第8話 持つべきものは同志
息ぴったりだったので、二人はどちらともなく笑い出した。
面食らっている他の侍女に、シュゼットは心の中で謝る。
(ごめんなさい。私たちだけで楽しんで)
シュゼットとメグは共に読書が趣味で、好きな作家は巷で流行している恋愛小説家のエリック・ダーエ。
ダーエは、主に宮廷を舞台にした切ない恋に定評がある作家だ。
代表作は『みなしご令嬢の華麗なる結婚』『拾われ妃の宮廷日記』などで、王族や貴公子を相手にした物語は根強いファンが多かった。
かくいうシュゼットもその一人だ。
同じ物語に心をときめかせた同志として、シュゼットとメグは侯爵令嬢と使用人という枠には収まらない友情を育んできた。
ダーエの新刊が出たとき、メグが手作りの夜食を持って屋根裏に忍んできて朝まで感想を語り合ったこともある。
本の貸し借りも日常的にしていたし、身分差がなかったら堂々と親友になれただろう。
親しみを込めてメグの手を握り、シュゼットはベールの下で微笑んだ。
「みなさん、ここまでありがとう。お化粧と髪のセットはメグ一人にお願いします」
侍女たちには、弧を描く口元しか見えなかったはずだ。
顔の見えない主に従うのは面白くないだろう。
けれど、今日の主役の望みであれば叶えないわけにはいかないと、一礼して部屋を出ていってくれた。
部屋にはシュゼットとメグの二人だけが残される。
そうでないと困る。
これからシュゼットは誰にも見せたくない秘密をあらわにするのだから。
「それでは外させていただきますね」
メグは一声かけてからシュゼットのベールに手をかけた。
帳を取り去るようにふわっと頭から薄布が持ち上げられる。
半透明にふさがれていた視界がさっと開けて、辺りが鮮明に見えた。
(明るい……)
支度部屋を流し見たシュゼットは、顔を正面に戻した。
そして、鏡に映る自分を見つめて、やるせない息をこぼす。
「相変わらず醜いですね」
シュゼットの額からこめかみにかけて、大きな傷が走っていた。
怪我をしたのは幼い頃なので、傷はすっかりふさがっている。
しかし、何針も塗った皮膚は引きつれ、赤く変色した部分はなめした革のようになまめかしく光った。
こんなに醜い人間を、シュゼットは他に知らない。
女性は外見以外で評価されることがあまりない。
容姿の不利はそのまま人生に反映される。
シュゼットが家族からの仕打ちを甘んじて受けていたのも、この傷跡からくる自己否定の気持ちを拭えなかったからだ。
自分が嫌いだから、屋根裏部屋には鏡がなかった。
顔を見るたびに、胸の奥にたまった澱がさらに濃くなってしまうから。
こんなに醜いのだから見下されて当然だと、自分で自分を踏みつけてきた。
シュゼットは傷跡に指をはわせてため息をつく。
「私では美しい装いが台無しです」
「何を言ってらっしゃるんですか。この傷のおかげで王妃になれるんですから感謝しなければいけませんよ」
特注したファンデーションを練るメグに、小さく頷く。
ジュディチェルリ家は政治的に力のある家系ではない。
カルロッタの縁談さえまとまっていないのに、妹の結婚が優先されるのも外聞が悪い。
それなのに国王がシュゼットを花嫁に迎えるのは、大人になっても傷跡が消えないほどの大怪我を負わせたのが彼だからだ。
(怪我をしたときのことはよく覚えていないんですが……)
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