第33話 共に過ごした日々

33-1 共に過ごした日々 ルナ対ガイウス①

 ローゼン・フェスト三日目、室内競技場の大演舞場にて。


の方《かた》、剣術部部長、ガイウス・エスタ・ヴェルナー!」


 満員御礼の観覧席は、選手呼び出しに、それが聞こえなくなるほどの大歓声をもって応える。 


 剣術部は毎年のローゼン・フェストで現役部員と卒業生による試合観戦を実施している。近衛兵団や警察で華々しい活躍をしている者も多く、彼らは現役部員たちにまるで戦場の英雄が凱旋したかのような熱狂と栄誉をもって迎え入れられる。試合の組み合わせは様々で、卒業生どうし、外部から招聘した著名人と卒業生など、剣を志す者ならば胸躍るような対戦カードがいくつも用意されていた。そしてそれは当然、ルナの祖父、先代セレネス・パラディオンであったノブツナと、彼が率いるカミイズミ流剣術の門下生も何人も名前を連ねていた。ガイウスは剣術試合のルールにのっとった、身体にぴったりと添う灰青色の服を纏い、胸元に赤い薔薇のコサージュをつけて、緊張──あるいはそれ以外の何かで顔を真っ赤にしてぷるぷると震えていた。


「月の方、カミイズミ流免許皆伝、ルネティオット・シズカ・シュタインハルト!」


 うおおおお、と、狂喜という言葉がまさしく当てはまると思わせるほど、熱狂的な声が大演舞場の床を、壁を、窓ガラスを揺るがした。選手控え場にいたルナが、ニヤニヤ笑いながら中央の試合場へと歩いていく。正式なユニフォームを着ているガイウスに対し、ルナは緑色の身体にぴったりと密着するタイプのワンピース、それも袖がなくスカートの丈は短く裾はギザギザで、胸に大きな白薔薇のコサージュをつけて、眼鏡こそ外しているが、とてもこれから剣術試合をする者の出で立ちとは思えない。丸いポンポンの付いたパンプスに、長いグレーの直毛を頭頂で大きなシニョンにまとめ、背中には半透明の蝶の羽のようなものまで背負って──何よりも、その身長が、十センチ程度しかなかった。


「ルネティオット様ぁーっ!」

「ルナーッ!!!」

「シュタインハルトぉー!!!!」


 ルナと祖父ノブツナの試合は既に昨日実施されている。近隣諸国で剣聖と謳われるノブツナとその孫ルナの試合は、僅差でルナが負けたが実に惜しかった。ノブツナも手加減をしている余裕はないらしく、ルナが双頭刀を操り更にライトニングダッシュも使って変幻自在な攻撃を繰り出すのを、老練の神技で裁いていく。あと一息でルナがノブツナを追い詰めるかというところで、ノブツナの刀がルナの双頭刀の刀身を滑るように潜り抜け、孫娘の喉元に切っ先を突き付けて辛くも勝利した。ルナは心の底から悔しそうで、ノブツナは満足そうに笑いながらあごひげを撫でていた。


 そんな剣術史に残るやもしれない一戦の翌日。剣術部の現役部長と、小さな暮らしミニチュア・レーベンによって小人化した少女剣士の一戦のチケットは瞬く間に完売し、チケットを手に入れた者による高額の買取、転売が横行した。そのため生徒会が介入し、不当な利益を得る取引はすべて無効とし急ぎチケットを他人に譲渡する際は正規価格のみでやりとりすること、と今朝の開場前に通達が出た。騒動はそれで収まったが、試合そのものへの期待は更に高まることとなり、選手入場した今この時はまさしく熱気が最高潮に達するかという時分だった。


「……小さくなるのはいいとして、パイセンのあの服は何なんスかね」


 階段席の中ほどに座ったエリオットが腕組みをしながらどこか呆れた声を出すと、左隣のリリアンがそうかなあ、と首を傾げて見せた。この試合の前、午前中はルナ、アンジェ、リリアンの三人でエリオットがいるサッカー部の出展に訪れた。サッカー部はゴールポストにパネルをはめ込んだストラックアウトゲームで、ただ単純にボールを蹴ってもパネルに届かない、当たらない。アンジェはようやっと一枚、リリアンはゼロ枚、ルナでさえ縦横三マスずつの的に対し、三つまでしか当てることができなかった。ルナとアンジェは乙女ゲーム「セレネ・フェアウェル」でもエリオットルートではストラックアウトがあり、祥子はそれが苦手だったことを思い出して笑い合い、リリアンが首を傾げていた。


「妖精さんでしょ? 可愛いよね」

「かわ……? 可愛いのか、あれ?」


 そのまま午後はエリオットとルナが入れ替わり、三人でルナの試合を観戦する。この試合がこれほどまで人気が出るとは露とも思わず、事前にチケットを取得していたのが幸いだった。


「可愛いもん、ちょうちょの羽根が可愛いもん」

「いや、どう見ても俺より可愛げないだろ」

「え、リオ、自分で自分のこと可愛いって思ってるの?」


 リリアンがギョッとすると、エリオットはニヤニヤ笑いながらアンジェの方をちらりと見上げる。


「セルヴェール様みたいな綺麗なお姉さん系に可愛いって思われるなら俺は本望だね」

「もー! アンジェ様は私の恋人だからリオは駄目!」

「うるせえな、引き合いに出すくらいで目くじら立ててんじゃねえよ」

「……お二人とも、試合が始まりますわよ」


 しょうもないことで口喧嘩をしているリリアンの左隣で、アンジェは何食わぬ風で声をかけた。二人が言い争っているルナの衣装は、アンジェにはそのモチーフをありありと思い浮かべることが出来た。現代日本で超著名な米国アニメで重要な役割を担う妖精の少女、ルナはそのコスプレをしているのだ。


 演舞場の中央では、ルナとガイウスが向き合って互いに礼をしたところのようだった。アンジェ達の席からはルナはもう豆粒のようにしか見えない。フェリクスは今日は来賓の案内といくつかの部活に顔を出さなければならないとかでこの場にはいなかった。フェリクスは昨日のノブツナ対ルナの試合は天覧席からアンジェ、リリアンとともに観戦し、ノブツナの正確無比な剣戟と、それを破らんと迫るルナの鋭い攻撃に素直な賛辞を送っていた。


「はじめっ!」



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