世界を救うためにアイドル系美少女の心のダンジョンに潜って攻略してるんだが、現実世界でも勝手に攻略されようとしてきてヤンデレ化してく
吉武 止少
朱里編
第1話 カナタとミカエル
は、と短い呼吸の音がでたらめに続く通路に響いて消える。
学生服に棍棒という、コスプレにしても出来の悪いいで立ちの少年は、まるで死地にいるかのような表情で恐る恐る歩いていた。
その姿はどこか間抜けにも見えるが、少年の現状を考えると正しい反応だ。
……何せ、少年はここ三日ほど、気が付けばこの通路に立っているのだから。
「夢だ……これは夢だ……!」
自分に言い聞かせるように呟きを繰り返しながらも、少年自身がその言葉を信じられていなかった。
この通路には少年が理解できない生命体がうようよしており、戦おうと逃げようと、最終的には殺される。そして朝になりベッドの中で目を覚ますのだ。
誰がどう聞いても夢だと判断するだろうし、少年もそうだと思いこもうとしている。
だが、
「……し、死なないぞ。俺はもう死なない……!」
骨が砕ける音が。肉がちぎれた感触が。血が飛び散った温度が。はらわたを食い散らかされた痛みが。それらの全てを受けて絶叫とともに跳び起きた三日間の朝が、これがただの夢であること明確に否定していた。
は、と浅い呼吸を繰り返しながら進む。学校の通路みたいなものが唐突に途切れ、病院の天井らしきところへと続く。分岐した先は片方が洞窟で、もう片方は海の中だった。だというのに海水の奥には城門らしきものが見えていたり、洞窟は床から眩い陽光を放っている。
ゲームや映画で使うCGグラフィックをでたらめに組み合わせたような光景だった。
「……ちくしょう……何なんだよッ!」
少年は目に涙を溜めながらも意味不明な空間をさらに一歩を進む。
三回の死を経て心が折れそうになっている少年だが、状況はそれを許さない。
心が折れようが、泣き叫んで暴れようが、怪物は少年に一切の忖度をしない。
だから、少年は歯を食いしばり、涙を流しながらもこの悪夢から脱出する方法を探すしかないのだ。
自分の呼吸音だけが響く廊下に、衣擦れの音が聞こえた。
それが自分のものか、それとも他者のものなのかも分からずに棍棒を握りしめて辺りに視線を向ける。
「ひっ」
はたしてそこには何者かがいた。
光沢を放つ白のヴェールに身を包んだ女性だ。透けるような肌の華奢な体格。ショートカットにまとめられた陽光のような金髪。そして、背中から生えた純白の羽根。
天使だ。
「ようやく会えたっすね」
部活動の一年生のような、見た目とチグハグな下っ端口調の天使に、少年の両肩がびくりと跳ね上がった。
「しゃ、喋れるのか!? おい、頼む! 助けてくれ!」
棍棒を放り出して縋りつこうとしたカナタだが、両手は掴むどころか触ることすらできず、天使の身体を突き抜けた。バランスを崩したカナタが前のめりに倒れると同時、天使はあはは、と苦笑した。
「自分は精神体——要するに精霊とか幽霊みたいなもんなんで触れないっすよ、夢咲カナタくん」
「お、俺の名前を知ってるのか。お前は誰だ!? いや、誰でもいい! 頼む、助けてくれ!」
すがるようなカナタの問い。殺され続けた三日間、カナタは喋れる誰かと遭遇なんてしなかった。この天使がどういった存在なのかは分からないが、今回また殺されてしまえば次は出会えるかどうかも分からない。
藁にも縋る思いだった。
「頼むよ……何が何だか分からないんだ……何でもするから、助けてくれ……!」
「何でもっすか?」
「ああ、なんでもする!」
「なら助けるっすよ」
必死なカナタとは対称的に、まるでおやつの内容を決めるかのような気軽さで天使が頷いた。
「まずは契約するっす。話はそれからっすね」
「け、契約?」
「誓う、って言うだけっすよ——『האם תקבל אותי ותשבע להגשים את משאלותיי?』」
「えっ、あ、ああ! 誓う! 誓うから助けてくれ!」
カナタが叫ぶと同時、天使の身体から金の光が溢れた。つぼみが開くように溢れていくそれは天使からはがれるとカナタへと吸い込まれていく。
「さて、改めて自己紹介と状況説明といくっす。自分は
「そんなことより何か知ってるなら説明してくれないか?」
「ここで一分一秒でも長く生き延び、死なずに朝の目覚めを迎えるためには自分の指示に従うっすよ。時間があれば説明できるっすけど、今は余裕がないっす」
ミカエルがカナタの背後を指さす。
そこにいたのは、暗闇を塗り固めたような『何か』だった。
それを見た瞬間にカナタの背筋に冷たいものが走り、絶叫したくなるほどの恐怖と嫌悪感が沸き上がった。
「あれから逃げたり、あれと戦ったりできるようにするためにも、まずは自分に従うっす。時間があれば説明もするけど今はないっす。さぁ棍棒を拾って10秒以内に駆け足全速力っすよ。10、9、——」
カナタは弾かれるように棍棒に飛びついた。もつれる脚を無理やり動かし『何か』から逃れるために走った。
「次の分岐を右っす。見た目は海っすけど呼吸はできるはずっす」
「本当に大丈夫なんだろうな!?」
「疑ったり逆らっても生存率がさがるだけなんで、信じられなければ別の道を進んでもいいっすよ」
にこやかな口調には似つかわしくない、突き放すような言葉。
「どっちにしろ時間はないっすよ。ほら、どんどん近づいてきてるっすから」
「ああクソ、分かったよ!」
半泣きになりながらもカナタは壁状になっている水へと身体を突っ込んだ。どういう理屈で水が流れ出さないのかは不明だが、中は確かに水中だった。
皮膚を刺すような冷たさと走ろうとする四肢への強い抵抗に一気に速度が落ちる。
だが、ミカエルの言った通り呼吸そのものはできていた。カナタの口からは小さな泡がこぽこぽと漏れているが、これもまたどういう理屈なのかは理解できなかった。
「どうなってんだよコレ」
水の抵抗によって速度が出せなくなり、カナタにはむしろ周囲を観察する余裕が生まれていた。周囲は薄暗く、見通しはあまり良くない。砂地っぽい地面からは何種類もの海藻がはえており、間違いなく水の中であることを示していた。
「今すぐ屈んで這うように進むっす」
ミカエルの指示に思わず天を仰げば、サメのようなシルエットをした闇色の『何か』がカナタに向けて巨大な口を開いたところだった。
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「ッ~~~!!」
腕に噛みつかれ、水中で振り回された挙句腕をもがれ、動けなくなったところをバクリと一口で噛み砕かれた『夢』を見て、カナタは跳び起きた。夢の中で頭を砕かれていなければ絶叫していただろう。
寝間着代わりに使っているスウェットは絞れそうな汗で塗れていた。
は、は、と荒い呼吸を整えながらちぎられた腕や噛み砕かれた頭が無事かどうかを確かめる。
「……夢……そうだよな。あんなのが、現実に起こるはずないもんな」
はは、と笑い飛ばそうとしたが、わずかに口角が上がるだけだった。夢だと断じるにはあまりにもリアルで、濃密で、そして生々しい苦痛を伴っていた。
時計を見ればまだ日付が変わった直後だった。一時間ほどしか寝ていない計算になるが、続きを見てしまったらと思うと再び眠りたいとも思えなかった。
しかたなしに電気をつけ、ゲームの準備を始める。
「夢だ……夢に決まってる……夢なんだ……」
自分に言い聞かせるように呟いたところで、ひょっこりと壁から見覚えのある天使が生えた。
「夢じゃないっすよ」
カナタは絶叫した。
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本作はカクヨムコンテスト9参加作です。
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