転生ヒロインと憧れの悪役令嬢が、入れ替わったら。
待鳥園子
第1話
「やややややって……やったーーーーーーーーー!!! 見つけたぁっーーーーーーー!!」
私は暖炉の中に入って、白い灰の中から取りだしたペンダントを手にし思わず叫んでしまった。
ここ半年くらい私が血眼になって探し求めたものは、これだこれだこれだぁ! 灰まみれのペンダントに金の鎖が当たり、カランと金属製の音がした。
表面には細部にまで拘った精密な細工が施され、その中心にはきらめく青い宝石が嵌まっている。
夢にまで見たから呆然としてしばし見つめていたけど、キーンコーンと鐘が鳴ったから、私は慌てて立ち上がった。
「いっけない……今日は夢中になって、探し過ぎた!」
下校時間のチャイムだから、無視も出来ない。
ここはとある魔法学園に地下にある迷宮の……ほんの入り口付近一階層にある部屋。数百あるという暖炉の灰の中のどこかに、この魔法のアイテムがあると知っていた私はそれをずーっと探していた。
このペンダントは『念じた相手と一時間だけ入れ替わることの出来るペンダント』で、私が転生した乙女ゲームが進んで行くと、その時に一番好感度の高い相手とのイベントに使われたりするアイテムだったりする。
乙女ゲーム開始前に自分がヒロインに転生したことに気がついて、約半年。
ヒロインである私は本来だったら、一年後にこの魔法学園へと入学するはずだったのに、この前引き取られたばかりの父である男爵に、いきなり聖魔法が使えるようになって! と、やいのやいのと騒ぎ立て、教会で聖女と認定されてすぐに転校済である。
何故かと言うと、この乙女ゲームが好きすぎて、とても一年後なんて待てなかった。
推しキャラが吐いた空気を、少しでも肺に取り込み吸いたかったからだ。うーん。今吸っている空気だって、もしかしてそうかも?
はーっ……乙女ゲーム転生、最高。
ちなみに私の推しはというと、悪役令嬢カリーナ・アーヴィング……と、その弟のディルムッド・アーヴィングの美形姉弟。銀髪に青い髪に、冷たく氷のように冴え渡る整った顔立ち……彼らは良く似ている。
精巧によく出来た人形のように美しくて、本当に同じ人間なのかと疑ってしまうほどだ。
メインヒーロー第二王子の婚約者であるカリーナは美しい容姿もさることながら、頭も切れて上品で乙女ゲームのヒロインである私への嫌がらせも、卑怯でもなんでもなく普通に貴族令嬢としての注意をしてくれているだけだった。
ただ、私に対しては婚約者のお気に入りで恋敵ということもあって、言葉や言い方はキツくなってしまっていたかもしれない。
それを聞いていた人たちが、思わず誤解してしまうくらいに。
婚約者が居るというのに、違う女の子と仲良くしていたら、気も立ってしまう気持ちはわかる。私だって気を悪くすると思うもの。それって、当然のことだと思う。
けれど、ヒロインと首尾良く恋に落ちたメインヒーローは、ゲーム中にすったもんだして誤解が誤解を重ねた挙げ句に、彼女は婚約者に婚約破棄を言い渡され国外追放になる。
そんな不遇にもみっともない姿など誰にも見せたくないと颯爽と去る去り際もイケている、素敵な悪役令嬢なのである。
で、私がこれからやりたいことはというと、この入れ替わりのペンダントを使って、悪役令嬢カリーナと入れ替わること!
カリーナとディルムッドは実は幼い頃継母から虐待されていて、そんな過去から乙女ゲーム攻略対象の一人でもある弟のディルムッドは、現在人間不信になってしまっているのだ。
信じられるのは、姉カリーナだけ。
だから、彼らは姉弟だけど、普通ではあり得ないくらいにかなり距離が近い。
ディルムッドルートに入れば、出会った頃はツンツンとしている態度のディルムッドだけど、私と恋に落ちればどんどん糖度を増しキュンキュンが止められない止まらない甘い台詞を、これでもかと言ってくれるようになる。
乙女ゲーム開始時には、絶対に彼のルートに入るとは決めているんだけど、それまでにはまだ半年もある。
魔法学園にはいち早く侵入した私だけど、今のところ各攻略対象者や悪役令嬢などにも近付かず、先んじて出会ったりもしていない。
実は大好きなディルムッドをどうしても見たくて、年下の彼のクラスへ見に行った時に肩がぶつかった時はあったんだけど、特になんの反応もせず軽く謝ってくれた以外はもう接触していない。
だって、万が一乙女ゲームが始まらなくなったら、困るもの!
ディルムッドは今は中等部三年生だけど、高等部へと入学した途端に大人っぽくなり、ゲームエンディングの私の卒業式では、ぐっと大人っぽくなって素敵になるのだ。
だから、どうしても会いたかった私はこの『入れ替わりのペンダント』を思い出した。
親しく話すまでまだ時間があるはずのディルムッドと、姉として会えてしまう……待って。本当に、最高じゃない?
とりあえず、家へと帰って……今日はお父様は留守だと言っていたから、私と入れ替わってしまったカリーナが驚かないように、私の家にある一室へと閉じ込めることにしよう。
貧乏男爵家のうちには、通いの使用人だけだから。
何処にも行けずに鏡などもなく自分の姿が確認出来なかったら、なんだか良くわからない夢だったわねで済んでしまうはずだ。
もう既に下校の時間は来ているし、ここに居ることが先生に見られれば怒られてしまうだろう。
「はーっ……楽しみー!!」
私は地下迷宮の出口の扉を開いたところで、固まった。
そこにはこれから家でのプライベートな姿を見られると期待していた、ディルムッドその人が居たからだ。
「……悪い」
制服姿の彼は私が固まっている様子を見て、苦笑して去って行った。
そっ……そりゃ、そうだよね! いきなり出てきた女の子が、あんな風に大きな声で叫んでいたら、びっくりするよね……あーっ……乙女ゲーム本編に影響あったらどうしよう……恥ずかしい。
ディルムッド……まだまだ中等部なのに、なんだか、大人の男性みたいな謝り方で、萌えちゃう。はーっ……最高だった。今すぐ結婚したい。
私はそんなこんなで、うきうきとした足取りで邸へと戻った。
何故、歩きで帰宅しているのかって? 本当は半年後に出会うメインヒーローが都合してくれる予定なんだけど、彼はまだ、魔法学園には転校していないからです!
私はしがない町の庶民学校だったけれど、彼は王族だから家庭教師が付いていた。あるときに第二王子様は面白そうだと思い立ち、魔法学園に入学するのである。
そして、二人はルートを確定前に、転校生同士で意気投合するという流れ。
そこから、乙女ゲームのジングルが入るんだけど、私はディルムッドルートへと直行したいのでよろしくお願いします。
うっきうきで宿題を終わらせて、私はお母様の使っていた角部屋に内鍵を付け鍵が見つからなければ出られないように細工した。
こういう時の行動力は自分で言うのもなんだけど、本当にすごい。
そして、夕食、入浴を済ませた私は一緒にお風呂で洗っておいた入れ替わりのペンダントを取り出した。
「……君の出番だよー! 楽しみすぎるー!」
あーっ……もうすぐ、プライベートなディルムッドが見れてしまう!
内側から掛けられる鍵を、隠し棚へとしまうと、ペンダントを首へと掛けた私は清潔なシーツを敷いたベッドへと横たわり、両手を組んで祈った。
美しくも高貴な悪役令嬢カリーナ・アーヴィングと、入れ替われますように!
◇◆◇
「……カリーナ様。いかがされましたか?」
次の瞬間の視界の中、大きな鏡の前に映っているのは、カリーナ・アーヴィングその人だった。彼女はお風呂上がりに、メイドに髪を整えて貰っているらしい。
うっ……美しいー!! やばい。素敵。
彼女には認識されないようにと遠巻きにしていて、こんなにも間近で見たのなんて、初めてだもの!
「えっ……ええ。ごめんなさい。考え事をしていたわ。何の話だったかしら?」
「……ディルムッド様の縁談についてですわ。まだ、中等部ですよ。将来を決められるのは、早すぎるのではないかと……」
メイドが眉を顰めながらそう言ったので、私は思わず間抜けな声を出してしまった。
「……は?」
「カリーナ様? どうかなさったのですか? ご気分でも?」
彼女は心配そうに聞いたので、私は慌てて首をぶんぶんと横に振った。せっかくこうしてカリーナと入れ替われたのに、ディルムッドに会う前に不審に思われてはいけない。
「いいえ。なんでもないわ……今夜は少し疲れたみたい。これでもう良いわ。下がって」
私は出来るだけカリーナっぽい上品な令嬢らしい話し方を意識して話すと、メイドはぽかんとした顔をして慌てて扉を出て帰って行った。
あーっ……嘘でしょう。ディルムッドに婚約話?
けど、乙女ゲーム開始時には、人間不信のディルムッドにはまだ婚約者が居なかったはずだけど……悪役令嬢の役割だって、姉のカリーナが兼務したはずだもの。
婚約話は立ち消えになってしまうはず。
実際の人物でこうして会える人物だとすると、ゲームの前の出来事だって『虐待した過去あり』で終わりのはずもなく……それはわかってはいるものの、嫌だなー……だって、ディルムッドに違う女の子の影なんて! 私が悪役令嬢になる自信がある。
私ははあっと大きなため息をついて、立ち上がりベッドへと腰掛けた。
これからディルムッドに間近で会うという高揚感が、半減というか……薄れてしまった。
部屋を見回せば、カリーナは流石、第二王子の婚約者になる権力のある悪役令嬢。至る所に装飾品のある豪華な部屋には、無駄なものがひとつもない。庶民に毛が生えただけの我が家とは大間違い。
用意されていた水差しにある冷たいお水を飲んで、落ち着くと弟ディルムッドの部屋を、さっきのメイドに聞いておけば良かったと後悔したり。
コンコンと控えめなノックの音がして、私はさっきのメイドなのかもしれないと気軽に声を返した。
「姉さん……何してるんだよ。例の相談をする予定だったはずだろ?」
なんとそこに居たのは、ディルムッドだった。
短い銀髪はいつもは立てているけれど、今は風呂上がりなのか降ろしてしまっている。全年齢乙女ゲームだったので、そんなサービスシーンスチルはなかった。眼福でしかない。
それに、ディルムッドの整った顔は、こうして間近で見ると破壊力がすごい。彼への心の壁は爆破され、すぐに降伏宣言を出すしかない。
「……ごっ……ごめんなさい」
私は慌てて謝ると、彼はとても変な顔になった。
「? なんだよ。ここで謝って、変な姉さんだな。俺の部屋で、相談する予定だったろ?」
「……ぼーっとしてたら、時間が過ぎちゃって……ごめんなさい」
なんと幸運なことに、ディルムッドと会う予定だったらしい。ありがとう……神様。こうして、彼をすぐ間近に居ると輝かしくて、空気がキラキラ光って見える。
「いや……別に良いけど……今日は、なんかあったの?」
「いいえっ……なんでもないわ」
私は慌てて部屋の中に入り、うろうろと部屋の中を歩き回った。落ち着かない。落ち着くのなんて無理。ディルムッドは私の様子を見て、変な顔をしながらも大きなベッドの上へと腰掛けた。
「そ? まあ、良いや。俺さ……今日また会ったよ。あの転校生。やっぱり可愛かったし、男爵位と言えど貴族の娘だしさ……婚約するんなら、あの子が良い。姉さんも父さん説得してよ。面倒なあの女はもうどうしようもないけどさー」
「……え?」
なっ……なんて仰りました? 男爵令嬢の……今日会ったばかりの人って、私なんとなく知っているような気がするんですが?
「今日もなんか、地下迷宮に居たみたいで制服灰だらけだったけど、元気いっぱい叫んでて可愛かった。姉さん……姉さん? 聞いてる? ねえ。姉さん……顔赤いけど、熱でもあんの?」
Fin
転生ヒロインと憧れの悪役令嬢が、入れ替わったら。 待鳥園子 @machidori
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