39. 温かい茶番

「うわぁぁぁ」「な、何だこれは!?」


 大きな窓ガラスの向こうに巨大な真紅の瞳が、ギョロリと恐ろし気な輝きを放つ――――。


「ひぃぃぃぃ!」「いやぁぁぁ!」


 直後、大木がひしゃげるような盛大な破壊音を放ちながら屋根が持ち上がっていく。その猟奇的な事態にメンバーはパニックに陥る。


「あーっ! ちょっと! 止めてくださいよぉ! せっかく上手くできたのに!!」


 瑛士は頭を抱えながら叫んだ。


 屋根を後ろに放り投げ、月夜に浮かんだのは漆黒の鱗に包まれた異形のモンスターだった。それはグルルルルルと、重低音でのどを鳴らしながら真紅に輝く瞳で会場全体を見回す。


「化け物だぁぁぁ」「きゃぁぁぁ!」「ひぃ!」


 漆黒の鱗に覆われた巨大生物は長い首をのばして中年男に迫り、鋭い牙の光る巨大な口で聞いた。


「お主が『賢人』か? そんなに賢いのか?」


「うひぃ! し、失礼しましたぁ! 調子に乗ってましたぁ!!」


 中年男は腰を抜かし、床をはって逃げようと無様な姿を見せた。


「クハハハ! 口ほどに無いのう」


 巨大なドラゴンは楽しそうに笑う。


「ちょ、ちょっと、レヴィア、やりすぎ!」


 瑛士が駆け寄ってペシペシとほおの鱗を叩いた。


「ん? お主もこのくらいの気迫で臨まんと舐められるぞ? クハハハ!」


「分かったから!」


 瑛士は面倒な連中を圧倒してくれたことに感謝しつつも、さすがにやりすぎなこのドラゴンを渋い顔でにらんだ。


「おう! 瑛士! 結果は見せてもらったよ!」


 懐かしい声に瑛士が目を向けると、レヴィアの背中には青い髪の少女が淡い黄金色の光を纏いながら手を振っていた。


「シ、シアン!」


 瑛士は久しぶりの宇宙最強少女に思わず相好を崩した。


「まぁあれなら合格にしてもいいね。キミはこれから『候補』が取れて【見習い】管理者アドミニストレーターだゾ」


 シアンはニコニコしながら瑛士の身体をフワリと浮き上がらせると、自分の後ろに座らせた。


「合格のお祝いに神殿に連れてってあげよーう!」


「えっ!? ほ、本当?」


 瑛士は驚きで目を丸くした。


 多くの地球群を創り出した女神のおわすところ、システム管理の中枢である【神殿】は、限られた者しか入れない神聖にしてこの世界の中心だった。大宇宙のかなたにあるとだけ告げれたその神殿は、極秘事項として見習い候補の瑛士にはどういうものかすら教えられていないのだ。


「め、女神様にも……会える?」


 瑛士は恐る恐る聞いてみる。女神様に会った時に頼みたいことを瑛士はずっと温めていたのだ。


 何とかして死んだパパを生き返らせたい。女神様ならその権限があるはずだった。


「そりゃぁキミの任命式があるから、その時には出てくると思うよ?」


「や、やたっ!」


 瑛士はグッとガッツポーズをする。自分たちのために命を落としたパパにもう一度会いたい。もちろん、簡単な交渉ではないだろうが、可能性が少しでもあるのなら挑戦したかったのだ。


 バサッバサッとレヴィアは巨大な翼をはばたかせながら、その巨大な太ももで床を蹴った。旅客機サイズの巨体が宙に浮き、レヴィアはゆったりと立方体の会議場を旋回する。


「絵梨--! 悪いけど後はよろしく!」


 大きく手を振る瑛士に、絵梨はしょうがないと苦笑しながらサムアップで応えた。


「それじゃ、しっかりつかまっとけよ!」


 レヴィアは腹に響く声でそう言うと力強く羽ばたき始める。


「それいけー! きゃははは!」


 シアンは空を指さし、楽しそうに笑った。


 レヴィアは月光をその翼に受け、夜空を駆ける銀の矢のように加速していく。下方にはどんどん小さくなっていく会議場。まるで今までの会議が遥か彼方の夢のように思えてくる。


 瑛士はこの科学による壮大な世界に、心を奪われていた。


 月夜の晩に巨大なドラゴンに乗って大宇宙のかなたにある神殿へ飛び立っていく。それも宇宙最強の可愛い天使と一緒に……。


 AIが六十万年かかって紡いだこの愛しい世界は、まるでファンタジーそのものだった。


「イヤッホーーゥ!」


 瑛士は湧き上がってくる想いをそのまま叫び声に乗せる。


 シアンは瑛士と目を合わせてニヤッと笑うと、叫んだ。


「ヒャッホーゥ! きゃははは!」


 二人の想いは共鳴し、月夜の空で笑いあう。


 瑛士はこの瞬間を一生忘れないだろうと、晴れやかな気持ちで青く輝く月を見上げた。



.........................................................................................................................



「星界を渡る門よ、今、輝け! ゲート、オープン!」

 

 薄雲を抜け、上空にまで上ってくると、シアンはシャッター音を響かせた。


 突如浮かぶ巨大な青く輝く円、魔法陣だ。幾何学模様が書き加えられ、最後にルーン文字が浮き上がると中央の六芒星がグルンと回り、激しく閃光を放つ――――。


 輝きが落ち着いてくると、六芒星の中央部がうっすらと青い光を放っているのが見えた。


 ついに幻の神殿への道が開かれた。瑛士は手に汗を握り、息をのんでその神々しく輝くゲートを見つめる。


「ヨーシ! レヴィア、突っ込め!」


 シアンはノリノリでこぶしを突き上げた。


「あのぅ、シアン様?」


 レヴィアは困惑した様子で声をかけてくる。


「な、なんだよ? トイレか?」


「違いますよ! このド派手なギミック……要りますか?」


「カーッ! ノリが悪いなぁ! せっかく瑛士がワクワクしてるんだから盛り上げないと!」


「な、なるほど……。それじゃ……」


 レヴィアはゲートに向かってゆっくりと旋回しながら大きく息を吸った。


「空間転移用意! 総員、衝撃に備えよ!!」


 腹に響く重低音が響き渡る。


「乗員二名! 対ショック体勢ヨシ!」


 シアンはノリノリで応えた。


 二人の温かい茶番にクスッと笑いながら、瑛士はギュッと手汗をかいたこぶしを握った。

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