第40話 核心へ

☆いつも誤字報告、感想等々ありがとうございます!

☆特大ガバが判明したのでご報告。

 現在攻略中の迷宮ダンジョンにて相対している上級悪魔が「マーカス・レッド」で、朱里のこころの中で討伐を済ませたのはマーカス・ブラックです。第19話「三つ巴」にてがっつりマーカス・レッドと名乗ってますが間違いです。本当に申し訳ありませんでした……

 それでは本編をお楽しみください。いや今回本編も短いのでごめんなさいなんですけれども……




 こころの迷宮ダンジョンに降り立ったカナタと朱里。装備を整え、転職を行い、準備は万端だった。

 前回の河川敷には破壊の痕も怪鳥の姿もなく、ただ夕暮れ時の茜色に染められた河と橋があるだけだ。


「イケるか?」

「うん」

「それじゃ、れっつらごーっす!」


 三人そろって光の柱へと触れる。

 各々の頭の中に、洪水のような情報が流れ込んできた。




 夕暮れの道に、ひとりの少女がいた。ランドセルを背負った、まだ幼い少女だ。

 彼女は年齢にはそぐわない、切羽詰まった表情で背後をチラチラと振り返りながら走っていた。


 すでに呼吸は乱れ、汗が流れる頬や首筋に髪が張り付いていた。


 彼女が振り返った先には、斜陽を遮る黒いシルエットがある。

 人だ。

 強い逆光のせいで年齢も性別も分からない。ただ、ぽっこりと突き出た腹やだらしなくも彼女よりもずっと大きな体格は、成人男性を思わせた。


「カレンちゃあああああん」


 低い、粘度を感じる声が少女を呼ぶ。

 びくりと肩を震わせた少女は、目尻からぼろぼろと涙を零して、必死に走る。


 追われているのだ。


『変質者……?』

『……俺にもそう見える』


 黒く塗りつぶされたシルエットからはしかし、嗜虐的な愉悦が滲み出ていた。


「待ってよぉ」

「いや! 来ないで!」


 悲鳴のような少女の言葉。


「そんなに嫌わなくても良いじゃないか……これからんだから」


『と、鳥肌がすごいわ……』

『どういう意味だ?』

『わかんないっすか!? 無理やり襲って既成事実でお嫁さんに――』

『そんな雰囲気じゃないだろ』


 体力的な違いか、少女と影との距離は着実に縮まっていた。


「あんまり反抗的だと、朋美さんに言いつけちゃおうかなぁ……カレンちゃんのことで朋美さんが泣くことになっても良いのかなぁ」

「まっ、ママは関係ないでしょ!」

「ほぉら、捕まえた」


 影が少女の手を掴み上げる。少女は悲鳴をあげながら暴れるが、横幅で言えば二倍以上の差がある相手だ。振りほどけるはずもなく、シルエットに


「大丈夫、大丈夫。痛いのは最初だけさ……君のママもが大好きなんだから」

「嫌ッ! 嫌だぁ……! やめて!」

「疑うなら今度、映像を見せてあげ——がぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 少女が暴れ、そして黒いシルエットから血が噴き出した。悶えるシルエットの隙間から抜け出した少女の手には、鍵が握られていた。

 何の変哲もない、家の鍵にしか見えないそれは、根元まで血にまみれていた。


『……これ、本当にあったことなのか……?』

『あくまでも本人の主観的な記憶っす』

『つまり、曲解きょっかいや勘違い、誇張はあってもまったくのデタラメではないわけね』

『っすね』


 ——暗転。


 暗い家の中で、少女は息を殺していた。

 ドアの隙間から見えるのは、警察やスーツの人間とやりとりをする母親だ。事務的に書類を埋めていく警察に相対しているのはスーツの男で、母親は真っ青な顔で俯いていた。

 スーツの胸元にはひまわりに天秤をあしらったバッジ。

 弁護士だ。


 何やらやり取りをする横で母親が泣きだす。

 嗚咽混じりのそれに少女がびくりと肩を震わせる。


 どのくらいそれが続いただろうか。

 いつの間にか、弁護士も警察も溶けるように消えていた。

 母親はどこからから仮面をつける。道化師にも見える、笑みをかたどった仮面だ。

 そのままよたよたと扉まで近づいていき、少女を抱きしめた。


「ごめんね、ママのせいで……ママ失格だよね」


 仮面の下から、ぽたりと雫が落ちた。


「引っ越そうね……あの男が追って来られないところに」


『本性を見せて、そのままストーカー化したってことか……?』

『弁護士込みで被害届出してたみたいだし、おそらくは』

『引きこもりなのは、変態男に遭わないようにっすかね?』


 光が消える。

 そして、三人は”核心”へと降り立った。


「ハァ……?」


 そして、三人そろって口をあんぐりと開けた。




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