 父さんはそれだけ呟き、俺の頭を撫でる。


「行きたくなったら言いなさい。一緒に、またあの道場へ行こう」


 小学生の時、父さんと母さんと、三人で行ったあの道場へ。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 その週の土曜日、家へ城崎さん一家がうちへやって来た。


「どうぞ、上がってください」


「夜宵さん……」


 今日の夜宵さんはセミフォーマルな服装をしてた。


「岬、父さんたちは大人同士で大事な話をする。お前たちは岬の部屋で少し遊んでいなさい」


「えっ! あ、うん……。──二階だよ、行こうか」


「うん……」




 普段から片付けてはいる方だが、来るのを知っていたならもっとちゃんとしたのに。

 口下手なのは分かるが父さんも一言言っといて欲しいものだ。


「岬くん……もう動いて大丈夫なの……?」


「うん。ほら」


 俺は左腕を上げて見せる。


「痛てて……」


 わざとらしく大袈裟に動かしたが、流石にまだそこまで動かすと痛みがあった。


「無理しないで! ……ごめんなさい岬くん私のせいで……」


 夜宵さんは泣きながら俺に抱きつき、胸に顔を埋めた。


「大丈夫だよ夜宵さん。俺は大丈夫だから」


 俺はそっと抱き締める。


「あの……引越しすることになりました」


「そうなんだ。でも、その方がいいね」


「また……来てくれますか……?」


「……うん」


「岬くんが元気になるまで毎日ご飯作ります……! だから……、だからどうか……私のこと嫌いにならないでください……!」


 縋り付くその姿は誰よりも脆く、純粋で、か弱く、一生懸命で、そしていたいけな少女そのものだった。


「そんなことしなくても、俺は絶対に君を嫌いになんてならないよ。……だから夜─YORU─さんとしての活動も諦めないで。あんなのに負けないで、また配信で元気な姿を見せて。俺もまた、頑張るから」


「はい……!」





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2023/12/25 7:30過ぎ更新予定!

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