第16話 お礼(3)

 来る約束の日曜日。俺はいつもより一時間も早く起きて準備を始めていた。


「どうした岬、デートか?」


「と、父さん……。今日休みなんだ……。うんまあ」


 本庁の刑事である父さんに隠し事は不可能だ。……いや、今日の俺の様子を見れば誰の目にも明らかか。


「車には気を付けろ。危ない場所には近付くなよ? それと──」


「父さん! ……行ってきます」


「……行ってらっしゃい岬」


 楽しいことの前にあんな雰囲気の中で会話を続けたくなかった。

 結局俺は予定より三十分も早く家を出ることになった。






 しょうがないので俺は少し遠回りして待ち合わせのデパートへ向かうことにする。

 それでも待ち合わせ場所に到着したのは約束の十分前だった。


「ごめ……お待たせ……」


 夜宵さんは約束の時間ピッタリに、重そうな黒いロングブーツをコンコンコンと鳴らしながら小走りでやって来た。

 彼女はネットの広告でしか見たことないようなダークな地雷系ファッションで、黒とグレーのワンピースにショートパンツとタイツ、何が入るのか分からない小さいバッグと黒マスクといった出で立ちだった。


 そんな彼女は深く被った帽子を抑えて顔が見られないようにしているが、かえってその怪しい様子が注目を集めてしまっている。


「俺が早すぎたんだ。おはよう夜宵さん」


「おは……よう……ございます……」


「あー……、どこかで休んでから行くか」


「ん……そうしよ……」




 俺か店長以外が淹れたコーヒーを飲むのはあまり気が進まなかったが、俺たちはデパートの中のコーヒーショップに足を運んだ。


「私……お店で買うの初めて……」


「俺もこの店には来たことないな……。でもまあ、ここはカフェ店員の俺に任せてよ」


「うん……!」


「苦手なものはある?」


「なるべく甘いので……」


「おっけー」


 俺は店先に出されたメニュー表を確認してから、自信満々な顔でカウンターへ向かう。




「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」


「はい。俺がドリップコーヒーのアイス、モカで」


「本日は日替わりでグアテマラ・アンティゴアですがよろしいですか?」


「えっ? あ、はいそれで……。……で! 彼女がカプチーノ、ミルクと砂糖追加で」


「アディショナルミルクとシュガーですね。店内でお召し上がりですか?」


「はい」


「サイズの方はどちらにしましょう」


「さ、サイズ……?」


 よく見たら店内のお客は皆カップではなくプラスチックの容器を持っている。


「トールで……」


「はいかしこまりました」


 夜宵さんのオーダーを聞いて店員がレジに入力し始めた。


「トールって、そんなに飲めるの?」


 俺は隙を伺って彼女に耳打ちする。


「トールはそのまま“高い”って意味じゃなくて、普通サイズ……。これはネット注文と同じ……」


「そ、そうなんだ……」




 柄にもなくカッコつけようとしたばかりにとんだ恥をかいた。どうやら世界規模のチェーン店様は個人経営の小さな喫茶店とは全く違う独特の設定で運営しているようだ。


「では合わせて千八百円になります」


「あ……、これはこの前のお礼だから……私が……」


 そう言って彼女はバッグから財布を取り出す。つい見てしまったその財布の中には、俺が今まで見たことない枚数のお札が入っていた。

 間近で見たらその財布も、バッグも、もしかしたら服や靴も俺が知らない有名ブランドっぽく見えてきた。


 夜─YORU─さんほどの配信者となれば年収はウン千万クラスだとどこかで見た。彼女をただの女子高生だと思ったら大間違いだ。


「ありがとう」


「ん……」


「ではこちらレシートになります。お持ちになってそちらにお並びください」




 流石大勢のお客を捌くチェーン店だ。数分もせずにコーヒーが出てきた。


「大変お待たせしました! こちら商品になります」


「ありがとうございます」


「ん……向こうの席……空いてる……」


「じゃあそこで」


 俺の働いている物静かな喫茶店とは違いカジュアルでオープンなこの店は、言葉を取り繕わずに言えばかなりうるさいものだった。




「ふう……」


 寝坊したのかかなり焦って来た彼女はやっと一息つけたようて、マスクを外してカプチーノに口をつけるとふっと息を吐いた。


 俺もコーヒーを一口飲んでみる。……まあ店長のコーヒーには及ばないが、大衆から受け入れられているだけあって完成度は高かった。

 などと一人でじっくり味わっていると、彼女の笑い声が聞こえてきた。


「ふふ……。今度岬くんの働いている喫茶店……行ってみたいな……」


「もちろん歓迎するよ」


「……岬くんがコーヒー淹れてくれるの?」


「基本店長だけど、頼まれたら俺が淹れるよ。だけど基本は軽食の方かな」


「……! 岬くんの料理……美味しかった……。今度教えて欲しい……」


 一人暮らしの彼女には必須のスキルだろう。また体を壊したりしないよう、自分で適切な栄養バランスを考えた料理ができた方がいい。


「もちろん、喜んで」


「やった……」


 嬉しそうに微笑む彼女唇には白いクリームが付いていた。

 その愛おしい光景に、思わず俺も口元が緩む。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 

あとがき


お読み頂きありがとうございます!

次話2023/12/13 12:00過ぎ更新予定!

ブックマークしてお待ちください!評価やレビュー、感想等もよろしくお願いします!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る