レガリアント/レディアンス・レコーズ
グレンデル先生
聖冠世紀/プロローグ
第一節
新たなダンジョンの出現により、浮き立つ心を微塵も隠さずに互いの意見を交換し合う傭兵たちや、研究者たちの中、ティクヴァール・マリアンは手持ち無沙汰に佇んでいた。
彼は周囲から浮いているように思えた。傭兵たちが各々のダンジョン用の装備を着用しているのに対し、ティクヴァールは喩えるなら『村人A』といっても過言ではない格好をしていた。
とてもダンジョンに挑む装いではなく、誰もが訝しげな視線を向けていた。ダンジョンを侮っているのか、それとも自意識過剰で世間知らずの愚か者か……そんな評価を悪意と共に向けられるも、彼はさして気にしなかった。
そんな針のむしろ状態のティクヴァールに、背後から声をかける人物が現れる。
「久方振りの新しいダンジョンというのもあって、各地から腕利きの者たちが集まっているようですね」
そのように、鈴を転がすような声でティクヴァールに語りかけるのは────紺色のコートを羽織った女であった。
女は面白おかしいものを見るかのように周囲に目をやる。
ガヤガヤと珍しい何かに集まる野次馬か、砂糖にむらがる蟻群を連想させる情景。そんな興奮冷めない、緊迫とした空気感が漂っている。
それもその筈。女が言った通り、ここはしばらく見なかったであろう新しいダンジョンなのだ。
神秘的な空間。どこか旧文明的な雰囲気があるものの、壁に彫られた意匠や、所々にあるオブジェは現代でも通用する……もしくは、技術的には現代より前進しているようにも感じられる場所。
それがこの未到の跡地。新しく見出された古代文明である。
新しいという事は、未だ人の手が加えられていない未知が眠っているという事。よって探検家や研究家は遺跡の調査を、雇われた傭兵たちは金目になる貴重品を求めて雪崩れ込んだのだ。
そしてここは遺跡の中でもエントランスに該当する場所で、まだまだ危険性のない安全地帯であった。
「……そうだな。どいつもコイツも一儲けしようと画策して、始まる前から血気盛んになってる。興奮もあるが、ピリピリとした空気も感じる」
「そういう君は随分と冷めたご様子ですね。見たところ誰かに雇われている訳でもなし……フリーの傭兵ですか? 傭兵と言っても、実に心許ない装備に思えますが」
周囲はただ咎めるような視線を向けるだけに対し、女はティクヴァールの格好について直接指摘する。
しかし、女の指摘にティクヴァールはキョトンとした表情を見せ、自身の身だしなみを確認して「そんなに変か?」と疑問符を浮かべる。
「はい、不安になってしまう程度にはおかしく映りますね。そんな装備で大丈夫ですか?」
「大丈夫だ、問題ない。それよりも、このダンジョンに来ているのは腕利きの傭兵だけじゃないみたいだが。なんだ、あの集団は?」
ティクヴァールが視線をやる方向には、同じ装束を身に纏い、十字のペンダントを首から下げている集団の姿があった。
「あれはソフィア教の信徒ですよ。おそらくは、このダンジョンに『
「崇める神様の為に、ダンジョンにまで来るか。そういう奴らもいるんだな」
「皆が皆、一攫千金を求めてダンジョンに挑む訳ではありませんよ。知的探究心を満たしたいもの、使命感に基づいたもの、向かう先は千差万別。各々がそれぞれの目的をもってここに来ているのです」
「……そういうアンタは?」
「私はとある企業の者でして。新たなダンジョンには視察に来た……という事にしておいてください」
女は妖艶に微笑み、人差し指を口に当てて内緒のポーズをする。
十人中、十人は見惚れるであろう艶姿だったが、少年には刺さらなかったようで、特に感情の起伏もなく「そうか」と返答する。
「────はーい注目! ダンジョンストリーマーのミカエラ・ロンギフローラムよ! 今新しいダンジョンと注目の廃院エクレシアに来ていまーす!」
突如として響く、緊張と興奮に包まれたダンジョンのエントランスに似合わしくない声。
何事だとそちらに視線をやれば、空中に浮かぶ端末に向かって喋りかける少女の姿があった。
「……なんだ、あれは」
「ああ、あの子はダンジョンストリーマー……世間ではダンストと呼ばれている配信者ですよ」
「……巷で聞いた事がある。確かダンジョンの様子を生で放送する業者? だったか。そうか、あれがダンストか」
ダンジョンストリーマー。略してダンスト。
普通のストリーマーとは異なり、危険が伴うダンジョン内での配信を主流としている。
場所が場所である為、危険と隣り合わせの命懸けの配信となるが、逆にそれがスリリングとなって人気を博しているジャンルでもあった。
今ではメディアでも取り上げられ、世間でも知られる彼ら彼女らであるが、ティクヴァールは詳しくなかった。
名前と、大まか概要のみを知るにわかであった。
なので初めて見るダンストという肩書きを持つ少女を、ティクヴァールは興味本位でジッと見つめる。
「────実はまだ、ダンジョンに潜る為の回路が開いてなくてね、今はエントランスで待機中。だから、この待ち時間を使ってエントランスツアーをしちゃおっか!」
身振り手振りを交え、視聴者に向けてのエンターテイメントを見せる。その様子は一種のアイドル活動のようにも思えた。
「何ていうか、緊張感がないな」
「それは視聴者を楽しませるのが彼女の仕事ですからね。周囲がいかにピリピリしていようとも、常に娯楽を届けようと表現する。それがダンストです」
「成る程」
ティクヴァールは少女の行動と態度に納得した。
しかし、それでもまだ疑問は残る。
「だが、実力の程は大丈夫なのか? あれは娯楽を提供するのを生業としているのだろう? ダンジョンと言えば危険と隣り合わせが常識だが……」
「大丈夫ですよ。ダンストも、傭兵と同じく腕に覚えのある方々しかなりませんから。何があっても自己責任です」
「まあそうか」
「……後、彼女も君に心配されるのは心外だと思うのですよ。丸腰にしか見えない君には。大丈夫です? そのような装備で」
「大丈夫だ、問題ない」
再度の心配にティクヴァールは大丈夫だと言い切った。フラグにしか思えないが、おそらく気のせいだろう。
それからも、程なくしてダンジョンのエントランスに待機する人数が更に増えた気がした。
ガヤガヤと、雑談という名の騒音がひしめく。
けれども、未だにこれといった動きは見られない。先へ進む為の入り口らしきものすらない状況が続いた。
「ふむ、そろそろお時間ですかね。申し訳ありませんが……」
「ああ。確か企業がなんたらだったな」
「はい。この後、仕事の打ち合わせがありまして」
「じゃ、ここまでだな」
「そうですね。ただ、君とはまたどこかで相見えそうです」
それでは良きダンジョン攻略を、と言い残して別の場所へと移っていった。
突然話しかけられて、自己紹介もなしに待機時間に随分と話し込んだ、どこかの企業の女。
いずれ、また会うかもしれないと口にしていたが、不思議とティクヴァールもそんな予感がしていた。
さてと、後の時間を無駄にするのはナンスセンスだと考えたティクヴァールは、自分も少しだけ辺りを見回ろうと行動しようとする。
瞬間────ダンジョンがグラグラと震動する。
地震と錯覚する程の揺れ。
足元がおぼつかなくなる程の震え。
この震動の発生に対して、ティクヴァールを含めた全員が先ず最初に危惧したのが、ダンジョンの崩落である。
こんな状況に、誰が叫んだ訳でも、何者かが命じた訳でもなく、この場にいた殆どの傭兵たちが出口へ向かって走り、出遅れた数名の者に対しては「こっちだ! 早く脱出しろ!」と余裕のある誰かが先導していた。
ダンジョンの崩落はよくある事象ではないが、頻度が決して少ないとも言えなかった。なので、この状況下に対応できるであろうベテランが比較的多かったのもあって、ある程度スムーズに対処が行われた。
しかしそんな中、足を止めて静観していた人物が数名────ティクヴァールと、ダンストの少女であった。
「おい! お前たち何を立ち止まっている!」
避難を促していた誰かが叫ぶ。
その者はベテランであり、出口へと通じる道にて逃げ遅れた者たちを先導する余裕ある傭兵の一人でもあったようだ。
そんな傭兵をして、崩落の前兆を見せているにも関わらず静観を決めている二人は頭のネジが外れている狂人のソレに他ならなかった。
だって普通の感性、まともな思考をしていたら迷わず脱出を試みるのが正解である筈なのに、危険が伴う震動の中、立ち止まっているなど正気の沙汰ではない。
故に理解できない。しかし、だからといって放置するのも良心が許さないので、もどかしさを感じつつも二人に呼びかける。
「早く脱出しろ! ここはもう────」
「あー、大丈夫だ。アンタは心配しないで先に行っててくれ」
「────は?」
何を言っているのか分からなかった。
思わぬ戯言を聞いてしまったせいか、傭兵の脳みそがティクヴァールの言葉を咀嚼して、理解させるに至るまでを遅らせた。
そうしてようやく把握して、それでも不理解でしかなくて、心底腹が立ってしまった────ふざけるな、と。
だが、自らの激昂をぶつける前に、突如としてダンジョンのエントランスが眩い光に包まれ、思わず目をつぶってしまう。
何かのトラップが作動してしまったのではないのかと、急いで視覚情報を取り入れるべく瞼を開けたら、そこには────。
「な、に……」
そこには誰の姿もなかった。
さっきまで足を止め、呼びかけに応じなかった二人の姿が、どこにも見えなかったのだ。
咄嗟の出来事なので傭兵の思考は数秒停止してしまったが、これはダンジョンにおける転移現象。
稀に秘密の階層へと瞬間移動させる、古代文明の技術によって造られた、現代では未だに確立されていない未知のエーテル技術であった。
つまり二人は、ここではどこかに飛ばされてしまったという事である。
この事態を呑み込めた女は、ギリっと奥歯を噛み締めて、やり場のない気持ちを抱きつつもその場を離脱するしかなかった。
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