31-5 文化祭《ローゼン・フェスト》 開会式の演説

 フェアウェルローズ・アカデミー文化祭、ローゼン・フェストは、一週間にわたって開催される。


 来訪者は主にアカデミー在校生の家族親類や卒業生、それから子女のアカデミー受験を控えた家庭が見学を兼ねての参加も見られる。最高学府であるフェアウェルローズの家族や卒業生となると要職に就いている者も多く、関係性を構築するための社交の場の一つとして捉えて参加する者、将来有望な人材を探す者もいるし、王族が在籍していれば当然その親族たる国王夫妻なども臨席する。そのためクラスおよび課外活動ごとの出展は、どこも自然と気合が入っていた。収益は部活動なら次年度の予算、クラスなら一部は生徒に還元、残りは学園の慈善事業などに充てられる。その華やかなりしローゼン・フェストの開会セレモニーは、フェアウェルローズ・アカデミー大講堂にて行われる。


「開会の挨拶を。フェアウェルローズ・アカデミー生徒会長、フェリクス・ヘリオス・フォン・アシュフォード・フェアウェル殿下」

「はい」


 司会進行役の教師に名を呼ばれたフェリクスは、凛々しい面差しで壇上に立った。いつもの制服に、儀礼用の華やかなフリルタイとポケットチーフ、いくつかの勲章をつけた姿は、まさしく気品あふれる王子そのものだ。どこからともなく拍手が始まってさざ波のように大講堂内に響き渡るが、それはアンジェが知るものよりもやや熱が冷めているように思えた。


(いつもなら……拍手だけでなく、歓声も上がるというのに……)


 自クラスの席に座り精一杯の拍手をしながら、アンジェは周囲の様子を伺う。さすがに拍手をしていない者はいないが、いつも通り熱心な眼差しでフェリクスを見上げているものと、どこか冷ややかな様子でおざなりに拍手しているものが、確かに入り混じっている。


(わたくしの記憶に間違いがなければ……)


 様子が変わった生徒たちは、みな、一様に、エイズワースの名を呼び、彼を絶賛していた。


 お菓子クラブの三原色チームのシエナすらも、拍手こそしているがどこか軽薄な表情をしている。一年生のシャイアの様子は二年生の席よりも後方なので様子は伺えないが、きっと同じなのだろうとアンジェは推測した。フェリクスが壇上に立って前を向くと、拍手の波はさっと引いて行く。


「親愛なるフェアウェルローズ・アカデミーの諸君。僕の大切な学友たち」


 壇上に立つ者の声は魔法によって拡声されているが、それでももともとの声質が反映される。ぼそぼとと話しているのを拡声してもその話し癖が直るわけではない。生徒会長として、王子として壇上に立つフェリクスの声は、いつもの優しさを含みつつも朗々としていて、張りのある声で大講堂の隅々まで包み込むようだ。


「楽しみにしていたローゼン・フェストが、いよいよ今日から開催する運びとなった。僕は今日この日を迎えられたことを心より嬉しく誇りに思う」


(……フェリクス様……)


 フェリクスは自分に向けられた称賛がいつもと異なることに気が付いただろうか? 細やかな彼のことだからきっと気が付いただろう。気が付いた上で、何事もないように泰然と振舞っているのだろう。後方のリリアンは気が付いただろうか? ルナはどうだろう? 当日になってようやっと顔を出したイザベラは、あまり顔色が優れなかった。彼女も気が付いただろうか、あるいはまだ心を埋めつくす重荷を抱えるので精いっぱいだろうか? クラウスはいつもと変わらないように見えるが、彼はもはやクーデター側に回ってしまったのだろうか?


「今日から一週間、僕は諸君とかけがえのない時間を共有することになるだろう。輝かしい経験の共有は、僕たちがフェアウェルローズ・アカデミーを卒業した後も、絶たれることのない絆となって僕たちを深く結びつける。そのためにはまず、今日この瞬間を、僕らが余すことなく楽しむことだ。諸君、この素晴らしい祭典を余すところなく楽しもう!」


 沸き上がる拍手は、日頃と比べるとやはり少し小さかった。壇上のフェリクスは何一つ気にした様子はなく威風堂々と佇み、生徒たち一人一人の目をしっかりと見つめながらにこりと微笑む。王妃譲りの金髪と端正な顔立ち、国王によく似た緑色の瞳の凛々しい眼差し、健康的で頑健な体躯。どれをとっても美しく整っていて、完璧という言葉がよく似合う、とアンジェは思った。


(乙女ゲーム「セレネ・フェアウェル」では、ローゼン・フェストの後夜祭でのパートナー選びが、各ルートの最終確定になるのだわ……)

(祥子はもちろん、ほとんど毎回フェリクス様を選んでいた……)


 きらめく夜空の下、主人公と愛を誓い合うスチルは、それはそれは美麗だった。あのスチルはこの世界でも現実のものとなるのだとしたら、リリアンは自分の手を取ってくれるだろうか? フェリクスはまた、アンジェの手を取りたいと駄々をこねるだろうか。


(けれど……)


「クロイツベルク校長。もう少し、お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「あ、ああ、いいですよ」

「ありがとうございます」


 唐突な提案に校長は慌てふためき──事前のフェリクスの指示通り、そんな様子を見せながら了承する。フェリクスはにこりと微笑むと、もう一度生徒たちを見回す。拍手が波が引くように一瞬で消えていく。息をひそめて静まり返った大講堂の生徒たちを見回して、フェリクスはふわりと柔らかく微笑んだ。


「僕は王子だが、皆のことは家族のように大切に思っている、いわば僕の身内だ。身内にしかしない内々の話をするから、君たちも寛いで聞いてほしい」





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