第7話 おさがり姫の幸せな門出
フィルマン王国は、雄牛のような形をしたコントラルト大陸の西方に位置する平和で豊かな国だ。
南のオレド海から吹き込むあたたかな風と平地の多い地理のおかげで農業が盛んであり、収穫量の多い小麦をさかんに輸出していることから大陸の食糧庫とも呼ばれている。
経済的に安定しているため、王都リスティーヌは夜中に道で寝転がっていても財布がなくならないと言われるほど治安がよかった。
その平和で満ちたりているはずの都が、なぜだか朝からそわそわしている。
それもそのはず。
今日は、若き国王アンドレ・フィルマンの結婚式なのだ。
相手は、第八代国王アッティーリオ二世の頃に起きた侵略戦争で国を守り抜いた逸話が残る騎士ジュディチェルリの末裔である。
かつての英雄の血が王家に入るという一大イベントに、国民はみな歓喜にわいていた。
その頃、シュゼットは宮殿の一室で大勢の侍女たちに囲まれていた。
身につけた花嫁衣裳は職人たちが一年がかりで仕上げたもの。
長袖で露出こそ少ないが、シュゼットの細い体を引き立てるデザインとふんわり膨らんだスカート、長く後ろにのびるトレーンまでも上質な絹でできていて、肌になじむ感触にうっとりしてしまう。
(どこを見てもシミ一つありません。完璧な新品です!)
シュゼットは目をキラキラさせた。
おさがり品で生きてきたので、この美しい品々が自分のために用意されたという事実に感動したのだ。
支度部屋には、王妃専属の侍女がひっきりなしに出入りしている。
鏡台の前に座ったシュゼットが新しいアクセサリーや靴を見せられるたびに甘い吐息をもらし、使い慣れたベールの下で瞳をうるませていたら、侍女の一人にくすくすと笑われた。
「そんなに驚いて。まるで小さな女の子みたいですよ、シュゼットお嬢様」
白いリボンをカチューシャのように巻いて後頭部で結んでいるのは、引きあがった目元が印象的なメグだ。
彼女は、ジュディチェルリ家からついてきてくれた唯一の使用人である。
シュゼットより十も年上で、おさがり姫と揶揄して虐げてくる周囲には同調せずに味方でいてくれた。
こざっぱりした性格はあけすけで気持ちがいい。
内気で何事も諦めがちなシュゼットだが、メグにだけはなんでも話せた。
シュゼットは、興奮した様子で両手を握ってメグに感動を伝えた。
「だって、本当に驚いているんです。まるでエリック・ダーエの恋愛小説に出てくるヒロインになった気分ですよ。作品名でいうなら――」
「「――『みなしご令嬢の華麗なる結婚』!」」
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