第16話 戦いの前に

 心が意識不明となってから4日ほどが経過したが、それからハートイーターが出現することもなく街は平穏を取り戻していた。

しかし、スピル霊子を喪失した心は日々衰弱し危険な状態が続いている。



「今日のディナー、俺一人で回しましょうか」



そんな日の珈琲店『フルハウス』の男二人は客も少ないのでキッチンの掃除をしていたが、覇気もなくぼんやりとしている陽一。そこに店員の真鍋が問いかけた。

真鍋の頭の中には一通りのこの店のレシピが頭に入っている。それに、この日は平日だから客の数も少ないし一人で捌ききれるだろうと真鍋は考えたのだ。



「良いのか?」

「その分、今日の時給上げて貰えるなら」

「それは難しいが――そうだな、心が退院したらお手製のスイーツを食わせてやる」

「それなら頑張れます」



真鍋は当然、時給が上がることなど期待していない。

ただ、心が心配でぼんやりとしている陽一が見ていられない。

だったら素直に病院で心についてもらっていた方がいい。

そんな時に店に設置している電話の着信音が鳴り響いた。

陽一は慌てて受話器を取る。



「もしもし、珈琲店『フルハウス』の秋名でございます」

「こちら夏坂総合病院の山瀬です。心さんの事でお話ししたいことがございまして――」

「心が……!!」



陽一は「はい、はい」と山瀬と名乗る医師の話を聞き、受話器をそっと置く。

そしてエプロンを外し、真鍋に店を頼んで飛び出し車に乗る。



◆◆◆◆◆◆◆



星乃灯市立夏坂総合病院特殊治療室。

つまり、秋名心の病室へ通された陽一だがそこに担当医の山瀬がいた。

山瀬は中性的な魅力を持つ女医であり、一目見て美人だと陽一も思ったほどだ。



「秋名さん」

「先生、心の容態が危険だと聞いて――」

「ええ、このままですと保ってあと3日といったところでしょう」

「このまま、ですと……? 何か手術とか薬とか方法は!?」

「彼女は魔法少女です、医学の常識は通用しません――が、私はウィンダリア王国出身でして魔法少女の研究を行っておりました。相応の知識は有しております」



何かしれっととんでもないカミングアウトをされたが、陽一はそれを呑み込むしかない。



「このままでは、ってのを解決するのにはどうしたらいいですか!? 不可能な方法でも、何か道があるかもしれないでしょう!」

「まずハートイーターからスピル霊子を奪い、それを心さんに注ぎ込みます。ハートイーターが吸収したスピル霊子は無個性化されているらしく人間が吸収しても問題が無いものとなっているんです」

「スピル霊子の無個性化、つまり拒絶反応が起きないって事ですか?」



以前聞かされた、陽一の魔法力を心に注ぎ込んだら拒絶反応を起こしてしまう。

なので魂と魂を繋げた『契約』を交わした妖精や一卵性双生児のような存在でないと魔法力のやり取りは出来ない。



「ええ、その通り。スピルイーターはその性質上スピル霊子を常に大量に取り込みます。取り込んだスピル霊子は無個性化されるため、人間が取り込む事も可能になる。つまり――」

「空っぽになった心を元に戻せる!」

「ええ、その通りです。ですが――」



ハートイーターが1日に2体も表れたが、もう4日間現れていない。

もしもあと3日間、ハートイーターが現れなかったら心はそのまま死んでしまうという事になる。



「もしも、私がハートイーターを統べる立場の人間であれば最重要敵対勢力を確実に殺すために1週間はハートイーターを送り込みません」

「そうか、マルルを裏切り者呼ばわりした男――なんでしたか? カプリス? とかいう男は人型で、コミュニケーション取れたから知恵が回ってもおかしくはないですが」

「ウィンダリア王国軍十二天守の一人、カプリスですね。やはり彼は侵略推進派でしたか」



山瀬医師はやれやれと呆れた様子で言う。

どうやら彼女もカプリスという男とは面識があるらしく、ウィンダリア王国は内乱でも起こしているのかと陽一は思った。



「ですが、もしも今――カプリスという男が作戦を遂行しているのだとしたら、必ず戦場に現れます。彼は敵が病死するのを待つ、なんて真似はしないでしょう」

「何故、そう言い切れるのです?」

「彼は戦いを好みます。それも、全力を発揮した相手との戦いを。それを全力を以てねじ伏せるのが彼の至上の悦びですから、彼は必ず現れる事でしょう」



◆◆◆◆◆◆◆



 その日の夜、今日も夏坂輝晶は一人で修行に励んでいた。自分の最大の弱点はその魔法力の低さにある。

ロイヤルハートに比べれば魔法の幅の広さには多少の自信があるが、スタミナが持続せずに長期戦が出来ないのでは何の意味もない。



「輝晶、再度変身モル!!」

「チェンジ・マジカルフォーム!!」



マジカルワンドを具現化させ、変身ポーズを取る。

輝晶の衣服が光に変換され、キャミソールのようなものに再構築される。

輝晶は体の各部に意識を集中させ、コスチュームを完成させていく。



「みんなのキラメキ守るため――魔法少女プリズムダイヤ、未来のためにここに登場!!」

「変身完了モル! 3回も変身できるようになったから魔法力もだいぶ高まってきたモル」



最も魔法力を行使するのは魔法少女への変身。

変身しては解除して、再度変身。これが最も効率よく魔法力を高めることが出来る特訓だ。



「流石にしんどいですわね。でもこのまま続ければ強くはなれそうですわ」

「じっくりゆっくり強くなるモル! 大丈夫、魔法少女としての素質は心に負けてないモル!」



魔法少女としての素質、確かにそれは秋名心とは大差ないのだろう。

だけど、輝晶はどうしても力が欲しい。そのために改めて魔法少女としての力を高めるべく修行を始めた。

他者を屈服させる力や怯えさせるための力ではない、他者を守れるだけの力が欲しい。

秋名心は、どれだけ追い詰められても決して屈する事なく最後まで戦い続けた。

秋名心にはそれが出来るだけの実力と、勇気と、信念があった。



「でも、私はあの時に逃げ出しました」

「あの時って、ハートイーターが2体出てきた時の……」

「私の力と覚悟が足りなかった、だから秋名さんは眠ってしまった。だから、次は逃げないように……力を身につけなくては」

「でも、輝晶はもう魔法力切れモル。続きは明日の夜、またやるモル」



それを聞いたプリズムダイヤは変身を解く。

輝晶はマジカルワンドを光に還し、モルルに言う。



「分かっていますわ、モルルの言うとおりなら2日後――敵の幹部というカプリスがハートイーターを送り込んでくる。それまでにみっちり修行しますわよ」



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