第29話 また催眠──


 一回俺の部屋に戻るか。外で暴れられると周囲から変な噂が立ちそうだし。

 そう考え玄関を開けると、お母さんがご機嫌そうな表情で立っていた。


「あらネフィリムちゃん。今日もデートだったの?」


「そんなところじゃ。楽しかったのじゃ!」


 ああ、勝手に予定を作るな。確かに別の女性とデートしてたなんて言ったら親子の縁切られそうだし、そういうことにしておいた方が自然なんだけどさあ。


「ネフィリムちゃん、澄人とデートして不満なところなんかない? エスコートができてないとか。澄人、異性との交際経験がなかったから、色々不満なところがあるんじゃないかと思って」


「そんなことないのじゃ、澄人は確かに未熟なところや不器用なところもある。でも精一杯愛してるのが伝わってきて、見ていてとっても好感が持てるぞい。わらわは、そういう所が大好きなのじゃ」



 満面の笑みでそう返すネフィリム。母親はもう、うっとりとしていてとても幸せそう。完全に、ネフィリムに取り込まれる形となってしまった。もう、何を言ってもネフィリムの味方なのだろう。


「まあ。本当にお母さん嬉しいわぁ。澄人??」


「なに?」


「ちゃんと大切にしなさい!」



「わかったよ」


「こんな優しい性格でスタイルもよくて、グレードの高い彼女、澄人にはもったいないくらいよ。最後のチャンスなの。大切にしなさいね!!」


「大切にするよ」


 これから、大変そうな時間になりそうだ。それから、家の奥に進もうとすると、

 リビングに家族3人くつろいでいるのが見えた。


 家族が偶然集まっている所。ネフィリムは何か気づいたかのように「そうだ」とつぶやいてリビングへと足を進んでいく。何か嫌な予感がするな。


「皆の衆」



 両親と妹がネフィリムの方を向いた瞬間、3人の目から光が消えて、うつろな表情になる。

 呆けた表情。


 家族全員に催眠をかけやがった──。


「よいか?」


「「「はい」」」


 うつろな表情の中、ネフィリムの言葉を聞き始める。妹に至っては、口からよだれを垂らしていた。


「わらわと澄人はいつも幸せ。わらわはずっと澄人と一緒にいた。仲が良くていつも幸せそう」


「仲が良くていつも幸せ」


「家庭的で素敵な性格。たまに料理を作っている」


「「「家庭的で素敵な性格。たまに料理を作ってもらっている」」」


 3人同時に暗示をかけられ、合わせるようにして感情を失ったような口調で復唱させられている。


「わらわとも何度も面識があり、わらわのことをとてもよく思っておる」


「「「ネフィリム様と何度も会って、親しく思っています」」」


「パンと手を叩くとそちたちは目が覚める。よいな」


「「「はい」」」


 そして、ネフィリムが手を叩くと3人の目に光が灯り、意識が回復した。その瞬間、お母さんがにっこりと渡ってネフィリムに詰め寄る。


「いつもいつも、澄人の隣にいてくれて──時々料理まで作ってくれて、本当に済まないねぇ」


「まさか、こんなお兄ちゃんに尽くしてくれて──どれだけいい人なのよ」


「おまけに家庭的で素敵な人で。絶対にいい奥さんになるよ」


「ありがとうなのじゃ。それもこれも、澄人のおかげなのじゃ。澄人のためならば、わらわはどんどんみんなに尽くしていくぞい。こんなわらわじゃが、これからもよろしくお願いしますなのじゃ」




 にっこりとした笑顔で頭を下げるネフィリム。それからはもう、3人がネフィリムを称賛する始末。


「絶対大切にしなさいよ」


「ネフィリムちゃんを傷つけたらお兄ちゃん、承知しないからね!!」


「お前にこんな美人、一生に一度のチャンスだぞ。わかったな」


「わ、わ、わかったよ。ネフィリム、いつもありがとうな」


 3人の圧力に抗しきれず、一歩引いてうなづくしかなかった。

 どんどん身の回りを固められているような気がする。


 そして、俺の部屋へ。



 思いっきりチョップをかます。


「痛いのじゃ、何をするのじゃ!!」


「当たり前だろ。当たり前のように家族を洗脳しやがって!」


「いいじゃろが。どうせそちはわらわと一緒にいるのじゃから。これでそちは他の女に浮気することができなくなった。観念して、わらわと共に過ごすのを受け入れるのじゃ」


「わかったよ」


 不本意だが、今後のことを考えればそうせざるを得ない。そのうえで、璃緒ともよい関係を築いていかないといけないのか。今まで友人0だった俺にとっては胃が痛くなるような事実。

 うまくいくのか、とても不安だ。


 入れてくれた紅茶を嬉しそうに飲んでいるネフィリムを見て、強くそう思った。


「とりあえず、ファイナルソウルだ。ダンジョンを進めてセラフィールに会いに行かないと」


「あやつにも、話さなきゃならぬことが山ほどあるのう」


 セラフィールとも戦ったことがあるのだが、あいつはアウトローな奴だったな。

 魔王軍の中でもこの前のヒュドラとか育ちや素行の悪いやつに好かれやすかったな。


 それで、そういうやつらに教育を施して戦えるようにしたり。



「会いに行って部下を含めた状況とか聞いてやらねば」


「ああ。俺も聞いてみたい。こっちの世界に来られて迷惑かけられても困るしな」


 そして、明日にダンジョンに行くことを決めてそれを璃緒に伝えた。

 璃緒からの大丈夫だという返事。明後日から大変な時間になりそうだ。


 璃緒にネフィリム、2人とうまくやっていけるかなぁ。

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