第11話 密かな悪意
11話 密かな悪意
『ねぇ、犬原君は今なんの授業受けてるの?』
先生に感づかれないよう、筆箱で上手く手元を隠しながら。トトトッ、と素早く文字を打ち込む。
幸い、普段から悪目立ちしてしまう私でも存在が影になってしまうほどに周りの人たちが怒られてばっかりだったから。気付かれる気配はなかった。
『今は数学ですね。難しすぎてしんどいです……』
(か、可愛い……)
文字を打ち込みながらしゅんとしている犬原君の顔が、容易に想像できた。
数学は私も嫌いだ。あんな数字遊びが一体この先何に必要になるのかと思うと、猛烈にやる気が削がれてしまう。まあそれを言ってしまえば必要のない教科の方が圧倒的に多いんだけども。
『難しい授業中だからって誰かにこっそりメッセージ送ってやり取りするなんて、悪い子だね』
『そ、それを言うなら先輩だってそうじゃないですか!』
『私はいいの。送られてきたのに返信してるだけだから』
なんて、自分から話題を振っておいて苦しいだろうか。
でも、犬原君がいけないのだ。たとえ間違いであったとしても、彼が私にメッセージを送ってその気にさせたわけで。男の子なんだから、ちゃんと責任は取ってもらわないとね。
『……ごめんなさい』
『分かればよろしい』
犬原君と喋りたい話題なんて、いくらでもある。
なにせ私たちは付き合ってからまだ二日目だ。ちゃんと知っているのはせいぜいお互いのフルネームや何となくの性格くらいなもの(まあ私の方は一方的に一番の秘密を知られてしまっているけども)で、兄弟がいるのかとか、血液型は何型かとか。まだまだお互い、知らないことだらけだ。
だから私は彼のことならなんでも知りたいし、知れたら嬉しい。こうやって少しメッセージのやり取りをして、ただ苦手な教科を知れただけでも頬の力が緩んでしまう。
『あ、そうだ。お昼はどこに集合する? 何食べるかにもよるけど』
『僕はお弁当があるのでどこでも大丈夫ですよ! 食堂でもいいですし、お互いの教室でも!』
食堂と教室、か。
正直どちらも、あまり好きではない。というか、人目のあるところは全部嫌いだ。
だから私はいつも、校舎裏に行って一人でお弁当を食べているんだけども。流石にそんなところに彼氏を連れて行くというのはどうなのだろうか。犬原君なら二つ返事で了承してきそうな気もするが、やはり気は進まない。
しかし、かといって人目につくところはお互いにしんどくないだろうか。私の教室に来させたら犬原君が浮くし、その逆なら私が浮く。まだマシなのは食堂かもしれないけれど、こっちはこっちで人目の数が段違いだ。二人揃ってご飯など落ち着いて食べれる状況では無くなる気がしてならない。
(なら……)
『できれば、二人っきりになれるところがいいな。昨日犬原君が私を呼び出した屋上とか』
『お、屋上ですか』
『うん。立ち入り禁止なのになんでか君は鍵を持ってたし。あそこを二人で会うために使えたりしない?』
『実はあれ、担任の先生が昔からの知り合いなのでお願いしてなんとか貸してもらえた感じでして……。バレたら大事ですし、日常的に借りて使うのは厳しいかもです』
う〜ん、ダメか。
もしかしたら、と思ったんだけどな。というか担任の先生が昔からの知り合いって何? まあまあ深掘りしたい話題なんだけど。
『あ、でも二人きりになれるところ自体は用意できるかもです! その先生が理科の先生なので、準備室とかなら借りられるかもしれません!』
『ほんと? なら、ぜひお願いしたいかな。人目の多いところだと、私のせいで落ち着いてご飯食べられないと思うから』
『了解です! 聞いてみます!!』
『うん。よろしく』
理科の先生、か。どんな人だったか。まあクラスによって同じ教科でも先生が違うのはよくあることだから、そもそも会ったこと自体無い可能性もあるけれど。
まあいい。そこはまた後で聞くとして。
(犬原君と二人きりで、お昼……)
スマホをスカートのポケットにしまってから、再びペンを握る。
気づけば眠気はすっかり晴れていて。これなら四限終わりまで頑張れそうだ。
「……ちっ。なにアイツ。キッモ」
しかし、思わずニヤけてしまいそうになるほどの幸せが私の中に芽吹いた、その後ろで。
ーーーー密かな悪意が、気付かないうちに私へ標的を定めていたのだった。
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