1-3

 

 「ごめん、電話があったことすぐに言っとけばよかったよね。

 ただお兄さんからじゃなかったし、ホームズさんも、特別な用事があるわけじゃないから、またかけ直すって言ってたし、家入くんが戻ってきたらすぐ話が盛り上がってきてたから、言い出すタイミング逃しちゃって」



 無言でスマホの画面を見続けている俺のことを五十嵐くんはどう思ったのか、申し訳なさそうに謝ってくれたけど、もちろん五十嵐くんは悪くない。


 むしろ、俺がトイレに行っている間に電話をとってくれた五十嵐くんは、いい人だ。

 そうして欲しいって、俺が頼んだんだから。


 そう、俺はあのとき…あのファミレスで、アホな友人たちと盛り上がって、新しい味のオリジナルドリンクを生み出すんだとか言いながら、ドリンクバーのいろんな味を混ぜまくることに熱中し、その結果、ジュースを飲みすぎておなかがタプタプになって、当然トイレにいきたくなったわけだけど…同時に、どうしても逃したくない電話がかかってくるのを待ってたんだ。


 それが誰からの電話かっていえば、相手はもちろん茜さんなんかじゃない。

 犬彦さんだ。

 犬彦さんから電話がかかってくるのを待っていたんだよ、俺は!


 昨日の夜、何がきっかけだったかは忘れたけど、犬彦さんとサンドイッチについて話していた。


 サンドイッチの具について、俺たちは熱く話していたんだ。


 そしたら犬彦さんがこんなことを教えてくれた。

 最近、犬彦さんの会社の近くに、手作りサンドイッチを販売している移動車がやってくることがあるって。

 ほら、なんかおしゃれなカンジのバスっぽいデザインのワゴン? で、いろんなところを移動販売している車ってたまにあるじゃん? あれあれ!


 その車が販売しているサンドイッチが、すっごく美味しいって、犬彦さんの会社の人たちのなかでも今話題になってるんだって。

 犬彦さんが、五月女さんや森田さんから聞いたところによると、そのサンドイッチ屋さんはエキゾチックテイストなお店らしくて、粗みじん切りのトマトとタマネギのペーストたっぷりにゆでたエビとパクチーのサンドイッチとか、そこらへんに売ってなさげな具のやつが、すっごく美味しいらしい…!


 そんな話を聞かされた俺が、ぼーっとそのサンドイッチの想像の姿を脳裏に浮かべていたら、犬彦さんは(俺のことを哀れに思ったのか)こう言ってくれた。



 「その車が次にいつ、うちの会社の近くに姿を現すかは分からないんだが…もし明日そいつがやってきたら、サンドイッチを買って帰ろう。


 五月女くんが言うには、サンドイッチの種類がたくさんあるらしい、しかも日替わりメニューも存在するそうだ。

 全メニューをコンプリートするには時間がかかるだろうと五月女くんは話していた。


 だから江蓮、もし販売車をみつけたらすぐに電話をする。

 どれが欲しいか、電話口でメニューを伝えるから、好きなのを選ぶといい。


 だが、もしそのときお前が電話にでられない場合は、しばらくして車は移動するだろうから、また今度になるが…そもそも明日は車が来ないかもしれないし、まあ、あんまり期待せずに待っていてくれ」



 と…まあ、こんな重大な話の流れがあって、俺はこのとき絶対に、犬彦さんからかかってくるかもしれない電話を逃すわけにはいかなかった。


 だからトイレへ行くまえに、俺は自分のスマホをテーブルの上に置いていき、そこに座っているみんなへ向かって、もし電話がかかってきたら、それはうちの兄さんからだと思うから、とにかく出てもらって、そしてすぐにかけ直すからちょっとだけ待っててほしいと伝えてくれって頼んでおいたんだ。


 それなのに…なんで本命の犬彦さんからじゃなくて、よりにもよって、最近音信不通ぎみだった茜さんが、電話かけてきてんだよ!!


 しかもホームズとか…なに余計なこと五十嵐くんに言ってくれちゃってんだよっ!

 ああ、最悪、最悪だっ!


 思わず頭をかきむしりたくなる。

 だけど悪いのは俺自身であり…そして、茜さんなのだ…!


 (ホントになんっでこんなタイミングで電話かけてくるんだよ茜さんっ!)



 「五十嵐くん…それで、その電話の人は、他にどんなこと言ってた?」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る