第36話 ナルヴィと違和感

ナルヴィが屋敷の違和感に気づいたのは、お買い物のついでに最近鍛錬を頑張っているグレイブと元気になったドロシーの好物であるクッキーを買って戻った時だった。

 いつもは庭の掃除をしているはずのメイドがいないのだ。



「一体どうしたのでしょうか? うちにサボるような人はいないはずですが……」



 領主の趣味なのか胸の大きい人が多いアンダーテイカー家の屋敷だが、教育の質と給金は高いため使用人のモチベーションも高い。領主も胸を見てくる以外は貴族にしてはまともなのでなぜ巷で悪役領主などと呼ばれているのか、使用人たちみんなの疑問の一つとなっているくらいだ。

 


 チーンチーン



 屋敷の中で鐘の音が響くいているのに気づく。教会でもないというのに一体どうしたのだろうか? ナルヴィは違和感を感じながらもグレイブがいっていたことを思い出す。



『ナルヴィよ、俺は邪教とたたかうことになるかもしれない。そのせいで屋敷が襲撃されることもあるんだ。警戒しておいてくれ。あと、もしも怖かったからこの屋敷からでていってもかまわないからな……』



 そういって優しく心配してくれる彼を見ると本当に変わったと思う。少し前のまでの彼は本当に理不尽で我儘だった。だけど、子供のころからずっと見守っていた彼女はそれも仕方ないことだと思っていた。

 次期領主としての異常な量の教育に、成果を要求されて彼はプレッシャーに押しつぶされてしまったのだろう。おまけに自分の代わりに領主になるかもしれない義理の妹まで現れたのだ。

 彼はどんどん攻撃的になっていくのを誰が責められようか。そんな風に彼が変わってしまったのは悲しかったけれどナルヴィはそのつらさがわかっていたからこそ、理不尽なことを言われてもメイドをやめることはなかったのである。



「だから……私はグレイブ様が優しくなって……ドロシー様とも仲良くなって嬉しいんですよね……でも、最近は色々な女の子に囲まれすぎではないでしょうか……私が最初にいっしょにいたのに……」



 つい自分の中のもやもやとしたものを吐き出して……ナルヴィは違和感に気づいた。一体どうしたというのだろうか? 私はなんで仕事中にこんなことをかんがえている?



「いやな予感がしますね。一応飲んでおきましょう」



 自分の思考に違和感を感じたナルヴィは状態異常回復のポーションを口にすると、さぁーっと頭がクリアになっていく。



「やはり何者かの魔法か何かですね。あの鐘が関係しているのでしょうか?」



 嫌な予感がしたナルヴィは急いで騎士たちの詰め所へと向かう。そこにはベロニカの紹介でやってきたかの有名なアテナ騎士団の団員が数人ほど控えているのである。彼女たちならば、おそらくこの異常事態にも対処できるはずだ。



「申し訳ありません、屋敷に一緒に……」

「ずっとあなたとこうしたかったの……♡」

「ああ、私もだよ……今度はベロニカ様も誘って三人で楽しみたいね♡」



 ドアを開けて持っていたのは裸で抱き合っているアテナ騎士の団員二人だった。室内には甘い匂いがただよっており、豊かな胸と胸がお互いをつぶし合って何とも甘美な空間となっている。

 女同士で快楽をむさぼる姿はどこか美しく芸術的ですらある。



「これは……?」



 見てはいけないものをみたナルヴィは慌てて扉をしめる。あの二人はベロニカが呼んだアテナ騎士団の団員であり、優れた剣の使い手で……たしかに仲良しではあったが、勤務中にあんなことをするような人間ではなかったはずだ。



「このままではドロシー様があぶない!!」



 とりあえず自室に戻って状態異常のポーションを手にしてドロシーに渡そうと、自分の身もかえりみずに決めたナルヴィだった。




 急いでポーションを回収したナルヴィはそこらかしこで抱き合っている同僚のメイドたちを横目にドロシーを探す。男性の使用人たちがいないことに疑問がよぎったがまずはドロシーの無事が第一である。

 彼女の自室にはおらずかたっぱしから部屋を探していると、グレイブの部屋から何やら物音が響いているのに気づく。



「ドロシー様!! あ……」

「ああ……お義兄様の匂い……私は……私は……んん、体が熱くなってしまいます♡」



 そこではグレイブのベッドに横になり、枕の匂いをかぎながら悶えているドロシーの姿だった。ナルヴィが来たのにきづくようすもなく一心不乱に顔を押し付けては幸せそうに声を上げている。

 確かにドロシーがグレイブにそう言った感情をいだいているということはわかっていた。だけど、自分に気づくことなくこんなことをしているのは異常すぎる。



「これは……」

「催眠にはいくつか段階が必要なのですわ。第一段階は欲望開放。これはうちなる欲望を解放するのですのよ。今回は人の三大欲求の一つを性欲をあげたのです。見ましたでしょう? この屋敷の素晴らしき光景を!! 女の子同士で愛しあう素晴らしい世界を!!」


 

 ナルヴィが声に慌てて振り向くとドレス姿の美しい女性が立っていた。彼女は扇を片手に上品な所作で笑顔を浮かべている。


 その容姿はまさに深窓の令嬢というのにふさわしい……そんな美女である。


 だけど、不思議とナルヴィには目の前の少女が不気味な化け物のように見えた。



「ああ、ちなみに男たちは闘争本能を解放しておきましたわ。今頃勝手に殺し合っているのではないでしょうか? だって、美しい百合の世界にバラは不要ですもの」



 当たり前のようにふざけたことを吐く目の前の女にナルヴィは恐怖をおぼえるのだった





ナルヴィのターン!!


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