背信始動

第六節 攻略後の始末

 『廃院エクレシア』の攻略が配信にて公開されてから数日が経過した。

 配信を通して映し出されたダンジョンの内情は、歴史的な発見と貴重な資料として重宝され、またソフィア教が語る神話の実在性の補強にも一役買った。

 しかし人々の関心は別のところにあった。

 それは、偶然にもダンジョンストリーマーの少女と行動を共にする事となり、戦いの果てに世界を驚嘆させる力を見せた一人の少年。

 彼の登場により世界の勢力は瞬く間に動乱を始め、ただ一人の少年を確保する為に暗躍を開始していた。


 一方その頃、件の少年────ティクヴァール・マリアンは、宿屋の一室にて正座させられていた。


 話はダンジョンを脱した時間まで遡る。



◇◇◇



 転移陣の輝きにより視界が暗転し、気づいた時にはダンジョンの外に放り出されていた。

 目前に広がる景色は『廃院エクレシア』のエントランス……ではなく、港町ネタンスから少し外れた場所にある小さな森の中であった。


「なんで、ここに……?」


 ミカエラが疑問符を浮かべてそう呟くと、それに返答するが横から響く。


『転移陣が設置されているフロアには人間が密集していたので、我らが至上の主レガリアントのご配慮の為にこちらへ転移させていただきました』

「へぇ、随分と気が利くやつじゃ……んん!?」


 バッと某青いハリネズミよりも速く振り向く。

 そこには、ティクヴァールの側をフワフワと浮遊する見覚えのある端末が。────魔鏡盤スマホである。

 ミカエラの疑問に聞き覚えのある音声……ギボリムの音声で返答したのは、スマホであった。


「……は? どういう事?」

『我らが至上の主レガリアントに携帯型魔動機器……現代では魔鏡盤スマホと呼称される端末に姿を変化可能か問われ、その問いに可と返答し、今に至ります』

「……つまり、アイツのスマホになったって事?」

『肯定。我らが至上の主レガリアントの“専用”のスマホとなります』


 妙に専用という単語を強調していたが、敢えて無視する。

 そしてミカエラは頭を抱えた。

 まさか神話の遺物たる自立型機動尖兵が、スマホに姿を変えて一個人の所持品になるなんて誰が思うだろうか。

 ダンジョンを脱した後も問題が追従してくるとは思わず、不満げな視線をスマホ化した古代兵器に向ける。

 自らの高性能さを自慢げに説明し、どこかマウントを取っているように思えて憎たらしさを感じた。


「コイツ折っていい?」

『当機体の機械構造体フレームは現代兵器では破壊は困難。よって人間の膂力程度では歪めることは……アア、ア、機体に負荷を感知。暴力反対! 暴力反対!』

「もう根を上げる訳? 古代文明のくせになっさけないわねぇ」

『……ミカエラ・ロンギフローラムの個体情報にゴリラを加筆』

「ちょっ!? それは乙女的に許されざる文面なんですけど!? この……! 即刻削除しなさい……!」


 無機物と喧嘩を繰り広げるミカエラに、何やってんだこの女という可哀想なものを見る目を向ける。

 小動物と言い合いする老人は村で散々見てきたが、機械に向かって騒ぎ立てる人物ははじめてで呆れ果てるしかなかった。

 プロレスがひと段落したところで、ミカエラはもの言いたげな目でティクヴァールを見る。


「にしてもアンタ、よくコレをスマホにしようと思ったわね。普通は思い付きもしないわよ?」

「……だって、スマホは高額だって聞いたから」

「あーはいはい。頭の片隅にずっと置いてあった訳ね、スマホの事。で、偶然にもスマホになってくれる古代兵器が近くにあって、こうなったって事ね。ま、ソレをどうこうする権利はアンタにある訳だし、あたしは別にいいと思うわよ」

「おう。じゃあ、改めてよろしくな俺のスマホ」

『我らが至上の主レガリアントの心のままに』


 ミカエラが微妙な表情でやり取りを見る。

 スマホによろしくお願いしますなんて言葉を投げかける人物なんてはじめてだ。珍妙が過ぎて呆気に取られるしかなかった。

 まあ、彼が変わっているなんて今に始まった事ではない。ダンジョン攻略という短い時間の付き合いだったが、ティクヴァールの人となりは多少なりとも理解したつもりだ。

 世間知らずの非常識人。けれども人としては果てしなく善と言える人物であろう。

 ……故にこそ、お節介を焼きたくなったのかもしれない。


「ただし気をつけなさい。アンタがスマホにしたソレ、歴史的にすっごい価値があるんだから。欲に目が眩んで奪おうとする奴が出る可能性もあるから、くれぐれも出所を明かさない事」

『機体には盗難防止用機構が搭載されていますが』

「……とりあえず、ペラペラ喋らない! いい!?」

「お、おう」


 ダンジョンストリーマーの先達者としての意見に耳を傾けた。

 確かに楽観的になってスマホと化したギボリムの存在をあけすけにする必要はないだろう。

 当のスマホは大丈夫だと宣っていて、事実大丈夫なのだろう納得できるだけの性能はあるが、それでも用心するに越したことはない。

 ティクヴァールが頷いたのを見て、ミカエラは満足そうに笑った。


「じゃ、一先ずあたしが泊まってる宿に行くわよ」

「いや、俺はこのままタラッタに帰るつもりなんだが」

「やめといた方がいいわよ。多分、配信でアンタの住所は特定されてるだろうし、もしかたら今頃大勢が押し寄せてるかもよ」

「え、マジかよ」

「大マジよ」


 弱ったなぁ、と悩ましい問題に行き当たり、ティクヴァールは首の後ろに手を回す。

 そこへミカエラが続ける。


「それにダンジョンで助けてもらったお礼もしたいし。ね?」

「……はぁ。本当なら晩飯の時間までに帰りたいところなんだがな」

「人の好意は受け取れる時に素直に受け取っておくものよ。ほら、これで顔隠して行くわよ」


 ミカエラはフード付きのパーカーを手渡す。

 創作物によく登場するような、不審者にしか見えない擦り切れた外套ではなく、市販で売っているようなありきたりのものだ。

 レディースな為サイズは少しキツめだが、元がゆったりとしているので着れない事はない。

 二人ともフードで顔を隠したのを確認したところで、ネタンスに向けて足を運んだ。

 森はそれほど入り組んだ地形ではなかったので、原生生物に遭遇する事なく抜け出し、予想より早い時間に町へ到着することができた。


 港町ネタンス

 『丘の国クィリナ』の西側の海岸に面した港町であり、『廃院エクレシア』が浮上した近辺の町としてメディアに関心を集めた場所。

 そこは元々、漁業を営んでいた小さな港町だったのだが、数多くの国々に囲まれている『丘の国クィリナ』という立地の中で有利な条件が揃っていたので、各国からの交易の場として発展を遂げた港湾の町である。

 ここへやって来るのは主に『白の国アルビオン』『歌の国ガルド』『石の国テスカトル』などの商人であり、彼らとの異文化交流を通じてネタンスには多種多様の文化が入り混じった結果、観光名所としての側面も兼ね備えるようになっている。

 故に『丘の国クィリナ』の国民だけではなく、他国の者たちの出入りも激しい。だがその恩恵のお陰で、首都より交易が盛んなので品揃えには困らない。『何を始めるにも先ずはネタンス!』というのが人々の一種の常識と化していた。

 ……まあそれに伴い、当然トラブルも発生するが、ここでは省略しよう。


「ダンジョンに潜る前より人が増えてるな」

「そりゃそうよ。今世間で一番注目を集めてる話題沸騰中の場所なんだから。因みにアンタが見つかれば、アンデッドに囲まれた哀れな村人Aと化すから気をつけなさい」

「……マジか。俺ってそこまで有名人になってたのか」

「そうよ。だから自覚持って」


 小声で会話をしながら、ミカエラは勝手知ったる動きで人通りを抜け、真っ直ぐ自分が停泊している宿に向かう。

 フードで顔を隠している為、周囲にはダンジョンを攻略した件の配信者だとは気付かれていないようだ。

 そして、宿の受付でミカエラが一言二言話すとすぐに部屋に案内された。

 ドアノブに手をかけたところで、ミカエラは違和感を抱く。


「あれ、鍵がかかってない……」


 まさか、もう特定されてしまったのかと表情を強張らせる。

 既に部屋に侵入されているなら、音を立てずに忍び込み、相手を捕まえて然るべき場所に突き出すしかない。

 そう決意し、ミカエラはゆっくりとドアノブを回す。できるだけ無音に、気配を感じさせないように。

 そうして室内様子を窺ってみるが、部屋は特に荒らされた様子は見られない。

 泥棒が入ったような形跡もなく、どうやら杞憂に終わる……かに思えたのだが。


「おや、意外にもお早い帰還ですね」


 声が発せられ、物陰から何者かが姿を現す────紺色のコートを羽織った女が。


「アンタは」


 ティクヴァールは女に身に覚えがあった。

 『廃院エクレシア』のエントランスで話しかけて、名前も告げずにどこかへ去っていった女であった。


「ダンジョンのエントランス振りですね。今や注目度ナンバーワンの有名人さん」

「アンタはあの時の。なんでここに?」

「そう警戒しないでください。私はそこのミカエラさんの関係者ですから。ミカエラさん、ご説明を任せてよろしいでしょうか?」


 水を向けられたミカエラは非常にもの言いたげな、どうしようもない大人を見るような眼差しで女を見る。


「勝手に部屋に入らないでもらえます? ……社長」

「……シャッチョウ?」


 今までのティクヴァールの人生で聞きなれない単語を耳にして、カタコトで呟く。

 社長。つまりは会社を経営、管理する人間を指す言葉である事は知っているが、目の前の女がその地位の人間である事が驚きであった。

 ティクヴァールの想像する社長は、もっと高齢で、村の中で喩えるなら村長のような人間だと思っていた。

 ティクヴァールがきょとんとしていると、女はコートのポケットから名刺を取り出し、自己紹介を始める。


「配信業も兼業している民間軍事会社『ソロモナル』。その代表取締役をさせていただいてますアッシェラートと申します。改めて宜しくお願いしますね、ティクヴァール・マリアンさん?」

「アッシェラート……」

「はい。そしてミカエラさんは、私が経営する企業の社員という事になります。そんな彼女を救っていただた事を代表取締役としてここにお礼申し上げます」


 女────アッシェラートは恭しく頭を垂れる。それに続くようにミカエラも頭を下げた。

 そこには誠実さがあった。真摯さがあった。本心からの感謝の念が込められていた。

 それを感じ取ったティクヴァールは、彼女たちの謝礼を素直に受け取る。


「人を助けるのは、心ある人間として当たり前だと教えられた。純粋でなくても、偽善的でも、誰かを助けるという行為自体に意味があると。だから俺は……ミカエラを助ける事に躊躇はなかった」

「素晴らしいお母様のもとで成長なされたのですね」

「まあ、そうだな」


 少し照れ臭そうな反応に、アッシェラートは微笑を浮かべる。

 嗚呼、この少年はぶっきらぼうな言動に反して純粋に人を思いやれる人物なのだと心から実感した。

 だからこそ、これから待ち受ける試練にアッシェラートは痛ましげな、それでいて愉快な気持ちを湧き上がらせていた。

 何故なら、ティクヴァールは今からこってり絞られる予定なのだから。


「そんなティクヴァールさんにお客様がお見えになっていますよ────アドラさん、来てください」


 ピキリ、とティクヴァールは硬直する。

 アッシェラートが手招きした物陰から、成熟した色香を醸し出す婦人が────アドラと呼ばれた女性が現れた。……妙な迫力を伴って。


「ティク」

「お、おう」

「正座なさい」

「はい」


 そして話は冒頭に戻る。

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