40. 星辰のヴィーナ神殿

 煌びやかな光を放ちながらどんどん近づいてくる魔法陣。その複雑に絡み合った幾何学模様は、まるで夢幻の世界から抜け出したかのように心を打つ。瑛士はその幻想的な美しさに心を奪われ、見惚れてしまった。


 うわぁ……。


「ゲート接触まで十、九、八、七……」


 レヴィアがカウントダウンを始めた。


「はい、ちゃんとつかまっててよ?」


 シアンは後ろを振り向き、青い髪を風に流しながら嬉しそうに碧い瞳をキラリと光らせた。


 瑛士は満面の笑みでニコッと笑いかけ、シアンの背中に顔をうずめる。温かく柔らかい香りが瑛士を優しく包み込む。心地よい安堵感が心を満たし、二人の絆が深まるのを感じていた。



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 六芒星の中央部に突っ込んだ刹那、全身を貫く激しい衝撃と共に閃光が周りを超高速ですっ飛んでいく。


 うわぁぁぁ!


 瑛士はシアンに思いっきりしがみつく。頑張ってしがみついていないと次元のはざまに吹き飛ばされそうだったのだ。


 直後、いきなり訪れる静寂――――。


「……。え……?」


 瑛士はそっと辺りをうかがってみた。


 まるで宝石をばらまいたかのような一面の星々の間を天の川が淡く流れ、そして見上げると……。


 うわぁ!?


 なんと、頭上には巨大な碧の惑星が覆いかぶさるようにたたずんでいた。その深い碧の美しい惑星には細い筋が流れ、ところどころ大きな渦を描いている。


 こ、これは……?


 瑛士が巨大惑星に圧倒されているとシアンは楽しそうに笑う。


「キミの故郷だぞ? きゃははは!」


「こ、故郷……って……。ま、まさか……」


 瑛士は頭上を覆いつくす美しい青色を眺めながら『故郷』という言葉の意味を想像し、唖然としていた。


「そう、キミたち人類はずっとこの海王星の中で生きてたんだゾ」


「こ、この中……?」


「そう、この青い大気の下、氷点下二百度のダイヤモンドの嵐が吹き荒れる中に地球を創造しているデータセンターは作られているんだ」


「なんでそんなところに……」


 瑛士はデリケートな情報装置をそんな過酷な環境に入れてしまう発想について行けずに首を振った。


「宇宙で一番冷たいところ……だからじゃない? 知らんけど。きゃははは!」


 要は高圧冷却ガスの中に漬けこんだということらしいが、その圧倒的な技術力に瑛士は大きなため息をつく。


 そもそも宇宙なのに呼吸はできるし、会話もできる。それがどういうからくりで実現されているかすら見習いの瑛士にはさっぱり分からないのだ。


 すると、向こうの方にまるで球形に空間がゆがんだような不思議な像が見えてくる。上には碧い海王星、下の方には天の川が淡く流れているような球形の像だった。


 あ、あれは……?


「ふふーん、あれこそが僕らの神殿だゾ! くふふふ……」


 あ、あれが!?


 宇宙にあると言われていた、この世界を創り出した女神のおわす神殿は不思議な球形の像。それがどういうことなのか瑛士にはピンとこない。ただ、この世のものとは思えない凄まじい異質さに気おされ、瑛士は思わず息をのんだ。


 どんどんと近づくと、その像が異常に巨大なことが分かってきた。直径十キロはありそうな圧倒的なサイズだった。


『ここに女神様がいる……』瑛士はギュッと手に汗を握った。パパに会えるかどうか、その運命の瞬間が近づいていていることに高鳴る鼓動を感じながら瑛士はその不思議な球形を見上げる。


 その時だった、シアンがおもむろにシャッターを切った。


 パシャー!


 刹那、像面にいきなり波紋が広がっていく。ゆらゆらと像を揺らしながら同心円状に大きく広がっていく波紋――――。


 直後、その中心部に黄金の色の輝きが煌めいた。


「よーし、着陸許可が出たぞ! これより当機は【星辰せいしんのヴィーナ神殿】に着陸いたしマース!」


 シアンはノリノリで漆黒の鱗をペシペシと叩いた。


「はいはい、落ちないでくださいよ……」


 レヴィアは面倒くさそうに旋回をしながら徐々に速度を落としていく。


 どんどんと大きくなる像面。瑛士はその神秘的な波紋広がる不思議な造形に目を奪われていた。すると、そこにレヴィアが映っている事に気がつく。


「あ、あれ? も、もしかして……鏡……?」


「ふふーん、これはね、液体金属の球なんだゾ」


「ほわぁ……」


 いままで空間の歪みのように思っていたが、それは金属の反射像だったのだ。宇宙に浮かぶ神殿とはなんと超巨大な液体金属の球、その想定外の姿に瑛士は言葉を失い、ただ綺麗に波紋に揺れて映し出される大宇宙の星々を眺めていた。


「これより当機は最終の着陸態勢に入りマース! お座席は元の位置にお戻しください。今一度シートベルトをご確認くださーい」


 シアンはまるでCAのようにノリノリで案内する。


「シートベルトって……何?」


 瑛士は苦笑すると、シアンは腰にしがみついている瑛士の手をキュッと引っ張る。


「これよこれ! 落ちないでよ! きゃははは!」


 瑛士はシアンの背中に引き付けられ、ぴったりとくっつく形になって思わず赤面する。


「はい、目をつぶっとけ!」


 レヴィアはそう言うと、輝く波紋の中心へと飛び込んで行った――――。

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