第26話「しまった……攻略しすぎた……」

 プロレスラーみたいな体格にラインの入ったツーブロック。

 分かりやすく不良を体現したようないで立ちの男だった。


「げ、毒島先輩……!」


 トリップから戻ってきた福田によれば、彼が朱里に対してストーキング行為まで行ったガチ恋勢、毒島らしかった。

 厄介ごとになるのは目に見えていた。

 カナタとしてはスルーしたかったものの、毒島に名前を呼ばれ視線が集まってしまったので難しかった。


「お前か」

「何か用っすか?」

「ツラぁ貸せよ」

「だから何か用が——」

「良いからツラ貸せって言ってんだよッ!」


 引き戸を蹴りつけられ、周囲の人間がどよめく。明らかに怯えた様子のクラスメイトがいるのを見て、カナタは大きな溜息をついた。


「いいっすよ。行きますか」

「ついてこい」


 呼び出されたのは校舎裏……ではなく、校舎と特別棟を挟んだ中庭だった。

 それなりに人気ひとけはあるものの、毒島の見た目か、それとも剣呑な雰囲気に押されてか、自然と人が減っていく。


「お前、朱里ちゃんに何した?」

「は? どういう意味っすか?」

「トボけんなクソが! テメェが朱里ちゃんに付きまとってんのは知ってんだぞストーカー野郎が!」


 事実は逆なのだが、朱里とカナタに接点があることは間違いない。それを知っているのはつまり、本人が朱里につきまとっていたからに他ならなかった。

 カナタは敬語をやめた。

 先輩ではあるが、敬意を払えるところが見当たらなかったからだ。


「ストーカーはどっちだよ。事務所の警告無視してつきまとってんだろ、アンタ」

「テメェ……朱里に近づかないって誓えば穏便に済ませてやろうと思ってたが、ヤメだ」


 バキバキと拳を鳴らした毒島に凄まれるが、カナタは動じない。

 度重なるモンスターとの戦い。

 カメラ・マンとの逃走劇。

 そしてマーカスとの死闘を経たカナタにとって、毒島程度がいくら威嚇しようが、脅威にはならなかった。


『徹底的にヤるっすよ! 打ち首にして”俺の朱里に手を出したらこうなる”って世間に知らしめるっす!』


 野次やじのお陰で幾分か冷静になったカナタは、迫りくる拳を払いのける。


「朱里を脅してんだろテメェ!」

「何言ってんだお前は……」

「盗撮動画かスキャンダルのネタか! 何かあんだろ! オメェが朱里を脅してるんだ!」

「そんなことしてねぇっつの」

「うるせぇ! 良いから寄こせ!」


 拳、脚、拳と振るわれる暴力のことごとくを避けていくがまともな会話が成立しない。口角泡飛ばしながら血走った眼でカナタに飛び掛かる姿は、もはや正気には見えなかった。


「それさえありゃあ朱里は俺のモンだ!!」

「ドン引きっすね……コイツ、正義のためでも朱里ちゃんのためでもなく、自分が脅して言うこと聞かせるために強請ゆすりネタ欲しがってるっすよ」

「……手加減いらないか」

「そうっす! やるっすよ! 頸椎ゴキってやるっす!」

「さすがにそこまではしない」


 毒島の攻撃は、ゲーム内の補正が効いた身体能力からすれば、もはや止まっているも同然だった。

 手加減をしながらも肘をみぞおちに叩き込む。

 くの字に折れたところで膝蹴りを毒島の太ももに入れる。

 カナタとしては撫でる程度の感覚だが、呼吸すらままならない様子だった。


 かひゅ、と変な呼吸音を響かせてうずくまる毒島。


「見下げ果てた変態だなアンタ」

「ぐぐっ……朱里は……俺の、モンだ……っ!」


 苦痛に顔を歪めながらも諦めない精神こそ立派だが、言っていることは朱里の意思を無視したうえでの私物化だ。


「寄こせよ……朱里が股開くようなネタがあんだろ……!?」

「あるわけないだろ、馬鹿か」

「訊ねるまでもなく馬鹿っすよ。股間にぶら下がった脳みそでしか思考できないタイプのフレンズっすね」


 心だけは折れていないのか、歯を食いしばりながらもカナタを睨む毒島。

 

「……覚えとけよ。俺は朱里を諦めねぇ。テメェの家族や友達を襲ってやっからな」

「あ?」

「それが嫌ならさっさと強請りネタを——」


 カナタがスキルを多重装填した。

 拳がにわかに輝きだす。

 自分に来るのであればいくらでも追い払える。

 だが、その矛先が妹に向いたら。両親に向いたら。友達に向いたら。

 カナタはそれを許容できる人間ではなかった。


「そんなに死にたいなら殺してやる」

「やれるもんならやってみろやぁ!」


 カナタの本気を感じ取って脚が震え出した毒島だが、心だけは折れていなかった。

 売り言葉に買い言葉で挑発が返される。


 拳を振り上げる。


 ――果たして、その拳は振り下ろされることはなかった。


 が現れたからだ。


「カナタくーん! やっほー!」

「あ、朱里!? 何でここに!?」

「顔見たくなっちゃって会見終わってすぐにタクシーに飛び乗っちゃった!」


 親しげな口調で近づいてきた朱里は、そのままスキルの込められた腕を絡めとるように抱きしめた。カナタは慌ててスキルを消す。


「へへへっ。ずっと見ててくれるって言ったのに朝から半日見てなかったんですけど?」

「いや、普通に無理だろ」

「無理じゃないですー」


 目の前で繰り広げられるイチャイチャに、毒島も目が点になっていた。


「あ、朱里! お前騙されてるんだ! 今俺がそいつをぶっ殺して——」


 毒島が何かを言おうとしたが、カナタが止めるまでもなくセリフが途中で止まった。

 朱里が持ってきたスクールバッグを、毒島の顔に叩きつけたからだ。


「ねぇ、私のこと名前で呼んだ? カナタくんの前で? もしこれで変な誤解されたらどう責任取るの?」


 能面のような無表情に、怒りを湛えた瞳だけが濁った輝きを放っていた。


「もし私がカナタくんに振られたり嫌われたらどう責任取るの? ねぇ教えてよ。あなたなんかとは何の関係もないって証明しなくちゃいけなくなるんだけど。触りたくもないあなたに触って目玉をえぐり出したり口に生ごみとか詰め込んでカナタくんに見せないといけないの? そんなの見せてもっと嫌われたらどうするの? ねぇどうするの教えてよ」

「え”っ!? あ、朱里……?」

「うん分かってるよ。カナタくんはそんなことじゃ嫌わないでいてくれるし、もし裏切ったら殺しても良いってきっと言ってくれると思う。でも私はできるだけ可愛いって思われたいし変な女とかキモイとか重いとかって思われたくないもん」

「あ、あのー、朱里さん……?」

「えへへへ。嬉しいなぁ、カナタくんが私のこと名前で呼んでくれた。でもなんでさん付けなの? 距離取ろうとしてる? もしかして重くて嫌になっちゃった? 私のこと嫌いになっちゃった? それとも他に気になる女の子ができちゃった? 私のカナタくんに色目使ったその子の名前教えて? カナタくんの視界に入らないようにその子にしないといけないの」


 呪詛もかくやといった重たいセリフの連続にカナタは現実逃避したくなったが、ここで意識を手放したとすれば、おそらく状況は悪化する。

 必死に気持ちをつなぎ止め、なんとか朱里を止めようと試みる。


「ほ、ほら朱里。見ろよ、毒島先輩が泡噴いてるぞ?」

「う、嘘だ……朱里はこんな子じゃない……俺の朱里は……!」

「新手の一発芸? カナタくんが笑ってくれるなら評価するけど、引かせてる時点でわ」

「ひっく……ヒック……」


 理想と現実とのギャップに心が折れたか、それとも単純に朱里が怖かったからか。

 毒島は泡を吹きながら失禁していた。


「ま、まぁとりあえず離れようぜ」


 完全に心を折られた様子の毒島をよそに、カナタが朱里の手を引く。


「あっ」

「なんだよ」

「えっと、男の人と、初めて、手、繋いだ、から」

「女優だけあってさすがにあざといっすねヴェェッェェェェ! カナタさん! 朱里ちゃんのハジメテを奪ったっすからきちんと責任取るっすよ!」


 射殺さんばかりの視線で睨まれて意見をひるがしたミカエルに、大きな溜息をつく。


「そうだ、とりあえずお付き合い始めたって雫ちゃんに教えても良い?」

「待て。俺たちは付きあ——ア、ハイ。あの、妹には刺激が強すぎるからもうしばらく内緒にしていただけませんか……?」


 冷や汗が流れ出したカナタは、念話でミカエルに文句をつける。


『おい! コレどーすんだよ!? 何がどうなったらなるんだ!?』

『核心で大暴れした挙句トラウマ払拭のためにかっこいいトコばっちり見せちゃったっすからね。もうこうなるのは必然っすよ……あ、想いはともかく、苛烈な言動は朱里ちゃんの才能っすよ?』

「ままま、待って、手、手ぇ……!」


 ある意味極まった言動とは裏腹に、手を引かれたアカリは顔を真っ赤にしてうずくまる。


「どうした? 具合悪いか?」

「手汗すごいから……変な女って思われる……」

「いや、さっき自分から腕組んでたじゃん」

「それはそれ! これはこれ! 頑張って攻めようと思ってたのに公式カナタくんの供給過多すぎるよぉ……!」


 いま手を繋いだら恥ずかしさで死ぬ、と完全に本気の表情の朱里。完全に情緒がバグっていた。

 カナタは核心内での己の言動を反省しながら天を仰ぐ。


『……しまった……攻略しすぎた……』







ここまでで一章終了になります!

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このまま明日以降も続きも更新していきますので、楽しんでいただければ幸いです!

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