33-3 共に過ごした日々 叱責

 ルナ対ガイウスの模擬試合終了後、エリオットは店番があるのだと自クラスへと戻っていった。大歓声に手を振りつつ選手控え場に戻ったルナを、スカラバディのグレースが汗を拭いたり飲み物を渡したりと甲斐甲斐しく世話を焼いていた。ルナとグレースはこの後二人してローゼン・フェストを見て回るのだと聞いており、アンジェとリリアンも連れ立って大演舞場を後にする。二人がこれから向かうのは、イザベラのクラスの出展だ。


「グレースさん、すごくきらきらしてましたね、アンジェ様」


 演舞場から本館へ向かう渡り廊下を歩きながら、リリアンはアンジェの腕にがしりとしがみついて上機嫌だ。


「ええ、そうね。ルナもあの子のことをよく可愛がっていますこと」

「えへへ、私、グレースさんとは仲良しなんです」

「そうね、よくお話ししていらっしゃるものね」


 アンジェが微笑むと、リリアンはわざとらしく周囲をきょろきょろと見回した。アンジェのブレザーの袖を引いて廊下の端によると、つま先立ちをしてアンジェの耳に唇を寄せる。


「内緒ですよ、アンジェ様? グレースさんはあ……」


 秘密の言葉よりも、唇がかすかに耳をくすぐる方が胸を高鳴らせるのは、恋人には内緒だ。


「ルネティオット様のことが好きなんですっ」

「ふふ、そうでしょうね」

「えー!? 気が付いてたんですかあ!?」


 リリアンはギョッとして、アンジェの手を掴んでぶんぶんと振った。アンジェは腕を好きにさせながらクスクスと笑い声をあげる。


「見ていればすぐに分かりますわ」

「なーんだぁ、びっくりするかと思ったのに」


 しょげているリリアンの頬を手の甲でそっと撫でると、アンジェはリリアンの手に自分の手を絡ませる。リリアンは目を見開いてアンジェを見上げ、みるみるうちにその顔が赤くなる。アンジェは満足げの微笑むと、リリアンの手を握る自分の手にきゅっと力を込め、再び歩き出した。


「リリィちゃんは、恋のお話をするのが好きなのね」

「は、はは、はい」


 周囲の来訪者や生徒たちは、アンジェ達のことをちらちらと見てくる輩がいれば、気にも留めずにすれ違っていく者もいる。


「ルナからも……何か、恋の話を聞いていまして?」


 出来ればどこかで腰を据えて話したかったが、昨日もお菓子クラブは大盛況で、リリアンと話すためにしっかりと時間と場所を確保することが出来なかった。だがこれからイザベラのところに行くのだ、王女も自クラスで店番を担当しているかもしれない。後々の予定も考えると、もう、どこかでじっくりと話をしている時間はないのだ。


「はい、あの」


 アンジェのまなざしが甘いものから変わったのを見て、リリアンも慌てて面差しを正す。


「月曜日の帰り道に教えていただきました。その……あそこにいたあの人と、……今から行くところにいるかもしれない人のこと」

「そう……」

「全然、考えたこともなかったので、すごくびっくりしました。その……仲直り、できたんでしょうか?」


 リリアンは紫の瞳で、心配そうにアンジェの顔を覗き込んでくる。アンジェはつないでいる恋人の手を自分の方に引き寄せると、微笑みながらゆっくりと首を振って見せた。


「……そうですかぁー」


 リリアンはがくりと肩を落とし、アンジェにもたれかかる。


「まあ、……そんな気はしてました」

「そう……」


 アンジェはリリアンの手を引いて階段を上る。今年度の生徒会が発足して間もなくの頃、アンジェとリリアンが転落した階段だ。今日の階段はもちろん何一つ細工されておらず、二人や来訪客は何事もなく昇降している。ミミちゃんを見つけた三階へ向かう踊り場のほうまでは登らず、二階から大会議室の前を通り、クラス棟の三階を目指す。


「あのね、リリィちゃん……いつか話したわたくしの予知夢は、ローゼン・フェストのことにも触れていましたの」

「えっ!?」


 リリアンは驚いてアンジェを見上げる。この世界は乙女ゲーム「セレネ・フェアウェル」のシナリオに沿うように何か見知らぬ力が働いているのかもしれない。リリアンはその力のために、誕生祝賀会で魔法氷室に閉じ込められ、エリオットの婚約者になろうとしていたシュミットに水筒を投げつけられた。アンジェはゲームの概念の説明が面倒くさくて、リリアンやクラウスには予知夢と説明している。


「ローゼン・フェストって……今じゃないですか!」

「そう、今なのよ」

「……アンジェ様、またそうやって一人で抱えて……! 前から時々ルネティオット様と話してた、アンジェ様とアシュフォード先生が悪者になるって話なんですよね!?」

「……ええ、そうね」

「もう、アンジェ様!!!!!!」


 リリアンがつないでいる手をぐいと引っ張り、アンジェを廊下の端に寄せた。


「私、そんなに頼りないですか!? 私たちは一つだって、殿下も仰ってたじゃないですか!」

「そんなことなくてよ、だから今、こうして話しているでしょう?」


 アンジェはつないでいるリリアンの手を自分の胸元に引き寄せて握り締める。リリアンは唇を噛み、紫の瞳をぎらぎらさせてアンジェの顔を見上げていたが、やがて小さくため息をついた。


「……アンジェ様、お忙しかったですもんね」

「リリィちゃん……」

「怒ってごめんなさい、アンジェ様」

「いいえ、わたくしこそ、心配をかけてしまってごめんなさい……」

「いいんです」


 言葉とは裏腹に、リリアンの顔はまだ怒りに眉を吊り上げたままだ。


「それで……どうして今、そのお話をなさるんですか。今から行くところと、昨日会った人と、関係あるんですか」

「……ありがとう、リリィちゃん」


 アンジェは周囲を見回した。出来るだけ人通りが少ない道順を選んだつもりだったが、それでもさすがに無人というわけにはいかなかった。通り過ぎたばかりの大会議室もどこかの部活が展示に使っているようで、何人かが出入りしているのが視界の隅に入る。アンジェはリリアンの耳元に唇を寄せ、ひそひそと声を潜めて話した。クラウスとイザベラの未来の約束。乙女ゲームで必ず発生したクーデターのイベント。その旗印にされるはずのクラウスは、クーデターとのかかわりを否定していること。昨日お菓子クラブに訪れたクラウスの級友二人が、クーデターにかかわっている可能性が極めて高いこと。クラウスとイザベラの別れ話は、クーデターがその理由である可能性も大いにあること……。


「……つまりアンジェ様は、クーデターも止めたいし、お二人も仲直りさせたいってことなんですね?」

「……そうなの……」

「もう。お人好しだなあ、アンジェ様は」


 リリアンはため息をつく。


「いいですよ。一緒に何とかしましょう。イザベラ様のこと、私も心配です」

「ありがとう、リリィちゃん」

「私、お人好しなアンジェ様が好きですよ」


 恋人はにこりと笑うと、いつものようにアンジェにぽふりと抱き着いてきた。


「ありがとう、リリィちゃん……」


 アンジェはリリアンをしっかりと抱き締め返し、目に浮かんだ涙を誤魔化したのだった。

 


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