第29話 イザベル
イザベルは自らの召喚した異界の魔物たちに囲まれて身動きが取れなくなっているであろうグレイブたちを冷めた目で見つめていた。
勝利を確信しているというのに彼女の目には喜びの感情はない。
テュポーン様を退けたって言うからもっと楽しませてくれると思ったんだけどな……期待外れだね。
イザベルは幼少の時から魔法の天才と呼ばれていた。圧倒的なまでの魔力と頭脳にそのルックスから、挫折どころか失敗もなく、ただ魔法の研究をしていただけなのに他人には褒められ、異性には好意を寄せられた。そして、彼女を両親も普通に愛してくれていた。
そんな彼女はの人生は順風満帆であったが常に何か物足りなさを感じて生きていた。それゆえに刺激がたりなかったのだ。だからこそ、邪教にはまったのだが……
「世界を敵に回せばもっと楽しくなると思ったんだけどね……」
アテナ騎士団も、王国の兵士たちも敵ではなかった。彼女の作り出した異界の魔物を召喚する『異物召喚』と、邪教の加護による『改造』は最強にも近い力を持っており、『六奇人』という邪教の幹部にもなった。
だけど、彼女が満たされることはなかった。そもそも、別にテュポーンを信仰しているわけでもない。異端者たちの中でも彼女はなお異端だったのだ。挫折を知らず何でもできてしまう。信仰心も、他人に……神に期待するということを理解できなかったのである。
グレイブというイレギュラーに興味を失った彼女は、海魔たちに躊躇なく襲えと命じる。
「ばいばい、弱き英雄君」
大量の海魔たちによって視界が遮られており見えないが、ひときわ強力な力を持つ赤い『海魔』の触手によってグレイブたちを締め付ける音を確認し、あとはドロシーたちに全力を注ごうとした時だった。
「待った。なんで媚薬まみれの触手に襲われて嬌声一つあげないんだ?」
そんな疑問がよぎり……彼女は即座に杖を構えて周囲に異界の魔物を召喚しようとして……一匹の『海魔』が無音でこちらにやって来るのに気づく。
「へぇーー、やるじゃないか!! ゴーレムを自分たちと見せかけて、自分たちは海魔に変装したか!! 彼らは音に反応するからねぇ!! だけど、一歩足りない!!」
こちらへとやってくる海魔から放たれたナイフを召喚した壁尻スライムを盾にして防ぐと、その姿が少年とおぶさわられている少女へと姿を変える。
「ごめん……仕留め損ねた……」
「大丈夫だ。問題ない。ここからは俺は距離だ」
「はは、確かに魔術師には接近戦が定石だ。だけど、こちらがその対策をしていないとでも!!」
予想よりも早く鋭い踏み込みで斬りかかってくる少年……グレイブが振り上げた剣を白衣の裾に潜ませていた海魔の触手でからめとり、再び海魔を召喚する準備をする。
これがイザベルの余裕の理由だった。服に潜ませた海魔に、強力な魔力の込められ通常の鉄よりもはるかに頑丈にで作られた杖による二段構えである。
だが、武器を失ったというのになぜか、グレイブはまるで剣を持っているかのように振り下ろそうとしているのを見て、本能が危険を訴える。
「ミスリルの剣よ!!」
グレイブが振り下ろす動作の最中に生み出された剣をとっさに杖で、受け止めるもそのまま叩き切られ、驚愕する。
「魔鉄でできた杖を斬っただって? くぅぅぅ!? それが君の加護の本来の使い方か!! 我が愛しの魔物たちよ!!」
だが、イザベルとてただではやられない。白衣がもぞもぞと動き出して、隠れていた海魔たちがグレイブたちに襲い掛かる。
これで召喚魔法は使えなくなってしまった……いまのうちに逃亡を……
と思ったイザベルに銀色の輝き首をかすめる。
「……おやおや、君は人を殺せなかったんじゃないのかい?」
「……私が殺さないのは良い人かわからないから……あなたは悪だから殺せるよ」
先ほどまでの迷いはどこにいったやら強い意志でこちらを見てくる少女にイザベルは、首筋からあふれる血を抑えながらも狂気に満ちた目で叫ぶ。
「ははは、想像以上だね!! 彼女を救ったばかりか成長のきっかけまで与えたか。いいね、いいよ!! 君は私の人生を刺激す……んんっ♡」
グレイブを歓喜の表情で見つめると、なぜか快楽までが襲ってきて軽く達してしまう。困惑の表情のイザベルにナナシが無表情のままピースサインをする。
「ナイフに魔物の体液をしめこませておいた。イェイ……」
「んんっ♡ グレイブにナナシ、君たちのことはおぼえてお……んんっ!!」
魔力供給がきれて動きが鈍くなってきた海魔たちで時間を稼いで、イザベルは敗走する。それは彼女の人生で初めての完敗だった。
だけど、彼女の表情には不思議と悔しさはない。
「ふふ、これが敗北の味か……。私の計画が崩れていく感覚、敵の勝ち誇った目!! ああ!! ああ!! なんて甘美なんだろうねぇ……君のことは覚えたよ。グレイブ=アンダーテイカー」
媚薬による快楽ではなく、精神的な快楽を感じ、再び達する。この日イザベルは初めて他人に興味を持ったのだった。
グレイブ君がまた変態にめをつけられた……
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