初めてのソロ配信(姉のカンペつき)

「さ、配信を始めるわよ」

「へーい……」


 デートから帰ってきた俺は、すぐに姉貴のパソコンの前に座らされた。


「マイクの調整は出来たわね。あとは配信を始めるだけ。どう、準備は出来てる?」

「出来てるけど……もう配信開始ボタン押してたりしないよね?」

「流石にもうやらないわよ。それより、緊張してる?」

「してるに決まってるじゃん」


 俺という素の自分で配信するなんて、いつだって緊張する。


「そう、じゃあ後ろでずっと見ててあげるわね。大丈夫よ。スマホのメモでカンペとか企画とかを出すから、それに合わせて話せば大丈夫よ」

「え、企画組んでくれたの?」

「当たり前じゃない。配信素人のあんたにいきなりフリートークしろって言っても、流石に酷でしょう。ちゃんと配信が持つように企画は考えてあるわよ」

「姉貴……」


 一瞬姉貴に感謝しかけたが、そう言えばこのソロ配信を仕組んだのも姉貴だった。

 差引ゼロ。いや、ただのマッチポンプだからマイナスだな。


「それじゃ、配信を始めるわよ」


 姉貴がマウスを動かす。


「了解」


 深く息を吐いて、気持ちを切り替えた。

 俺は姉貴に頷き返した。

 姉貴が「配信開始」のボタンをクリックする。


『まずは自己紹介。そのあとはソロ配信をするきっかけ。それからいくつかコメントを拾ってあげなさい』


 さっそく姉貴がメモで話すことを伝えてくる。


「み、みなさん、こんにちは」


 :弟キター!!!!

 :配信開始!!!

 :待ってました!

 :おとうとおおおおおおおおおおお!!!!!


 すると始まった瞬間、一気に加速するコメント欄。

 同時に怒涛の如く視聴者が配信に流れ込んできた。


「どーも、弟です……。今日は姉貴にやれって言われたのでソロ配信することになりました」


 背後では、ベッドに座った姉貴はぽちぽちとスマホで何かを打っている。

 まさか俺のカンペでも作ってくれているのだろうか。


 :正直すぎるw

 :なんか初々しいな


「まあ、配信初心者なんでね」


 :姉御とは入れ替わって配信してたけど


「姉貴と入れ替わって配信してたのは言わない方針で」


 :あれから今まで入れ替わってないの?


「まあ、あれからは一応一度も入れ替わってないけど……え、なに姉貴。あ、たまに入れ替わるみたいです」


 :姉御www

 :弟が便利だからって頼るなw

 :しかも勝手に決定されてるし……w


「弟は人権がないから……。そういうものだから」


 :悟りの境地に達してる……

 :さすがは姉御の弟、しっかり諦めてる。

 :多分目が死んでるんだろうなぁ


 コメント欄の中からそんなコメントを見つけた。

 うん。そのコメント正解です。

 その時、横からカンペが差し込まれた。

 姉貴のスマホのメモに書かれたカンペを読み上げる。


「さあ、ここからは……NGなしの質問コーナーのじか、ん……? ちょっと待て姉貴! なに勝手に質問コーナー始めてるんだよ!!」


 :おおおおお!!!

 :NGなしキター!!

 :女装姿見せてください!!!

 :お風呂の時はどこから洗うんですか!!!!

 :彼女はいますか!?


 爆速で流れるコメント欄。

 予想通り、変態が大挙してしょうもないことを聞いてきた。


「女装姿見せるわけないだろ! 特定されるわ! あと、よくそんなにキモい質問思いつけるな」


 一つずつツッコミを入れていくが、コメント欄が早すぎて追いつかない。


「ていうか、俺男なんだけど。姉貴の視聴者層的に男が多いはずでしょ。なんで同性にセクハラしてんだよ」


 :いや、だって女装っ子はえっちだし……

 :同じ男と言えど、違うと言いますか……

 :特別だよね


「だから、何度も言うけど俺は好きで女装してるわけじゃないから。それより他にまともな質問くれよ」


 :好きなものは!?

 :身長は?

 :趣味は?

 :彼女はいますか!?


「好きなものは……最近姉貴と二人で出かけた……デートした時にスタパ行って、フラペチーノが結構好きだったかも。今度また一人で飲みに行ってくるつもり」


 言葉の途中で姉貴から『デート!!!!』というカンペが入ったので、仕方なく言い直す。


 :ちょっと待ってその話詳しく

 :えっ、デートって言ったよね今

 :デート!?

 :まじで!? デート!?

 :姉御と二人でデートって何!?

 :てか今言い直させられてただろ絶対www


 コメント欄が加速した。

 姉貴と出かけただけでなんでそんなに盛り上がってるんだろう。


「そんなに盛り上がるところあるか?」


 :だって、ねぇ……?

 :こう、ねぇ……?

 :そうそう、ねぇ……?


 くっ、なんでか分からないけど、このコメント欄、イラっとする……!!

 画面の向こう側でニヤニヤしてる顔が思い浮かぶのだ。


「もうデートに関してはいいでしょ。そんなに面白いものでもないし。それより、別の話題に……」


 俺が話題を変えようとすると、背中を小突かれた。

 振り返ると、姉貴がスマホを見せてきていた。


『デートのことについて話してあげなさい』


 視聴者が気になってることについて話してあげなさい、ということだろうか。

 姉貴が続きのカンペを見せてくる。


『今はNGなしよ』


 どうやら拒否権はないらしい。


「……デートについて話まーす」


 :また姉御に言わされてるww

 :姉御の言葉は絶対すぎる


「姉貴が一緒に出かけたいって言うから一緒に休日に出かけ……デートしたんだけど、その時にスタパに入ったんだよ。荷物持たされて疲れてたし。で、スタパで姉貴に俺のカフェオレを一口あげたお礼にフラペチーノをもらったけど、結構美味しかった。おしまい」


 俺はそう言って説明を終える。

 すると姉貴がカンペを差し出してきた。


『私とのデートは楽しかった?』


「出かけ……デートが楽しかったって? もちろん楽しいに決まってんじゃん。姉貴と一緒にいて楽しくないことないでしょ。……なんでベッドの上で悶えてんの」


 急に当たり前のことを聞き出した上に、ベッドの上でゴロゴロと転がり始めた姉貴に俺は首を傾げる。

 ……いや、ちょっと今のセリフはクサかったかもしれない。

 うわー、姉貴、もしかして共感性羞恥で悶えてるんじゃ……。

 この分じゃコメント欄も同じような反応かもしrない。

 そして恐る恐るコメント欄に目を戻すが、俺の予想とは違っていた。


 :あっっっっま……

 :あれ? 俺砂糖食べたっけ?

 :なんだこのイチャイチャ

 :口から砂糖吐きそう

 :ちょっとコーヒー淹れてくる。ブラックで

 :この姉弟、当たり前のようにイチャつき始めたんだけど

 :ナチュラルに飲み物交換してるし……

 :やっぱ姉弟尊い……


 予想外の反応に俺は何かおかしなことを言ってしまったのかと、コメントに問いかける。


「え? なんか俺おかしなこと言った?」


 :いえいえ

 :いえ全く

 :気づいてないならそのままでいてください


「なんかよく分からないから次の質問に行こう」


 俺がそう言うと、後ろで姉貴がまたぽちぽちスマホを打ち始めた。

 また何かカンペを作っているのだろうか。


 :彼女はいる!?


「彼女?」


 俺がそのコメントを読み上げた瞬間、背後の姉貴がスマホからガバッと顔を上げた。

 そして俺を凝視している。急に何?

 とりあえず、NGなしの質問コーナーなので、正直に答える。


「俺に彼女はいないけど」


 俺には、いない。

 萌園アリスの方にはいるけど。


「っ!!! (コクコク)」


 そう答えると、姉貴がものすごくいい笑顔でうんうんと頷いていた。

 俺に彼女がいないことがそんなに嬉しいのだろうか。

 まあ、家族のそういう話ってなんか嫌だし、そういうことだろう。


「じゃあ次は……」


 そして俺が次の質問を探すと、


 :姉御のことはどう思ってる?

 :姉御は大切?

 :姉御は姉としてどう思ってる?

 :姉御は好き?


 なんか、やけに統一感がある質問がやってきた。

 もしかして結託してる? コメント欄。

 それになんか姉貴の視線を感じるんですけど……。

 えぇ……姉貴の前でこれ答えないと行けないの?

 しかしコメント欄がその質問で一色に染まったので、俺は答えざるを得なかった。


「まぁ、姉貴のことは大切だよ。家族なんだし当たり前じゃん。もちろん好きだけど」


 やっぱり恥ずかしいので、声に少し照れが混じってしまった。


「〜〜〜〜っ!!!!」


 俺の後ろで姉貴が悶えてる音が聞こえてきた。

 ちょっと、今のは流石にキモかったのかもしれない。

 俺はコメント欄をちらりと見る。


 :あぁ〜

 :ほんま最高や…

 :コーヒーガブ飲みした


 やはりと言うべきか、コメント欄は俺の痴態を喜んでいた。


「もういいだろ、はいつぎつぎ!!」


 顔が熱かったので、俺は強引に話題を変えた。


 そして、その後はつつがなく配信を終えた。

 怖かったがSNSを見ると、またトレンド一位になっていた。なんで。

 

 ちなみに、トレンドの関連ワードに「天然ジゴロ」というワードも入っていた。俺に関係ない言葉だし、多分バグかな?

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