第24話 見つけた
〈――――見つけたぞ! こちらじゃ!〉
蒼穹より声を降らせ、はばたきの音と共に天華が高度を下げる。白虎と遼寧は彼女の身を道しるべに、大地を疾走した。
〈ああ、近づいてきた近づいてきた……俺超逃げたいんですけど!〉
〈いい加減黙って走りゃこの臆病馬! そんなんじゃから玉風に振り向いてもらえんのじゃ!〉
〈ぐはっ! 痛いとこ突かないでください天華さん!〉
秀瑛を乗せて走りながらいななく雄馬を、勇猛な雌鷲は一喝する。敵はもう目前だというのに、まだこの雄馬は腹を括れないらしい。雷禅たちは逃がす馬を間違えた。
阿呆な会話を聞き流して走っていれば、大地の彼方に玉霄関が見えてくる。そしてそれより手前に、強大な邪気を放つ大集団が見えた。
復讐の狂気に駆られ、憎しみの神にひれ伏す愚者たちの群れ。
憎い相手に復讐したいという吐蘇族の過激派たちの気持ちには、琥琅も共感する。大切なものを奪われた悲しみも、理解はできる。
だが彼らは琥琅の仇である妖魔に従い、琥琅から雷禅を奪った。その一点で、同情の余地はない。――――振り払うべき、敵だ。
養母を失い、縁に縋って西の地を目指して。その果てで琥琅は雷禅と出会った。あの日から琥琅の世界の中心は雷禅なのだ。綜家の皆は優しく、心許せる者たちなのだと理解しているけれど、雷禅以上に大切な者はいない。
彼のそばにいたい、守りたい。大切にされたい。その想いは揺るぎなく、だから琥琅は、人生初の一人きりの商談に赴く雷禅の護衛を快諾したのだ。
もう、大切なものをあの妖魔に奪わせはしない。
雷禅を守り、あの妖魔に復讐するのは自分だ。立ちはだかるなら容赦しない。
近づくにつれ、異民族の過激派集団も琥琅たちに気づいた。玉霄関に向けていた殺意を、琥琅たちにも向ける。
人間たちが気づいて、妖魔の首領が気づかないはずもない。彼もゆっくりと振り向いた。
離れているのに、目と口元に嘲笑が浮かんだことを琥琅は何故か確信した。やっと来たか、だからどうした。そんな声が聞こえてきそうな。
「……っ!」
激しい怒りと憎しみが身を焦がし、琥琅は二の腕を強く握りしめた。
首領の命を受け、漆黒の妖魔どもが琥琅たちに向かってくる。先頭を切って跳びかかってきた一匹を、琥琅は一刀のもとに斬り捨てた。続けて襲いかかってくる幽鬼も斬り、妖魔の首領を見据える。
こんな雑魚に用はないのだ。白虎も幽鬼の攻撃を極力かわし、先を急ぐことを最優先にする。
〈琥琅! 雷禅は妖魔の首領のそばじゃ!〉
「っ! 天華、雷守れ!」
〈承知!〉
そう高らかに鳴くや、雌鷲は飛翔の速度を上げて雷禅のもとへ突っこんでいった。見送る眼差しを遮るように跳びかかってきた幽鬼を琥琅は斬り捨てる。
過激派の集団は、今や顔がはっきりと視認できるほど近い。捕らえられていた兵たちの姿も見えた。
琥琅の背後について来ていた秀瑛が、ここに来て琥琅の視界の前に飛び出した。
「琥琅殿! 妖魔の首領は任せた!」
〈死ぬー! 俺死んだー!〉
この期に及んで遼寧はまだそんなことを絶叫している。それでも乗り手に逆らわないのは、やけくそになっているのか、元軍馬だからなのか。今までにない速度で秀瑛を兵たちのもとへと運んでいく。
妖魔や幽鬼の妨害を退ければ、次に待っていたのは人間の殺意だった。白虎にまたがり、すでに幽鬼や妖魔の血を何匹も屠った敵であることなど知らないかのように、まったく怯みもせずに襲いかかってくる。
彼らの目に浮かぶのは、仇へ向ける憎悪の色。
〈痴れ者が!〉
白虎が一喝するや、琥琅と白虎の周囲に不可視の防壁が生まれ、弾けた。敵に一太刀を浴びせんとしていた男たちは一瞬にして後ろに吹き飛ばされる。
琥琅はそのあいだに白虎の背から下り、剣をふるった。もちろん、この男たちの相手をのんびりしている暇はない。邪魔な者だけ斬って、奥へと進んでいく。
どこに雷禅がいるのか迷う必要はなかった。先ほどから、妖魔の首領の妖気に抗う別の妖気――――天華の力が幾度となく放たれているのだ。彼女は長い歳月を生きた化生。そこらの雌鷲とは違う。
絶えることのない憤怒と憎悪の一撃に反撃しながら天華の力を目指して進んでいくうちに、不意に琥琅の視界から人間の波が失せた。人垣が途切れ、開けた場所に出る。
その、奥。人の身の丈よりもはるかに大きな、ほのかに輝いているようにすら見える青ざめた色をした美しい鳥のそばで、探していた人は身を竦めていた。
「――――雷っ!」
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