最推しとの対面

「ここが私の部屋だよ。入って?」


 愛好の部屋の中へと俺は入った。

 部屋の中は、かなり女の子らしい部屋だった。

 可愛らしくぬいぐるみなどがベッドの脇に置いてある。

 ただ、姉貴と同じくハイエンドPCと配信機材、そして「放課後ライブ」のグッズを置いてあるところは姉貴と一緒なので、それを見て俺は落ち着いた。


「どうしたの?」

「あっ、ううん。可愛い部屋だなって」


 部屋の前で固まっていたら愛好に首を傾げられたので、俺は慌てて誤魔化す。


「もう、私が可愛いってそんな……」


 ん? 今誉めたのは部屋だったんだけど……まあいいか。

 俺はとりあえず部屋の中に入る。

 そして愛好は俺の横を通り抜けていくと、PCデスクの前で手招きしてきた。

 そこには愛好がいつも座っていると思われるゲーミングチェアと、もう一つ椅子が用意されていた。


「ここに座ってて、私、飲み物とってくるね」

「あ、うん、ありがと……」


 促されるまま、俺はゲーミングチェアへと座る。

 愛好は胸の前で小さく手を振って、飲み物を撮りに行ってくれた。

 ポツン、と部屋に残された俺はすることもないので、愛好の部屋を観察していた。

 ……これは断じて変な動機があるわけではない。

 さっきの言葉を聞いて身の危険を感じたので、危ないものがないのか観察しているだけだ。


「お待たせ」

「っ!」

「どうしたの、そんなに焦って」

「なんでもないよ……」

「アリスちゃん、ジュースって大丈夫? もし甘いものが苦手だったら水も用意してるけど」


 テーブルの上にコップを置きながら、愛好がそう尋ねてきた。

 恐らく、ジュースだけじゃなくて水も用意してくれているのは、喉を気遣ってのことだろう。

 こういうところにも配信者としての気遣いがチラリと見える。

 さりげなく、俺を良い方の椅子に座らせてくれてるし。

 ……こういうところが憎めないんだよな。

 隣に愛好が座ってきた。


「ううん、ジュースで大丈夫」

「よかった。それで、今日のオフコラボだけど、アリスちゃん、今まで誰かとオフコラボしたことないよね?」

「うん、オフコラボどころか、コラボ自体あんまりしたことない……」


 そうだ、今気づいたけど、俺誰かとコラボすること自体初めてかもしれない。

 萌園アリスとして活動をスタートしてからはずっとソロで、ほとんど誰とも関わらずに来たし。

 ……いや、これは決してコミュ力がないとかそういうわけではなく、単純に誰かとコラボして俺が男だとバレるのが怖かっただけだから。


「なら、今日は主に私とアリスちゃんでトークするつもりなんだけど、どう?」

「あ、うん。それでだいじょぶです」

「オッケー。じゃあ、大体配信の準備もできてるから、そろそろ始めるね」


 愛好はPCを操作して、見慣れた配信画面が映し出す。

 俺は深呼吸をして、咳払いをしながら声を整えた。


「じゃ、始めるね」

「うん」


 愛好が「配信開始」のボタンを押した。

 と、そこで俺はあることを思い出した。


(あれ? 俺そういえば愛好がなんて名前で活動してるのか聞いてないな……)


 しかし、その疑問はすぐに解かれることになる。


「みんなー、お待たせ! 恋城らぶでーす! ガチ恋してけー?」


 隣の愛好が、視聴者に向かって挨拶する。

 俺はそれを聞いて、深く息を吐く。

 そして天井を見上げた。

 ……まじか。「放課後ライブ」最推しだったわ。

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