第44話 マッシュの裁縫

「これから辺境爵様と晩餐を共にするんだ。その時に使う予定だから下手なもの作るなよ」

「おい! オレはやるなんて一言も‥‥‥」


「やらなきゃお前ら全員処分されてもおかしくないぞ。流刑者のくせに身分証を偽ってこの街にいるんだろうからな」

「くっ‥‥‥汚ねぇぞ! てめーだって流刑者だろうが!!」


「俺は騎士爵様と一緒に来たから問題ないんだよ。ここにいるのもゲオルグ様の許可を貰っているしな」

「‥‥‥てめーは一体何者なんだ? 村に来ていきなり黒の夢を解散させたり‥‥‥」


「戻りました。エドガー様」

「ティナ、ありがとう。ほれ、マッシュ。やってみろ」

 俺はハンカチを取り出して裁縫道具と共にマッシュの前に置いた。

 

「妙な動きをしたら今度こそこれを眉間に撃ち込みますからね? エドガー様に従ってください」

 ティナが拳銃を片手にマッシュの縄を解く。


「‥‥‥わーった、やりゃいいんだろ! やりゃあ!! ‥‥‥で、どうやんだよ?」

「ティナ、基本だけ教えてやってくれ」



 そこから廃墟の中でのお裁縫教室が始まった。

「‥‥‥そこをそう。へぇ、本当に初めてですか?」

「‥‥‥‥‥‥んだよ。もうやり方はわかったからあっちいけよ」


 マッシュのお仲間たちも気がついたようだ。

「!? マッシュの兄貴? 何を?」

「兄貴が針仕事?」


「だぁー!! うっせぇ! 気が散るから黙ってろ!!」

「‥‥‥‥‥‥」


 ちなみにこいつらの撃たれた傷は治療済みだ。もちろん俺の自家製ポーションで。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「おらっ! 出来たぞっ、これでどうだ!?」


 初めてやったとは思えない程の見事な刺繍だ。

 デザインは任せたがこの鳥のようなデザインは‥‥‥?


「‥‥‥それはテオドール村に伝わる伝説の生き物だ。足が三つある鷹『トライホルス』‥‥‥誰も知らないだろうけどな」


 確かに知らない。この男がそんな事を知っているなんて‥‥‥。


「‥‥‥意外だな。何故そんな事を知っている?」

「俺はあの村で生まれ育ったんだよ。流刑地となる前のテオドール村でな」


 テオドール村が流刑地として犯罪者が送られてくるようになったのはここ10年くらいの事らしい。

 テオドール村で生まれ、そこでの地味な生活が嫌になり、領都に行って犯罪者になってテオドール村に流刑者として逆戻りしたのだと言う。


「で、どうだった? 刺繍している時の気分は?」

「‥‥‥くなかった」


「は? 聞こえないぞ、はっきり言え」

「っ! 『悪くなかった』って言ったんだよ! なんで毎回何度も言わせんだ」


「ティナ、清算してくれ」

「はい、これが刺繍の報酬です。かなり破格だとは思いますが‥‥‥」


 マッシュに金貨一枚を渡す。

「!? こ、こんなに!?」

「初仕事のご祝儀も含めてな」


 マッシュは金貨を握りしめ震えている。

 自分の仕事によるまともな報酬だ。


「これが‥‥‥!!」

 まともに働いて稼いだ金の重みを噛み締めているのだろうな。


「あー、感動しているところ大変悪いんだが、‥‥‥これがこいつらに使ったハイポーション4本の請求書だ。すまんな」

 請求書を見せる。金額に目を丸くするマッシュ。

「なっ!! 金貨100枚だと!?」

 ‥‥‥以前にお前たちがセリスからぼったくりかけた金額だ。


「ぼったくり過ぎだろ!?」

「どの口が言うんだ? お前たちがセリスたちに請求したのと同じ額だぞ? しかもこっちは4本だ」


「くっ‥‥‥! は、払うよ‥‥‥借金させてくれ。少しずつ返すからよ」

 ちゃんと働いて稼いで払うらしい。正しい価格は把握していないんだな。


 という事はコイツらも誰かからぼったくられたという事か。

 前にも言ったがハイポーションの適正価格は金貨10枚程度だ。


 だがせっかくまともに働く気になったのだ、払い終わったら正しい事を教えてやって差額の60枚は返してやるとしよう。

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