第2話



 目を開けると、目一杯の夜空が浮かんでいた。


 真っ暗な闇に、星がいくつも瞬いている。田舎でもなかなか見ないほどの星密度で浮かんでいた。星密度って言葉があるのかは知らないが。取りあえず、星がいっぱいある。ミルキーウェイって言うんだっけ。銀河群も見えた。宇宙は広いからな。


 体を起こす。普通に五体満足だ。死んだかと思ったけど、全然死んでなかった。



「あー」



 発声もしてみる。特に問題ない。なんてことない、健康体な俺の体。


 なんならひと眠りしたおかげか、仕事の疲労感もない。快適だ。



 ……どこだ、ここ。


 夜空の下に、周囲には見慣れない草原が広がっていた。ぽつりぽつりと針葉樹林も見える。


 草木の甘い香りが漂い、風はないが、どことなく清らかな空気がする気がする。


 普通、整備されていない自然物って、山なり谷なり、凸凹したりするもんだが、地面が緩やかな平面しかない。不気味なくらい整っている。まるで絵に描いたような風景だ。人の気配もない。


 っていうか、なんで外で寝てたんだっけ、と朧気に記憶を呼び戻し、最後の記憶が車に跳ね飛ばされた交差点だったことを思い出す。



「……?」



 よくわからないまま、取りあえず、起き上がったときに向いていた方へ歩く。


 歩きながら、状況を整理していく。


 頬をつねると痛い。感覚はある。夢ではなく現実っぽい。車にはねられたのも夢とは思えない。死んだら別の世界に飛ばされるなんて、どこの異世界転生だろう。


 そうか、俺は今、異世界転生を果たしたのか!


 気づけば体も若い頃に戻っている! 背丈は160後半くらいだろうか。ああ、鏡はないのか。この頃の年齢の俺なら、人生を腐ったように見ていた死んだ魚のような目ではなくて、まだ人懐っこそうな犬みたいな目をしていることだろう。口元には、歯科矯正の一環で片方だけ抜歯された左の犬歯がうにょっと唇の下からも主張している。体が幼くなり、若返り、腹の底から底知れぬリビドーを感じる。


 現実の俺は死んで、新しい体を貰ったんだ。しかもどう見てもここは現実の世界じゃない。つまり、俺の第二の人生が始まったのだ!



 ……あれ? でも現実の体そのまま移動するのが転移で、生まれ変わるのが転生なんじゃなかったっけ。若返るパターンってあったっけ。まぁ、そんな細かいことはどうでもいいか。


 どうにかしてこの世界の情報を知りたい。


 楽しみで仕方がない。この世界には何があるのだろうか。剣や魔法はあるのだろうか。


 魔王とかいるのだろうか。世界を救うとかあるんだろうか。いやそれにしては、ナビゲートしてくれるキャラがひとりもいないな。チートスキルを付与してくれる女神とかもいないし、顔とスタイルがいいけど頭が残念なヒロインとかもいない。



「……?」



 ここでまた首を捻る。


 “自由すぎる”。


 どこに進むのも自由。何をするのも自由? それじゃ、現実と変わらないじゃないか。


 何かあるはずだろ、この世界に俺が呼ばれた意味が。



 ―――意味は、ない?


 ああ、そうか。違う。


 “自由”なんだ。



 俺がこの世界の真理に気づいたとき、目の前にある俺の影が、むくりと起き上がるのが見えた。


 影は起き上がり、ボクシングのようなファイティングポーズを構えると、俺を殴り飛ばした。


 ……?


 雑草の上を転がり、片手をついて、殴られた頬を撫でる。


 痛い。でも、『治せる』。


 殴られ腫れた俺の頬は、カチャカチャとパズルのように組み替えられていくかのように修復され、痛みもあっという間に引いていった。


 今わかった。


 何でもアリだ。この世界は―――!



「“自由”なんだ!!」



 右手に西洋風の剣を『生成』。殴りかかってきた影に切りかかる。


 影は左手を亀の甲羅みたいに固めてきてそれを受ける。



「何でもアリだ。何をしてもイイんだ! 最高だ! これこそ理想だ!」



 何でもできる、この世界は、何でもできるんだ!


 感じる。若い頃に感じていたリビドーが。思い出せる。名もない花に馳せたあの思いも。沸き上がる。目にするものだけではなく心の内から溢れ出していたあの日の情念が。


 青春が。


 俺の青春が、今この胸に宿っている!


 ああ、最高だ。最高だ! 笑いが、止まらない!



「.。.:☆・。・★:.。.ω.。.:✡・。・★:.。. .。.:*・。


あっ、はっ! はっ! はっ! はっ!


.。.:☆・。・★:.。.ω.。.:✡・。・★:.。. .。.:*・。」



 ハイになった俺は、影に『剣に電流を流し込み』、感電させる。


 たまらず距離を取る影。


 逃がさない。両足をジェット機にしてでも、逃がさない。


 右腕に力を込めて『膨らませ』、叩き潰す。


 ズズン、と地面にヒビを入れるほどの一撃は、影の中にある特別硬い『核』のようなものを押し潰し、壊した。



 腕を元に戻していると、影の核らしいものから、パラパラとパズルのピースのようなものが零れだした。俺はそれを見て、直感的に、これは『食える』と分かった。


 事実、意識して吸い込めば、パズルのピースはカラカラと音を立てながら俺の体の中、心臓の核なる部分に流れ込んできた。


 間違いない。これは『経験値』だ。


 この世界は、何でもできるし、『敵」を倒して『強くなれる』世界なんだ。



 ああ、最高だ、マジで最高じゃないか!



 もっと、もっとこの世界を楽しみたい!


 そう思うが早いが、俺は夢中になって駆け出した。


 いや、走るよりバイクとか作って走った方が早いよな。そう思ってバイクを作ろうとしたが、思ったよりうまくいかない。バイクってこんな感じだっけ? いや、違うよな。うーん、どうやって動いているのかも知らないし、俺にバイクは作れなさそうだ。


 諦めてバイクもどきからパッと手を離すと、それは粉になってあっという間に消えた。


 俺はひたすら、走った。


 闇雲に手足をバタバタと動かして、走った。


 秘密基地に向かう子どものように、走った。



 元の世界には、俺の居場所がなかった。とてもとても、生き辛かった。あそこは俺の生きるべき世界じゃなかったんだ。やっぱそうだ。


 だから、あの世界ではない別の世界に、俺の真の居場所があってしかるべきだろ。


 数百年前の書物にだって、女性の糞が鬼たちの世界では金塊で交換されたという話がある。つまり、現実ではクソみたいな俺でも、黄金に輝ける異世界があるはずなんだ。



 そう信じて、とにかく駆けた。


 敵はどこにいるんだろう。早くレベルアップしたい。


 俺は敵を求めて、ひたすらにこの世界を駆け回った。



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