第30話 暴走(5)

「岬!!!」


 父さんの声が聞こえてきた。遂に幻聴が聞こえたのかと思ったが、顔を上げると覆面パトカーと共に本当に父さんが来ていた。


「うぉぉぉぉぉ!」


「誰に手を出したと思ってるんだ!」


 父さんはストーカー野郎がナイフを振り下ろすより早く体当たりし、体勢が崩れたところをそのまま一本背負いで投げ飛ばした。


「確保ー! 十二時三十七分、傷害と殺人未遂の現行犯で逮捕する!」


 父さんは手早くナイフを蹴り飛ばし、ストーカー野郎に手錠をかけた。

 そしてストーカー野郎を駆けつけた警察官に引き渡すと俺の元へ駆け寄る。


「大丈夫か岬!? ──早く救急車を! 大丈夫だからな岬! 止血すれば大丈夫だ!」


 父さんはハンカチを俺の胸に押し当てる。




「ごめんなさい……! 私のせいで岬くんが……!」


「君が岬の友達だね。怪我はないかい?」


「私は大丈夫だけど……岬くんが……!」


「この子は大丈夫だ。俺の息子はこんなところで死ぬような男じゃない」


 やめてよ父さん、夜宵さんの前で恥ずかしい。


「君も気づいていないだけで怪我があるかもしれない。一緒に救急車に乗るんだ」


「はい……」


 そんな二人のやり取りと、パトカーのサイレン、そして救急車のサイレンが聞こえる中、俺の意識は遠のいていった。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆






 目を覚ますとそこは病院のベッドの上だった。


「気が付いたか岬……」


「父さん……」


「二十針も縫ったんだぞ」


「痛てて……」


 刺された時は何も感じなかったのに、落ち着いて今言われて急に痛みを感じた。


「でも助かって本当によかった……」


 こんな父さんの顔は初めて見た。


 壁に掛かった時計を見ると短針は八時を指している。窓の外が明るいということは、これは日曜日の朝八時ということか。

 その間、俺が目覚めるまで父さんはずっとここにいたのだろうか。




「岬くん……!」


「夜宵さん……!?」


 俺と同じ病院着を着た夜宵さんと、見知らぬ二人の男女が俺の病室に入って来る。


「夜宵さんそれ……! 夜宵さんもどこか怪我したの!?」


「違うよ! 私はただの検査入院……。もう……自分の心配してよ岬くん……」


 彼女は俺の上に被さるようにもたれ掛かり泣き始めた。




「──で、そちらの方は……」


「この度は大変申し訳ありませんでした!!!」


「えぇ……」


 男の方が突然その場に土下座する。俺は何が何だか訳が分からなかった。


「顔を上げてください城崎さん」


「ああそういうこと……」


 父さんがその男を「城崎さん」と呼んだことで、この二人の正体が分かった。




「夜宵の父と母です。この度は岬君になんと言ったらいいのか……。本当に娘をありがとうございました……!」


 夜宵さんの母親は涙ながらにそう言う。


「いえあの時は体が勝手に……。それにああなったのは僕のせいもありますから……」


「岬、その話は夜宵さんから聞いている。だがそれはお前が悪いんじゃない。自分を責めるな。それはお前を傷つけていい理由なんかじゃないんだからな」


 父さんは俺の肩に手を置いてそう言った。


「本庁刑事の息子に手を出した犯人は警察の威信をかけて徹底的に調べあげる。当然検察も厳しい判断を下すだろう。お前たちはもう大丈夫だ。今まで通り、普通の生活ができる。この国の司法がついているんだからな」


 そう父さんに言われて、ふっと肩の荷が降りた。

 どうしてもっと早く父さんに夜宵さんの話をしなかったのだろう。些細な違和感も相談できていたら、もっと違う結末を迎えられたかもしれない。




「必ず! このご恩は必ず返すと約束します!」


「そんな……。顔を上げてくださいお父さん。僕はただやられただけで犯人は僕の父さんが……」


「お父様にも大変ご心配をお掛けすることとなり申し訳なく思っております! この度は誠に──」


 夜宵さんの父親が床に頭を打ち付けるように土下座を続けるその時、白衣の男と看護師たちが入ってきた。


「ええと、お取り込み中失礼します。意識が戻られたようですね。神楽岬さん、私は主治医の財前です。……本人と保護者様に手術の経過や病状についてお話したいのですが」


「ああ! それではわたくし共は失礼します! あなた、夜宵! もう行くわよ!」


「本当に申し訳ございません! ほんとうに申し訳……」


「ごめんなさい岬くん! ごめんなさい……」




 夜宵さん一家が去り、医師は俺の病状について説明してくれた。


 どうやらナイフはそれほど深くまで刺さっていなかったようで、傷は浅いこと。ただし範囲が広く出血も多かったため輸血と縫合を行ったこと。

 命に関わる怪我ではないので、後三日ほど入院したまま様子を見て、その後は経過観察や抜糸のための通院だけで大丈夫だそうだ。

 しばらくは傷が痛むから動かしにくいかもしれないが、またバスケをしたりする時に後遺症とかは残らないそうなので安心した。




「それじゃあ岬、俺は刑事として、そして関係者として捜査したり、されたりしないといけない。本庁に戻るが何か不安なことがあったらすぐに連絡しなさい」


「分かったよ父さん」


「じゃあな」


「うん……」


 そして一人になった病室で、俺は知らない天井を見上げた。





◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます。

次話2023/12/24 18:00過ぎ更新予定です。

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