探偵、九条ミツグはスキルという物が大嫌いである

rikka

プロローグ:始まりの殺人

「ちゃんと尾行がないか、警戒はしたんだろうな?」

「はい。もらったマニュアル通り、曲がり角や信号を使って確認しました。それにスキルの方でも」

「尾行対処スキルなんて、出来の悪い非合法の中でもさらに微妙なスキルなんだ。警察だって中身がどういうモノか知ってるだろうし、あんま頼りにするもんじゃねぇぞ。自分の感覚の方が頼りになる」

「うっす」


 繁華街にとても近く、だからこそ安く誰でも借りる事ができるボロい小さなアパート。

 その狭い一室に、やや筋肉質で、タトゥーの目立ついかにもな男が、ビニールの手袋をして部屋の掃除をしていた。


 時刻は正午を少し回った所。ちょうど昼時である。

 入ってきたばかりの若い男は、弁当やらパンを手に下げたレジ袋を部屋の真ん中のテーブルの上に置き、畳張りの部屋の隅に乱暴に座り込む。


「それで野崎さん、明日からの仕事の分は?」

「今回は仕入れ先を変えて来た。零細会社……特に観光関係の所が小遣い稼ぎに売った名簿リストだ」

「大丈夫なんすか? いや、別に捕まるのはバイトの連中だけですけど」

「多少の混乱はあるかもしれないけど案件・・にはしやすい。格安の旅行プランやホテルに群がる年寄りのリストだからな。将来の不安もあるだろうし、いつもの事故やトラブルでのオレオレ案件・・じゃなくて、投資方向での案件・・に切り替える。株や医療のな」

「……それじゃ、今から電話内容の草案作りッスか」

「まぁな。ほとんどは『かけ子』を仕切る奴に任せるけど、これまでとは毛色を変えるんだ。一応少しは作っておく」


 タトゥーを入れた男は、ある程度掃除機をかけた部屋を軽く見渡し満足し、手袋を外さないままノートパソコンを取り出し、設定し始める。


「ここの備品にする奴ですか」

「おう。仕事に自分の物なんてうかつに使えねぇだろ。特にここは警察に踏み込まれる前提の場所なんだから」

「はは、バイト君達も可哀そうに」

「働けばキチンと金はやるさ」

「一日中電話かけまくって1000円から2000円で」

「ちゃんと金になる案件引っ張って来れたら一割くらいは追加してやるさ」


 パソコンは中古の古い型なのか、立ち上げに少々時間がかかっているようだ。

 タトゥーの入った男もそれはわかっているのか、袋の中から若い男が買ってきた缶ビールを取り出し、プシュッと開封する。

 続いて若い男もビールを開けて、軽く乾杯して飲み始める。


「そういえばバイト君達の教育はどうするんです? 手慣れてきた連中は先月パクられましたけど……」

「あぁ、そっちもスキルを使う」

「……詐欺スキルなんて裏に流れてましたっけ?」

「バーカ、そうじゃねぇよ」


 タトゥーの男は、パソコンとは別にスマートフォン――聴覚型のスキル習得に対応した高性能機を触り、信頼性が裏のソレとは比べ物にならない一般に公表されているスキルの管理サイトを検索してアレコレ見て回る。


「ここも踏み込まれる前提とはいえ、それなりに長持ちしてもらわないと困るからな。せめて怪しまれる確率を減らすために、演技関連のスキルを習得させて少し練習させるように指示するつもりだ」

「演技……普通のスキルですか? 一度に落としたら怪しまれませんかね?」

「ばっか。今のご時世、スキルを全く使ったことがない人間なんて棺桶に片足突っ込んでるジジィ共位だ。ましてや演技なんて趣味の界隈、十五を過ぎた高校生の演劇部でも普通に使ってる。少なくともそれだけで足が付くことはねぇよ」


 そうしているうちに最初の缶を空にし、若い男が次の缶を用意しようとした時に、



――ピン……ポーン……っ



 突然、インターホンが鳴り響いた。


 男達は顔を見合わせる。

 ここを訪ねる者など、まだ・・いないハズだからである。


 タトゥーの男はカーテンを静かに開けてベランダに通じる窓の鍵を開け、若い男はドアへ忍び寄って覗き口に目を当てる。


「……?」


 若い男は首を傾げてから、奥にいるタトゥーの男を向いて小指を立てて見せる。

 タトゥーの男は虚を突かれた顔を見せ、足音を殺してドアへと近づき若い男と入れ替わる。

 

(お前、まさかここにテメェの女かデリヘルでも呼んだか?)

(いや、さすがの俺もそんなバカじゃありませんよ。安アパートですし、宗教の勧誘じゃないッスか?)

(……あぁ、なるほどそれか)

(でしょう? で、どうします?)


 小声で男達が話している間に、もう一度インターホンが鳴らされた。


 タトゥーの男は、玄関口の靴箱の上に置いていたサングラスとニット帽を被り、さらにパーカーを羽織ってタトゥーを隠す。

 自分の目立つ特徴を全て消すためだ。


(しばらく無視して、それでもしつこいならお前が相手しろ)

(そッスね。自分の方が印象薄いでしょうし)


 男達が安堵し、それぞれの対策を決めてから冷蔵庫から次の缶ビールを取り出し畳の部屋へと戻っていく。


 完全に背を向けてしまっていた。

 だから気付かなかった。気付けなかった。


 そぅっと、静かに。


 確かにかかっている鍵が、音を立てないようにゆっくりと回り始めている事に。







◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







「伊万里、到着したか」

「遅れてすみません、三枝さえぐさ警部」



――アパートの隣室から酷い異臭がする。



 多くの警察官が眉を顰めるのと同時に、その内容を察するような通報があったのは、およそ一時間前の事だった。


 通報を受けて近隣の交番員が立ち入った所、内部にて明らかな他殺体を複数発見したという報告を受けて、警視庁捜査一課の精鋭達が臨場した所である。


 伊万里という美男子――に見える女性警察官は鼻を引くつかせたかと思うと、その端正な顔を思わず歪め、


「……これは、中々にキツいですね」

「ああ。死臭に慣れていない新入りなら二回は吐くだろうな」


 現場は1DKの小さな間取り、その一番奥の和室の中だった。

 窓は解放されており、そのため異臭に気がつく人間が出たのだ。


 壁という壁には、100円ショップでバラ売りされている安い防音マットが隙間なく貼り付けられている。


「詳しくは司法解剖待ちだが、鑑識の見立てでは死後三日と言った所だ」

「割と時間が経っていますね」

「ああ、最初の頃はそれほど腐敗が進んでいなかったんだろう。ほれ」


 三枝という中年の刑事が指し示したのは、床に倒れて腐敗臭を漂わせている二人の男性の死体である。


「二人とも殺され方は同じだ。喉を一回、心臓を二回ずつ刺されてほぼ即死」

「被害者は?」

「まだ分からん。が……」


 現場となった畳みの部屋の押し入れ――捜査のために開かれたそこには、ビニール袋に包まれた大量の携帯電話が顔を覗かせている。


「詐欺グループ……でしょうか」

「二課の連中が二か月前に掴んだトカゲの尻尾の本体……に、近い連中かもな。まぁ、問題は――」


 そしてもう一人。

 異臭を放っている血まみれの人影が、その側にあった。


「問題はこっちだ」


 死因はその首に突き立てられた、鋭いナイフ。

 倒れ伏している小太りの男とは違い、壁に背中を預けてへたり込むように倒れている。


「……彼女・・の身元は?」

「まだだ。だが、問い合わせればすぐに分かるだろう」


 


 


 


「なにせ、高校の制服・・を身に付けたまま死んでいるんだからな」


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