第2話 世界記録更新
ワープゲートを抜けた俺はダンジョンの外にやってきた。
同時に目の前にセットしてあったダンジョンクロックを叩く。
表示されていたタイマーがその瞬間に記録を決定させた。
『00:29:48』
「……いよっしゃああああああああああああああああ!!!!!」
思わずガッツポーズが出てしまう。
ついに大台の30切りを達成できた。
ああ、感慨深い。
理論上の最短チャートを組んでからトライすること多分100回くらい。
ようやく一つの目標を達成することができた。
集中力がいるから、1日に何回も挑戦できないんだよな。
それに体調が少しでも悪いとタイムに影響してしまう。
ベストなコンディションの時でないと最速は出せない。そのせいで半年くらいかかってしまった。
だけどそれだけに達成感もひとしおだ。
ようやくゆっくり休めそうだ。
いつもは目を閉じてもダンジョンを走る光景が頭に浮かんできて全く寝付けなかったからな。
そんなことを思っていると、1人の女の子がこっちに近づいてきた。
「お疲れ様ケンジ。またタイムアタックなんてやってたの?」
幼馴染のシオリだ。
ちょっとキツめの瞳と口調が特徴だが、よく見なくても超美人なのがわかる。
現役女子高生で、胸もかなり大きくて、しかも冒険者ランクはS級。ランキングも100以内に入ってたはずだ。
とにかく俺なんかとはまったく違う超ハイスペック女子高生。
これで人気の出ないわけがない。
実際ダンジョン配信者としても有名で、確か登録者がこのあいだ100万人と突破したとか言ってたっけ。
俺は配信はしてないから詳しくは知らないが、それでもかなりすごいんだろうなということくらいはわかる。
「ああ、見てくれよシオリ! ついに自己ベストを更新したんだ!」
俺はさっき止めたばかりのダンジョンクロックをシオリに指差した。
そこに表示された時間を見て、シオリが驚いたような呆れたような表情になる。
「……その記録、本当なの?」
「まあ疑いたくなるのもわかる。だけどこのゲートから出てきたのはシオリも見てただろ?」
ワープゲートから帰還した場合、専用の出口から戻ってくることになる。
だからここを使って出てきたということは、100層ボスを倒して帰還したという完璧な証拠になる。
だからその目の前に置かれたダンジョンクロックを押すまでがRTAでのルールとなっていた。
それでもシオリはまだ疑っているようだった。
「だってその記録……。
ねえ、あんたは初級ダンジョンの最速クリアタイムは知ってるでしょ?」
「……いや、そう言えば知らないな」
「なんでよ。あんたRTAやってるんじゃなかったの」
「他人の記録なんか知ってもしょうがないだろ。重要なのは自分がどれだけ早くクリアできるかなんだし」
「それでも他人の動画とかを攻略の参考にするでしょ」
「そんなことしたらつまらないだろ! 自分で考えて攻略するから面白いのに、他人の答えを見たらつまらないじゃないか」
「はあ……。そういえばあんたはそういう性格だったわね」
シオリが呆れたようにため息をつく。
「じゃあ参考までに教えてあげるわ。つい最近初級ダンジョンの公式最速クリアタイムが更新されて話題になったばかりなの。ちなみにそのタイムは1時間58分30秒」
「えっ、そんなに遅いのか」
まあ初級ダンジョンだしな。
走者がいないのかもな。
「なのにあんたは……」
シオリがもう一度ダンジョンクロックの記録を見つめる。
「29秒って……。疑うのも無理はないと思わない?」
「でも俺程度でも出来るんだし、それくらい普通なんじゃないのか?」
俺は初級ダンジョンしか潜ってない。
でも世の中には中級、上級ダンジョンがあり、さらに上のユニークダンジョンというものまであるらしい。
「まあ誰も初級ダンジョンなんて潜らないだろうから、記録もそんなものなのかもしれないけどな」
「確かにあんたみたいにクリアするタイムだけを重視して、途中のアイテムやレアモンスターすら無視する人はいないでしょうけど」
ああなるほど、そういうことか。
確かに普通はダンジョンにはレベル上げとか、アイテム集めに来るんだもんな。
俺みたいにRTAする人がいないのか。
「こんなに面白いのになんで誰もしないんだろうな」
「そうだ。あんた動画配信しなさいよ」
「動画配信? なんで俺が?」
「あんたがRTAの攻略動画を出すのよ。そうしたらそれを見た人がRTAの面白さに気がついて、RTAの人口が増えるかもしれないでしょ」
「おお! それはいいアイディアだな!」
テンションが上がったけど、すぐ問題に気がついた。
「俺配信なんてしたことないからやり方わからないんだけど」
「あんた、あたしが誰だか忘れてない?」
「幼馴染の姫宮シオリだろ?」
「そうよ。そして登録者100万人超えの有名配信者でもあるのよ」
「つまり?」
「ここまで言ってなんでわからないのよ……。相変わらずダンジョン以外のことはほんとダメね」
「そんな褒めるなよ」
「褒めてないわよ。配信に詳しいこのあたしが教えてあげるって言ってるのよ」
ああ、確かにその手があったか。
シオリならその手のことも詳しいだろうからな。
「じゃあ頼んでいいかな。ありがとう」
「……ん」
シオリがうなずく。
「でもなんで俺なんかにそこまでしてくれるんだ」
「なんでって……」
一瞬目を逸らしたが、すぐにこちらを睨み付けるように見てくる。
「……幼馴染だからよ。他に理由なんてないわ」
まあそうか。友達って大事だしな。
「あーでも配信かあ。顔出しとかなんだよなやっぱ。今から緊張してきた」
見たことならたまにあるけど、自分でやるなんて考えたことないからな。
あれだろ。攻略動画ってことは、色々解説したり、雑談とかで小粋なトークとかもしないといけないんだろ?
ちょっと自信ないなあ。
「俺なんかがやっても見てもらえるのかな」
「それは大丈夫よ」
心配する俺に、シオリは力強く頷いてくれた。
「絶対に大バズりするから」
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