第25話 タピオカデート3

25話 タピオカデート3



 腕を伸ばしてできるだけ上に上げてから、スマホのカメラアプリを起動する。


「えっと? 内カメへの切り替えってどうやるんだっけ?」


「あ、そこ押してください! そしたら切り替わります!」


「ん。これか」


 犬原君も私と同様自撮りをしたことがないそうだが、流石にカメラの切り替えのしかたくらいは知っていたらしい。まあ私は知らなかったけど。


 なにせ、スマホのカメラ自体開いたのが久しぶりなレベルだ。恥ずかしい話、もう最後に自分でシャッターを切ったのがいつの話だか思い出せない。


「シャッターボタンはこれで……よし。犬原君、もっと寄って寄って」


「は、はい!」


 すすす、と彼との距離が近づく。


 さっきまではお互いの肩の間に拳一個分くらいは距離があったものだが、それではスマホの画角的に彼の顔が入りきらない。私はカメラを持つ手前ポーズを固定していなければならないし、犬原君の方からもっと近づいてきてもらわないと。


「あとちょっと寄れる?」


「も、もっとですか? 分かりました……」


 あ、犬原君顔が赤くなってる。


 そうか。ここまで二人で密着する機会ってあまり無いし、たまにあってもそれは私からだ。彼の肩に頭を乗せたりそっと身を寄せたりすると、なんだか心がポカポカと暖かくなるから。


 けど、彼からは違う。私も密着する時はまだ恥ずかしさが拭いきれていないけれど、犬原君の場合はそれ以上。少なくとも今まで、ここまでの密着を私から要求したことはない。


「ふふっ。犬原君顔に出過ぎ。そんなに緊張する?」


「し、しないわけないじゃないですか! うう、揶揄わないでください」


「ごめんごめん。でも、そっか。ならーーーー」


「先輩!? 何を!?」


 そんな彼の在り方は可愛らしいしずっと見ていたいと思うけれど、生憎運動不足を拗らせている私はそろそろ左手が限界だ。このままだと攣ってしまう自信しかない。


 だから、早くくっついてもらうために。私の方から腰に手を回すと、そっと身体を引き寄せた。


 相変わらず、女の子かと思うほどに細い身体だ。というか腰回りは私より細いんじゃなかろうか。


「だって焦ったいんだもん。ほら、カメラの方向いて? そろそろ腕プルプルしてきたから」


「う、うぅ……」


「はい、チーズ」


 カシャッ。乾いたシャッター音が響く。


 二人でタピオカを片手にカメラに目線を合わせ、ボタンを押した。初めての自撮り……上手く撮れてるといいんだけど。


「ぷっ……あはははっ。犬原君顔真っ赤!」


「そんなにですか!?」


「ほら、見てよこれ。これはどう見ても真っ赤でしょ」


 二人で撮った写真を確認すると、我ながら初めてとは思えないくらい画角も写し方も完璧で。ブレ一つなくピントが合わさったそれには、犬原君のりんごのように真っ赤っかになった表情がよく撮れていた。


「や、やりなおしましょうよ! こんなのずるいです!」


「え〜? やだよ、せっかくこんなに上手く撮れたのに。あ、犬原君にもちゃんと送っておくね」


「ならせめてもう一枚! もう一枚撮りましょう!?」


「うーん……早くタピオカ飲みたいからヤダ」


「なっ……!!」


 彼を揶揄うように一口。軽くストローに口を付け、中身を吸い出す。


 こういう写真は飲み始める前に撮るものだ。こうすれば彼だって諦めーーーー


「ごふっ!? けほっ、ごほっ!?」


 なんて、そんなことを考えながら。自分がまだミルクティーの部分しか飲めていないことに気づき、タピオカを吸い上げたその瞬間。


「シャッターチャンス!」


「ちょ、待っ! 犬は……う゛っ!?」


 これは後ほど知ったことだが、タピオカを飲む時は強く吸いすぎると太いストローの中をタピオカが大行進し、口の中が大変なことになるのだという。


 

 こんなの、罠だよ……。

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