32-3 誰某くんの恋人 アンジェちゃん

 王族一同ロイヤルファミリーが次のブースに向かったのは、作り終えたクレープを食べ終え、他のケーキも二つほど試食してからのことだった。フェリクスは寂しそうに振り返りながら、イザベラはいつものように優雅に去り、カフェテリアを通って本校舎へと入っていく。次はフェリクスとイザベラの自クラスの出展をそれぞれ見て、それから生徒会や各部活などを見て回り、本日の終了時刻よりは早く出立するとのことだった。


 国王ならびに王族が、子息の自クラスより先にクラブ見学に行くのは例年にないことだ。しかもアンジェは王族一同ロイヤルファミリーが退出した瞬間に、「王妹殿下が絶賛、お菓子作り体験!」「国王陛下も納得のシフォンケーキ」など彼らの感想を大きなポップに書き、ブースのあちこちや校内掲示板に貼って回らせた。その結果昼時からティータイムにかけてのお菓子クラブ来客数は満席どころか長蛇の列が出来上がった。そこまで予見していたアンジェは待機客に文字数が多めのお菓子クラブ案内パンフレットとメニュー、それから小さな焼き菓子を配る。パンフレットではさりげなくリリアンの菓子作りの腕前を紹介し、カフェテリア委託や将来首都セレニアスタードでの出展を計画していることがほのめかされていた。


「ショコラだ……売り子のショコラがいる……」

「ほほほようやく転生者らしいことが出来ましたわ」

「お前割と売り子も仕事も好きだったもんな……」


 アンジェとルナ二人してカフェテリア入口でお菓子クラブ案内の看板を持ちながら、ルナの呆れたような、だがとても嬉しそうな声に、アンジェは高飛車風に笑ってみせる。祥子はユウトやメロディアを通じて知り合ったオタク友達のイベント運営をよく手伝っていた。前世の職業である輸入雑貨の企画営業は、同人誌即売会などのイベント事とも相性が良く、即席手製のポップや呼び込みで客数が倍増するので是非、と助っ人を頼まれることが多かったのだ。祥子は都合が合えば快く引き受け、祥子が引き受けると休みが合えば凛子もついてきて、差し入れに菓子を焼いてくるのだった。


「アンジェリーク様ぁ~ケーキが足りなくなりそうです~」

「まあまあ、大丈夫よエリアナさん。明日の分を先に出してしまいましょう」

「そうしたら明日の分がなくなっちゃいますう~」

「それは終わってから皆で一気に焼けばいいわ、とにかく売れる時に売れるだけ売りましょう、売切御免を出さないように! 大丈夫よ、上方修正プランの範囲内だわ、予備の材料もしっかり確保してあるもの。十六時には入場終了にして、お客様がゆっくりお召し上がりいただいても終了時刻にお帰りになれるように配慮しましょう」

「そっか、上方修正プランでしたね! 忘れてました!」

「うふふ、大丈夫よ、忙しいのはありがたいことですもの、楽しんで乗り切りましょう。皆に十六時入場終了が知れ渡るよう、伝言チームの順にお伝えしてくださいませね」

「はいっ!」


 半泣きでアンジェのところに来た文化祭担当黄色チーム一年のエリアナは、アンジェの落ち着いた様子と的確な指示に顔を輝かせ、ぱたぱたと戻っていった。ルナはエリアナの背中と盛況しているお菓子クラブのブースを眺めながらクスクスと笑ったのだった。




*  *  *  *  *




 お菓子クラブが昼時の混雑ピークを問題なく運営できたのを見届けて、アンジェはルナと共に自クラスへと移動した。こちらもアンジェの企画が採用されたため、初日のうちに様子を見て欲しいと級友から希望されていたためだ。


「おお、こっちもすごい列だな」


 二年生のクラスルームが並ぶクラス棟の二階は、アンジェの所属する獅子レーヴェクラスの入場待ちをしている列が、階段の端の方まで続いていた。ニヤニヤしているルナと共に、列を抜けてクラスルームに入ると、級友たちからわっと歓声が上がる。


「セルヴェールさん、やっと来た!」

「ご覧になりまして、すごい列ですわ!」

「拝見しましたわ、みなさまに喜んでいただけているようで何よりですわ」


 アンジェはあくまで優雅に微笑みながら──内心得意げになっているのが表に現れないように注意しつつ、それでも嬉しい気持ちは隠さずにニコニコしながら教室を見回した。椅子を取り払い、机をつなげて並べてテーブルクロスを敷いた上には、家やらカフェやら観覧車やら迷路やら馬車やら、人形用のおもちゃの類が所狭しと置かれている。テーブルの周りを入場者が取り囲み、頬を上気させて熱心にドールハウスやら何やらを覗き込んでいて──その目線の先で、人形と同じほどの大きさの人間が、きゃあきゃあ騒ぎながら動き回っていた!


 二年獅子レーヴェクラスのローゼン・フェストの出展は、小さな暮らしミニチュア・レーベン

 二年生の魔法の授業で習った、物の大きさを変える魔法を大胆に応用した、体験型アトラクションであった。


「トンネルもうまく機能しているようで何よりですわ」


 アンジェはニコニコしながら、ルナはニヤニヤしながら、入場料支払場の横の奇怪な形のオブジェに目をやる。それは大の男でもくぐれそうなほど大きな入口と、それこそリリアンが持っているミミちゃんくらいしか通れなさそうな出口を持つトンネルであった。入場料を払った来場者が目を輝かせながらトンネルに入ると、一方の小さな小さな出口から、小さな小さな姿となってトコトコと歩み出てくるではないか!


 同行者がいる場合は同行者が、一人で参加の場合は生徒が小さな来場者を手のひらに乗せ、机上のドールハウスエリアに乗せてやる。人形のための精巧な家々や手動で動く遊園地の乗り物、上から同行者が道案内をしながら進む迷路、小さなトランポリン、ぬいぐるみによじ登れるところ。主にフェアウェルローズ生徒の弟や妹と思われる年齢の子供たちが、そりゃあもう目をキラキラさせながら机の上を駆け回っていた。親も一緒に小さくなる家族もいれば、外からニコニコと見守っている家族もいる。


【来訪者の半数以上がアカデミー在校生のご家族! ご家族の来訪で一番煩わしいのが、小さな子供達の遊ぶ場所ですわ!】


 クラスの文化祭の出し物を決める場で、アンジェは拳すら握り締めて熱弁した。


【ご存知の通りわたくしには弟と妹がおりますが、特に弟があちこち走り回って危なっかしいと言ったら! 遊びたい盛りですし仕方のないことですが、家族にしてみればゆっくりと落ち着いて行動したい時もあるでしょう。ミニチュアの町で心行くまで駆け回っていただいて、おねむになったところをカゴに入れてゆらゆらすれば、あっという間にお昼寝しますわ!】

【もちろん小さなお子様だけではなく、大人の方も、未だかつてなく斬新な視点を楽しんでいただけるでしょう。特製の滑り台など用意したら楽しんでいただけそうですわ。何か事故があってはいけませんから、魔法の効果が切れる一分ほど前からに警告音を発するようにするのと、学園の結界の外に出たら強制的に魔法が解けるようにしておきましょう。魔法の持続時間を一時間ほどにすれば、気に入っていただけた方の再来も見込めましてよ】

【授業で習った魔法の応用ですから、その原理をレポートにまとめて展示しておけば、りっぱな学習発表としても機能します。それに何より、わたくし自身、可愛らしいドールハウスの世界に入ってみたいのです!】


 かくして他の案が出ていないわけではなかったが、公爵令嬢の熱気に圧倒される形でミニチュア・レーベンは可決された。アンジェとルナは小人をドールハウスエリアに運ぶ係と、エリア内の小人たちの安全を見守る係に加わる。


(……本当のところは)

(リリィちゃんが、喜んでくれるかもと思ったのは、内緒にいたしましょう……)


「仕上がりはどうだ、アンジえもん」

「うふふふふ~、完璧ですわ~」


 ニヤニヤしているルナに、現代日本の国民的アニメキャラクターの声真似をしながらアンジェもほくそ笑む。


「魔法って素晴らしいですわね、大抵のことは実現しますわ」

「去年は着せ替えカメラだったしな。自分で描いた絵のドレスが着れる奴」

「ええ、タヌちゃんはアイディアの宝庫ですわね、楽しすぎてローゼン・フェストではやりきれないかもしれないわ」

「タヌえも~ん、小さくする道具を出してえ~」

「んも~しょうがないなあ~ルナおじさんはあ~」


 それからしばらくは二人は係に没頭した。来訪者はフェリクスとの婚約に関して何かと話題に上りがちな公爵令嬢アンジェリークの手のひらに乗れるとあって、競うようにミニチュアトンネルをくぐり、アンジェに掬い上げてもらうのを待ち構えている。アンジェは数人を一気に手のひらに乗せつつ、優しく話しかけながらドールハウスエリアに運んでやる。ルナは子供たちをクッションの上でお手玉のように投げ上げるのが気に入られてしまい、それはそれで小人の長蛇の列ができてしまった。列にはアンジェの両親も並んでいて、しきりに感心しながら興奮冷めやらない弟と妹を小人化させ、お菓子クラブに行くのだとカゴをレンタルして行った。二人はカゴの中できゃいきゃいと大騒ぎしているのを、母がニコニコしながらいつもよりずっと優しい声音で注意していた。アンジェが微笑みながら家族を見送った頃、不意に会計場のあたりが騒然とする。


「アーンージェーさーまっ」

「アンジェ!」


 小銭で入場料を支払いながらアンジェに向かって手を振っているのは、アンジェの恋人リリアンと暫定婚約者にして生徒会長のフェリクスだった。二人とも腕に生徒会と書かれた腕章をつけている。生徒会メンバーはローゼン・フェストの期間中は、腕章をつけて校内巡回することになっている。来訪者で困っている者や迷子などを助けるのが目的のため、出展ブース参加や飲食が禁止されているわけではない。乙女ゲーム「セレネ・フェアウェル」でも文化祭をそれぞれの攻略対象と回るイベントが用意されており、フェリクスを選択すると生徒会の校内巡回エピソードが展開されていた。


「フェリクス様、リリィちゃん! いらして下さいましたのね!」


 アンジェが声をかけると、二人ともニコニコしながらミニチュアトンネルのところにやって来た。


「今日ならアンジェがいると聞いていたからね」

「すごいトンネルですね! これで本当にちっちゃくなれるなんて!」

「ええ、本当よ」


 リリアンはぴゃあ、きゃあと歓声を上げ、トンネルに入る前にドールハウスコーナーを食い入るように見つめた。リリアンのノーブルローズ寮の自室にも、アンジェとルナが贈ったドールハウスがある。だから同じような展示は彼女が喜んでくれるだろうとアンジェは期待していた。思惑通り、恋人が目を輝かせて身を乗り出しているのを見て、アンジェは人知れずほくそ笑む。


「アンジェ様、あの……お願いがあるんです」


 一通りドールハウスを眺め終わったリリアンは興奮冷めやらぬ様子で戻ってきて、もじもじしながらアンジェの制服の裾をついと引っ張る。


「ええ、なあに?」

「あの……その……み、み、み」


 アンジェはリリアンの言葉の先を容易に想像できて、にこりと微笑む。


「ミミちゃん?」

「ひゃ、ひゃいっ、あの、そうです、あの」

「ポケットの中ですと、一緒に小さくなってしまいますものね。お預かりしますわ」

「あああ、ありが、ありがとうございます」


 リリアンは頬を染め、少し恥ずかしそうに、自分のポケットからハンカチを──いつかアンジェが作ったハンカチポーチを取り出し、アンジェに渡した。折りたたまれた布地の中に、少しばかり固いものが挟まれているのが分かる。きっとあの少しくたびれたうさぎのぬいぐるみが、ハンカチのお布団の中でお行儀よく寝かしつけられているのだろう。リリアンはアンジェがハンカチを胸元で抱き締めるように持ったのを見て、行ってきます、とミニチュアトンネルの中に駆けていった。


「アンジェ、それは?」


 すぐ横でやり取りを見ていたフェリクスが尋ねると、アンジェはにこりと微笑み返す。


「リリアンさんの秘密の宝物ですわ」

「秘密かあ。僕はそれを言われたら引き下がるしかないな」

「今日はもしかしたら、お目もじ叶うかもしれませんことよ」

「おや、そうなのかい? それは楽しみだな」

「ええ」


 二人が笑い合っている目の前で、ミニチュアトンネルの小さな出口から、小さな小さなリリアンがそれこそ子リスのようにたたたと走り出てきた。


「アンジェ様! ちっちゃくなりました!」


 身の丈十センチほどになったリリアンが、ニコニコと笑いながらその場でくるりと回転して見せる。ストロベリーブロンドも回転に合わせてふわりと舞う様は、花弁の大きな花が風に揺れているようだ。


「まあ、まあまあまあ、リリィちゃん!」


 アンジェは早速その傍にしゃがみ込み、リリアンのハンカチを持ったまま両掌をつけて差し出した。リリアンはアンジェを見上げてにこりと微笑み、指先に手をかけ、おずおずとその中に乗り込む。リリアンがアンジェの親指に捕まったのを見て取ると、残りの指先を曲げて掌を椀のような形にし、ゆっくりゆっくりその場に立ち上がった。


「わあ、アンジェ様、ふわってします~」


 リリアンはすとんとアンジェの掌に尻もちをついてしまう。


「あっごめんなさい、早かったかしら?」

「えへへ、大丈夫です、びっくりしただけです」


 リリアンはそのまま座りながらアンジェの掌の中でニコニコしている。重さとも言えないような小さな重み、いつもよりも信じられないほど小さな手。声もなんだかいつもより高く聞こえるような気がする。小さくて、掌ですっぽり包めそうな恋人。先ほどまでも何人も小人を運んでいたくせに、見慣れた姿が何もかもすっかり小さくなっているのは、何と驚きに満ちていることか。


「ああ、フェリクス様、ご覧になって! リリィちゃんがこんなに小さく……!」


 アンジェは瞳を潤ませ、自分たちを見て蕩けかけているフェリクスに掌の中の恋人を見せてやる。 


「なんて……なんて愛くるしいんでしょう! ただただ小さくなられただけだというのに、本物のお人形のように可愛らしくて、可憐で……小さなお手々! くりくりのお目々! 本当に子リスのようですわ!」

「そうだね、アンジェ」


 フェリクスはどちらかというとリリアンよりもアンジェのはしゃぐ顔を見ながらニコニコしている。リリアンはフェリクスの視線に気が付いたがアンジェは気が付かず、リリアンを自分の顔のすぐ近くまで持ち上げた。


「不思議ですわ……もともと可愛らしい方ですけれど、こんなにも愛くるしかったかしら? 童話の中に出てくるお姫様だったのではなくて?」

「えへへ~アンジェ様~」


 リリアンはニコニコしながらアンジェの顔に手を伸ばし、頬のあたりに触れる。小さな小さな手はいつもと変わらずに少し冷たくしっとりしていて、アンジェの肌を柔らかに押した。


「うふふ、小さなお手々、くすぐったいわリリィちゃん」

「アンジェ様のお肌はこんなに間近で見ても、すべすべふわふわで綺麗です……!」


 リリアンはつま先立ちすると、アンジェの頬に優しく口づける。


「きゃあ、ありがとう、リリィちゃん」

「えへへ、アンジェ様大好きっ」

「ではわたくしも……」


 アンジェはニコニコしながら小さなリリアンのストロベリーブロンドに唇を寄せ、頭頂のあたりでちゅ、と水音を立てた。リリアンは手を伸ばしてアンジェの唇にも触れ、上唇のあたりに口づける。


「きゃっ」

「わっ!?」


 キスを返されると思っていなかったアンジェは思わず勢いよく顔を上げてしまい、そのせいでリリアンを乗せている手の角度がずれた。リリアンは均衡を崩してよろめき、アンジェの肩のあたりに落下してしまう。そのまま転がり落ちそうになったのを、アンジェは咄嗟に胸元と掌で受け止める。


「ごめんなさいリリィちゃん、わたくし……」

「大丈夫ですけどびっくりしました~」


 アンジェの胸の上にへたり込みながら、リリアンがほっとした様子で笑う。


「小さいから、これくらいの高さでも大迫力ですねっ!」

「ええ……ごめんなさい、気を付けるわ」

「大丈夫です、アンジェ様……うわあ」


 リリアンはアンジェの手に掴まりつつ、アンジェの絶妙な曲線を描く棚の上に立った。そのまま顔を輝かせると、その場でふにふにと足踏みをする。


「り、リリィちゃん?」


 場所が場所なのでアンジェが戸惑うと、リリアンは口許を拳で隠してフフフと笑った。


「ここ、ふかふかぽにぽにで気持ちいいです。えいっ」

「きゃあっ」


 リリアンは雪庇のごとき夢の世界の上で、子供のようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。制服とコルセットに守られた中でもはっきりと分かるほど、アンジェの宝玉がリリアンに合わせて柔らかそうに揺れるのが見て取れる。


「えいっ、えいっ、楽しい~」

「きゃあ、あはは、くすぐったいわリリィちゃん、うふふふ」


 アンジェも無邪気に笑いつつ、リリアンが落ちないように手で胸元に囲いを作ってやり──ふと視界に差した陰に顔を上げると、王太子フェリクス・ヘリオス・フォン・アシュフォード・フェアウェルその人が、瞳孔が開いているのではないかと思うほどとんでもない顔でアンジェと他の来訪者の間に立ち塞がっていて、フェリクスに連れて来られたらしいルナも、壁になりつつ顔面を両手で覆ってぶるぶると震えていた。


「見るな……誰一人として、この光景を見るな」


 フェリクスは戦慄きながら、自分を見上げるアンジェとリリアンから必死に目線をそらす。


「シュタインハルト……何としてもこの戦線を死守しよう、フェアウェルの宝を守れ」

「ぎょ、御意に……」


 悲壮な声音でわざわざ家名を呼んできたフェリクスに、ルナはもううずくまらないようにするのが精一杯のようだった。来訪者もクラスメイトも、何事かとこちらを覗こうとして、フェリクスの剣幕にギョッとして、そろりそろりと距離を取っている。


「り、リリィちゃん、はしゃぎすぎはやめましょう」

「きゃっ!」


 我に返ったアンジェはリリアンを手で胸元に押し付けて飛び跳ねるのを阻止した。リリアンは一瞬驚いたが、すぐに瞳を輝かせる。


「わあい、ふわふわ~! お布団みたい~!」

「り……リリアンくん……やめろ……やめてくれ……僕の前でそれ以上は……」


 フェリクスは更なる事態に狼狽える。リリアンはアンジェの手と胸の狭間からちらりとフェリクスを見上げると、ふふん、と挑戦的な笑みを浮かべて見せた。


「殿下は駄目ですよ?」

「な、何のことだ」


 フェリクスは見るも哀れなほどに狼狽える。


「ちっちゃくなっても真似しないでくださいね」

「ぼっ、僕は紳士だ、アンジェに誓って、人前で不埒な振る舞いなどするものか」

「えっ、殿下は私達のことやらしー目で見てたんですか!?」

「なっちがっ」

「リリィちゃん!!!!!!!」


 アンジェはリリアンを掌ですっぽりと包み込んでしまった。掌の中で笑っているのだろう、微かな振動が伝わってくる。フェリクスは真っ赤な顔を両手で覆い、ルナは立っているのを諦めてその場に座り込んで、噛み殺しきれない笑い声があたりに響いたのだった。


 ……護衛官ヴォルフにはクラスルームを出ない範囲なら小人になっても良いと言われていたフェリクスは、リリアンが待ち受けているアンジェの掌の上におずおずと乗り込んできた。アンジェの指に背中を預ける形で座ったフェリクスは終始顔が赤く、だがとても幸せそうな顔で、極めて紳士的に振舞った。その隣にニコニコしながら座っているリリアンに、アンジェはハンカチポーチからミミちゃんを取り出してやる。恋人は目を潤ませ、自分と同じほどの身の丈になったうさぎのぬいぐるみを抱き締めた。


「君の母君の形見だそうだね。このような形で相まみえることが出来るとは、母君もさぞかし驚かれていることだろう」

「はい、そうだと思います、えへへ」


 事情を聞いたフェリクスの優しい声音に、リリアンは何度も頷いて見せ、しんみりしそうな空気を振り払うようにわざとらしく明るい声を出した。


「アンジェ様、ミミちゃんぼろぼろ! 近くで見ると汚れてるしぼろぼろです! 今日お洗濯してあげようっと!」

「ええ、そうなさいな」

「そうしますっ」


 ぬいぐるみに顔を埋めるようにして誤魔化そうとした小さな小さな水滴に、アンジェは気が付かないふりをしながら微笑んだ。



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