第3話 愛される姉と虐げられる妹

 シュゼットは重い荷物を抱えて屋敷を歩いた。

 家族が集まる居間の前を通りがかると、中からカルロッタと両親の声が聞こえてきた。


「お父様、お母様。あたし、さっきシュゼットに服を恵んであげたのよ」


 半端に開いた扉からのぞく。

 暖炉にあたる両親に、カルロッタが自慢げに話しているところだった。


「ドレスもショールも目につく物はみんなあげたわ。あの子ったら、いつもみっともない格好をしているんだもの。これで少しはマシになるはずよ」


 みっともない服ばかり着ているのは、おさがり品しか寄こさないカルロッタのせいでもあるのだが、両親はそんなことはお構いなしに愛娘をおだてた。


「カルロッタは優しいなあ。あんな気味の悪い子にもちゃんと接してあげて。なあ、母さん?」

「そうね。カルロッタは、さすがジュディチェルリ侯爵家の娘だわ。それに比べて、シュゼットはどうしてあんな風になってしまったのかしら。陰気で、汚くて、屋敷の外へ出すのが恥ずかしいわ。あんな子、産まなければよかった」


 陰口をたたく三人から視線を外して、シュゼットは廊下を進んだ。


 家族にないがしろにされるのはもう慣れた。

 胸がうずくのは、きっと朝食べた固いパンが少し悪くなっていたからだ。


 きっと、そう。


 そう言い聞かせないと、自分がカルロッタたちのいうみっともない存在になってしまったような気がする。


 生まれも、育ちも、今ここにいるのも何もかもが間違いで、本当は生きていてはいけない存在なのではないかと、自分を否定しそうになる。


(いけません)


 シュゼットは首を振って、嫌な考えを振り払った。


 陰気なのは事実だけれど、それは性格のうちだ。

 世の中には、カルロッタのように自己肯定感に満ちあふれた人間もいれば、シュゼットのように心に重たい感情を抱えた人間もいる。


 こんな自分だって、生きていてほしいと願ってくれる人が、どこかにいるかもしれない。

 だから、なげやりになってはいけないのだ。


 ほこりっぽい使用人通路へ入ってどんどん奥まった方へ進む。

 屋敷のはしまで行くと、人目をはばかるように長い長い木のはしごがかけられていた。


 シュゼットの自室はこの上。

 薄暗い屋根裏部屋なのだ。


「ふう……。落っこちなくてよかったです」


 無事にはしごを上りきったシュゼットは、揺れにキャーキャー言っていた荷物を置いていちばん近い窓に向かった。


 ジュディチェルリ家の屋敷は大きく、屋根裏も小さな公園くらいの規模だ。

 一人暮らしには広すぎるため、シュゼットははしごの近くの窓辺に放置されていた家具を並べて、一部屋分として区切っていた。


 おさがりのドレスを改造して作ったカーテンを開くと、外の明るさに目がくらんだ。

 目を半分閉じて歪んだ窓を押し開ければ、草原の香りがする春の風が吹き込む。


 風は古机にのせた本をめくり、壊れて開きっぱなしのワードローブの戸を揺らし、ベールをふわっと巻き上げてシュゼットの顔をあらわにした。


「あ……」


 シュゼットは十八歳には見えない幼い顔立ちをしている。

 年齢よりもずいぶん若く見られるのは、小ぶりな鼻と口に対して瞳が大きすぎるせいだ。


 母譲りのタンザナイトのように青色の目は姉妹とも同じだけれど、なぜだかカルロッタの方はギラギラと輝き、シュゼットの方はしっとりときらめく。


(いいえ、見られたくないのは瞳の色ではなく……)


 シュゼットは窓に背を向けてベールを整えた。


 屋根裏には誰も来ない。

 わかっていても、シュゼットの心臓はトクトクと騒いでいた。


『おかえり、シュゼット』

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