第5話 伝説の初配信

俺の渾身の動画の再生数は200だった。


「なぜだ……! 一体何がいけなかったんだ……!」

「早すぎるのよ」

「ええ……?」


38秒なんてむしろ遅いくらいで、出すのも恥ずかしかったんだけど。


「それだと1階層0.4秒で走り抜けた計算になるじゃない。そんなの見えないし話しても聞き取れるわけないでしょ」

「確かにそのままだと見れないかもだけど、加速魔法を自分にかけて思考速度を100倍にすれば行けるだろ?」

「………………」


あっ、これはまた呆れてる顔だな。幼馴染の俺にはわかるんだ。


「配信動画を見るときにいちいち自分に加速魔法をかける奴なんているわけないでしょ」


そうなのか。

そのほうが一度にたくさん見れるし、タイパもよくていいと思うんだけどな。


「とにかく早すぎるのがいけないってことなんだな」

「そうね。小学生にもわかるように作りなさい」


なるほど。

確かに視聴者は俺と同じ奴らばかりじゃないだろうからな。

魔法だって得意不得意がある。

誰でも使えるわけじゃないか。


配信者としてやっていくなら、そういう視点も大切だよな。

じゃあ次はその点も気をつけてゆっくりした動画を作ることにしよう。




というわけで、さっそくまた初級ダンジョンにやってきた。

今度こそみんなにわかってもらえる動画づくりを目指そう。


まずは配信用カメラを起動する。


「えーこんにちは。これって配信されてるのか?」


シオリがOKサインを出す。

どうやら配信されてるらしいな。


「どうも神藤ケンジです。前回は早すぎて見えなかったらしいので、新しく取り直すことにしました。それと加工じゃないかと疑ってる人もいたらしいので、生配信という形にします。これなら加工じゃない証拠になるらしいので」


>おっ、期待の超新星さん配信するんだ

>これは期待

>前回のは本物なんですか?


シオリが持っている配信確認用のスマホに、文字が出てきた。

これがコメントってやつか。

今もリアルタイムで誰かがこれを見てるってことなんだよな。


期待の超新星って、俺のことかな?

それだけ期待されてるって事だよな。

なんかそんな風に言われると、頑張らないとって気持ちになるな。


同接人数は5人ってなっている。

これが多いのか少ないのかわからないが……画面の向こうに見てくれてる人がいるって思うと、なんか緊張してしまうな。

今までは1人で走るだけだったから、なんか新鮮だ。


「ええと、これはコメントの人も今見てくれてるってことなんですよね」


>見てるぞー

>メチャクチャ緊張してて草

>逆に新鮮だな

>配信がブームになる前は慣れてないやつばっかだったからなんか懐かしい


「前回の動画が本物かどうかってことですが、本物です」


>本物発言きたw

>38秒とかやばすぎ

>嘘つくにしてももっとマシな嘘つけよ

>証拠はあるのかよ証拠はよ


「証拠はないので、こうして生配信することになりました。これなら加工じゃないって証明できるとシオリに……幼馴染に言われたので」


>は? 女の子の幼馴染がいるとか許さん

>通報しました

>その子も一緒に配信しよう


確かに平凡な俺なんかより美少女の女の子の方が見たくなるのは当然だよな。

まあシオリは出ないんだけど。


「シオリのことは今後考えるとして、今日はダンジョンRTAの解説動画を撮りたいと思います。聞いたところによると、ダンジョンRTAをやってる人は少ないらしいので」


>すくないどころか聞いたことないよ

>ダンジョンに潜るだけで命懸けなのに、RTAする意味がないんだよなあ

>海外のパーティーが2時間切ったって話題になってたけど、それも自分のギルドの宣伝のためにやっただけだったからな

>それも加工だってはやぶさに暴露されたけど

>さすがはやぶささん


コメントでもそんなことが書かれている。

どうやらRTAやってる人がいないっていうのは本当みたいだな。

こんなに楽しいのに。


「やっぱり少ないんですね。

 なら今日は俺がRTAの楽しさについても解説していこうと思います」


>いいね、楽しみ

>いったいどんな解説をしてくれるのか


「まずは簡単なルールから説明します。

 俺がいつもやってるのは持ち込みなし、装備なし、グリッチなし、初見攻略のスタンダードルールです。アイテムや装備ありになると、タイムが技量ではなく装備で決まってしまうため、なしで行うのがRTA界なら常識ですね」


>まずRTA界なんてものがないんだよなあ

>つまりダンジョンに無装備で挑むってこと?

>やめとけ死ぬぞ

>なんで私服で写ってるのかと思ったらそういう理由か


次に用意した時計をダンジョン前に設置した。


「タイムはこのダンジョンクロックで測ります。これを押してからダンジョンに入り、ワープゲートを通って再び押すまでのタイムを測ります。

 ダンジョンクロックはダンジョンと連動する用にして作られた公式のもののため、不正はできません。

 ちなみに今回は配信用カメラとは別に、クロックのタイムを表示するためのカメラも用意しました。これでいつでも時間が確認できます」


別の映像を画面に表示するなどの技術的なところは、シオリにやってもらうことになっている。

カメラを確認したり、俺の配信にリアルタイムで反映してもらったり。

そのために今日は来てもらってるんだ。


「ではさっそくRTAを始めましょう。まずは服を脱ぎます」


>は?

>何言ってんだこいつ

>通報しました


えぇ……、なぜか急に通報されそうになってるんだけど。


「RTAでは速度こそが何よりも大事です。だから1グラムでも軽くする必要があるため、服を脱ぐ必要があるんですね」


>うるせえそんなの知らん

>男の裸なんか見ても嬉しくない

>シオリちゃんに脱がせろ


確かに。

俺の裸を見て嬉しい人なんているわけないか。


「確かにシオリが脱いだら再生数が増えるかも……」

「……………………」


シオリが無表情でゆっくりと剣を引き抜いたので、俺はそれ以上いうのをやめた。

まだ死にたくないからな。

も、もちろんじょうだんだったよ?


>剣を納める音がして草

>シオリちゃん激おこじゃん

>なんであきらめるんだよ!


いやシオリは怒るとマジで怖いんだよ……

みんなは知らないだろうけどさ……


「えーっと、とりあえず服は着たままでいくことにします。シオリがいつまでも剣から手を離してくれないので。

 じゃあさっそく始めましょう。ではスタート」


クロックのタイマースタートボタンを押す。


「さて、実はこの瞬間が一番最難関です。ボタンを押すと同時に「時間魔法」の初級バフ魔法<加速オーバークロック>を自分に使用します」


>は?

>は?

>は?

>時間魔法?


「タイマーを押してから加速のバフをかけるまでは普通の速度で動いてしまうため、もっとも時間のロスが激しいです。なので押してからいかにスムーズに魔法を発動するか。それだけでタイムが数秒変わりますし、一番難しい部分です。

 みんなも知ってるかと思いますが、バフ魔法は持続時間を下げることで、代わりに効果量を上げることができます。その繊細な魔力調整と発動をいかにスムーズに、自分のイメージ通りに発動するかが腕の見せ所ですし、一番面白い部分でもありますね」


>いやいやいや

>知らない知らない

>説明が何ひとつ意味わからなくて草

>妄想乙

>やっぱガイジ配信だったか


おや、どうやら疑われてるらしいな。

俺みたいな底辺冒険者にそんなことできるわけないとか思われてるんだろうか。


「じゃあちょっと実演しますね。<加速オーバークロック>」


自分に加速バフをかける。

そのあと軽く走ってみた。

ここから近くのビルまで走り、その後また戻ってくる。


「こんな感じですね」


>いや、ちょっと待て……

>まったく見えなかったんだが……

>本当に加速してる……

>時間魔法とか、加速バフとか、聞いたことないぞ……

>新しいスキル体系じゃないかこれ?

>いきなりノーベル賞級で草も生えない


「今のは2倍加速なのでゆっくり目ですが、普段は100倍に加速します。その代わり持続時間は100分の1になりますが。

 さらに、バフ魔法は肉体だけじゃなく魔法にもかけられます。つまり「100倍加速・<加速オーバークロック>」とすることで、1万倍まで可能です。

 まあ、そこまでやると制御できないので、滅多にやりませんが」


>つまり全然本気出してないとか

>さらに5000倍早くなるってこと?

>やばすぎ

>ていうか、今無詠唱で魔法発動してなかった?


「無詠唱なのはショートカットに登録してるからです」


>は?

>は?

>は?

>しょーとかっと……?

>ゲームかな?

>ショートカットってなんやねん

>ケンジくん人間じゃなくてロボットだった?


 あれ、みんなショートカットできないの?


「自分のステータス画面を表示すると、下の方に白い枠みたいなのが並んでますよね? そこに自分の使いたい魔法やスキルを登録すれば、後はそのショートカットを呼び出すだけで使えるようになりますよ」


>なりますよ。じゃないんだわ

>まずステータスってなんやねん

>幻覚だよな? 薬でもやってるんだよな?

>ちょっと待ってくれ理解が追いつかない

>頼むから嘘だと言ってくれ


「そっか、みんなショートカットは使えないのか……。

 じゃあそれの覚え方って需要あるかな?」


>覚え方!?

>需要あります!!!!!!!

>是非お願いします!!!!

>盛 り 上 が っ て き た

>これは神配信確定


「じゃあ今度やりますね」


>今じゃないんかい!!!!

>盛 り 下 が っ て き た

>はーつっかえ

>やっぱ妄想かよ

>でも無詠唱で魔法使って加速したのは本当なんだよな……

>はやぶささん早くきて嘘だって証明してお願いだから


「うーん、どうやら本当に需要があるみたいですね。みんなが知りたがってることなら是非共有したいんですが……。

 今回はRTAの解説で、RTAをもっと流行らせることが目的なので、スキルやら何やらの覚え方はまた後で解説動画を作りますね」


>是非そうしてください

>今やってくれてもいいんだよ?

>てかその取得方法をトップギルドに売るだけで億単位の金が入りそう

>そんな簡単に共有していいのか?


「技術はみんなで共有するものですし。俺だって初心者の頃はいろんな先輩や動画を見て学んだんで、隠すようなことはしたくないです。

 それでなくてもダンジョン内は危険で、毎年死者が出てるような場所なんだから、情報は独占するんじゃなく、広く共有すべきものでしょう」


>これはぐう聖

>ケンジくんのことちょっと好きになってきた

>一部のギルドや冒険者たちにも聞いてもらいたいな


ちょっと回り道したけど、そろそろ本題のRTAに移ろうか。

まだダンジョンに入ってすらいないからな。


「いつもは加速バフをかけてから入るんですが、今回は解説動画ということでバフは解除します」


俺は登録していた解除魔法を選択し、自分にかける。

これでさっきかけていた加速オーバークロックの魔法が解除された。


>は? バフを解除した?

>何それ聞いたことない

>しかもしれっとまた無詠唱

>バフを解除されたら戦略が根底から覆るんですが

>バフを盛りまくって強化してからダンジョンに挑むのが今の主流だからな

>そういや上級ダンジョンだと急に体の動きが遅くなるって聞いたけど

>まさかバフ解除の特性があるってことか

>えげつない罠で草

>バフが消える原因今まで長らく原因不明だったのにこんなところでわかるとか

>世紀の新発見で草


「それではダンジョンに入っていきますね」


>そういやそういう配信だっけ

>やっと中に入るのか……

>もうすでに疲れ切ってるんだが

>これ以上驚くことなんてないぞ


おっと、そういえばシオリにチャンネル登録などを呼びかけるよう言われてるんだった。

そういうのをこまめにやることも配信者として大切らしいんだよな。


「いつも見ていただきありがとうございます!

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