第2話 おさがり姫の知られざる力
「ありがとうございます。お姉さま」
小馬鹿にされているのを承知で、シュゼットはカルロッタにお礼を言った。
姉の不用品を渡されるのには慣れっこだ。
ジュディチェルリ家の子どもはカルロッタとシュゼットだけ。
しかし、シュゼットの持ち物は、ドレス、靴、文房具、調度品にいたるまで全てカルロッタのおさがり品なのである。
十八年前に生まれてからこれまで、新品を与えられたことは数えるほどしかない。
歴史ばかり立派だが凋落の一途をたどる侯爵家において、姉妹のどちらも贅沢に着飾らせる余裕はなかった。
それにカルロッタは幼い頃から飽き性で、つねに新しい物を欲しがる。
六歳差で生まれた妹は、幼い頃から飽き性だった姉の物を押し付けるのにうってつけの相手だったのだ。
カルロッタのお古で暮らすシュゼットを、いつしか使用人たちは同情と冷笑の意味をこめて〝おさがり姫〟と呼ぶようになった。
(おさがり姫……何度聞いても不思議なあだ名ですね)
この呼び名は社交界にも広まっているらしい。
他人事のように感じるのは、実際に呼ばれたことがないからだ。
シュゼットが舞踏会や夜会に参加する時は、おさがり品の中でも特に流行遅れのドレスを着て姉より目立たないようにしている。
そんな姿で姉の世話を焼いていると侍女の一人だと思われて、誰もシュゼットがジュディチェルリ家のおさがり姫だと気づかない。
姉妹に見えないのも仕方がなかった。
目鼻立ちがはっきりしていて豊かな赤毛を持つカルロッタと、おっとりした顔立ちで淡いピンクブラウンの髪色をしたシュゼットは似ていないのだ。
それぞれ両親の面影があるのがせめてもの救いだ。
そうでなかったら母がいらぬ疑いをかけられていただろう。
カルロッタは従順な妹にまんざらでもない様子だ。
「ほら、さっさと片付けなさい! あたしがお茶から戻ってきても部屋が綺麗になっていなかったら、お母様と一緒に鞭で打ってやるからね」
「行ってらっしゃいませ」
深く頭を下げると、カルロッタはふんと鼻を鳴らして大股を開き、衣服の山を乗り越えた。
部屋の扉が閉まったのを合図に、シュゼットは積み重なった物に駆けよる。
「みなさん、大丈夫ですか?」
誰にでもなく話しかけると、少しの間をおいて小さな返事が聞こえてきた。
『おう、なんとかな』
『火にくべられなきゃ平気だよ』
男前な低音を響かせたのは穴あきのショール。
宿屋の女将風の口調なのはレースのドレスの言葉だ。
それを皮切りに、転がる靴や日傘が乱暴に扱ったカルロッタへの恨みごとを並べはじめる。
彼らの声はシュゼットにしか聞こえない。
シュゼットは器物の声を聞く、一風変わった異能の持ち主なのだ。
「元気そうで安心しました。これから私の部屋にお引越しですよ。布類のみなさんは畳まれるのに協力してくださいね」
シュゼットは、おさがりのワンピースの袖をぐいっとまくった。
散乱したドレスを一つ一つ畳むのは重労働だ。カルロッタの服はフリルやレースがこれでもかと付いているので重いのである。
額に汗を浮かべながら、焦ることなく丁寧に畳んでいく。
左足と右足がばらばらに転がる靴を麻袋に入れて背負ったシュゼットは、畳んだ衣服をみっしり詰めた洗濯籠を両手で持ち上げた。
「新居にご案内します。揺れますが少しの間、我慢してくださいね」
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