第38話 演劇部の部室

 パソコン部の窓ガラスを破壊した演劇部の六波羅さん。

 部室内では、彼女に責任取ってもらえと、非難轟々だった。



 俺は、演劇部へ直談判しに、演劇部の部室へと向かうのだが、演劇部の部室があるのは、パソコン部のすぐ近く。

 大きい荷物やら、直射日光に当たると良くないものがある部活用に、この半地下の部室は並んでいる。

 演劇部もちょうどそれにあたるのだ。



「はぁ……。なんで俺が、こんなことしなきゃいけないんだろうな……。そもそも、なんて言ったらいいんだろうか……」


 俺は、思わず呟いてしまう。

 何か困ったことがあるとAIに尋ねるという癖になってしまったのかもしれないな。

 こうやって聞いたら、いつも美鈴が答えてくれるんだ。

 困った時に、美鈴はすごく頼りになる。

 俺にとっての最高の相棒だよな。



「まあまあ。そういうこともあるよ、睦月」


 美鈴に話しかけたつもりじゃなかったのに、予想外に返事が返ってきた。

 俺一人で演劇部へ向かっていたはずなのだが。

 俺の後方から、美鈴の声?


 振り向くと、優しく微笑む美鈴が立っていた。


「あれ……? ‌美鈴も着いてきてくれるのか?」

「もちろんだよ」


 AIって、素晴らしすぎる。

 本当に、俺のパートナーだよ。


 優しい顔をしたまま、美鈴は続けてくる。


「睦月一人じゃ、また演劇部に言いくるめられちゃうでしょ? ‌困った時は私を頼ったらいいじゃん。おばかさん」


 俺の相棒は、頼もしい。

 けれども、言葉の節々にあるトゲは隠し切れないらしい。


 それが、美鈴らしいっちゃらしいけれども。


「ありがとう美鈴。すごく助かるよ」


 俺が素直にお礼をすると、美鈴は顔を赤らめる。

 そこまでが、なんだかセットになってるな。


 俺は、この顔を見るのが好きかも知れない。



 そんなことを話していると、六波羅さんが廊下を歩いてやってきた。


「あっ。さっきのパソコン部の幸運な人。廊下で奇遇ですね」

「幸運って、俺の事……? 部室の窓を割られてしまって、幸運とはほど遠いと思うのですが」


 六波羅さんは、すごく自然に笑う。


「大道具が部室に飛び込んじゃう事故があったんですよ。それに当たらずに生還するなんて、幸運以外の何物でもありませんよ。私もあやかりたいです」

「お、おう。サンキュー……」


 六波羅さんは、神社でお参りをするかのように、俺に向かって手を合わせて拝んでくる。

 頭を下げたタイミングで、六波羅さんから良い匂いが香ってきた。

 五十嵐さん、美鈴、YAYOIさんのような爽やかな香りとは違って、すごく甘い匂い。


 俺、良い匂いを嗅ぐと、なんだか可愛らしい娘って思っちゃんだよな……。



「パソコン部の人、幸運な顔を見せてくれて、ありがとうございます。ではでは、私は急ぎますので」


 そう言って、六波羅さんは演劇部の部室に入っていった。

 可愛らしく笑って、バイバイって手を振ってドアを閉める。

 俺も、思わずバイバイと手を振って見送った。


 閉じられた演劇部の部室のドア。

 俺と美鈴は、そのドアの前で立ち尽くす。


「睦月。たった今、六波羅さんに言いくるめられたの気付いた?」

「えっ……? いや、六波羅さんは忙しいらしいから……」


 美鈴は、天を仰いで頭を振る。


「睦月のそういうところ、嫌いじゃないけどさ。いくるめられるなら、私だけにしておいて」

「……うーんと、どういうことだ」


「お世辞とか社交辞令とか。人の言動をしっかり見極めることが大事だよ。相手の言葉をそのまま受け入れてしまってたら、本質は見えてこないよ」


 そう言って、美鈴は演劇部の部室のドアをノックもせずに開けた。

 そして、ずけずけと中へと入っていく。


 俺は、美鈴の言動やら行動が理解できずに一人立ち尽くしてしまう。


「六波羅さん、パソコン部の者ですけれども。このたびは、あなたの過失でパソコン部の窓を割られたようなので、その責任を取ってもらいに参りました」


 予め用意した言葉なのか、言い慣れた言葉なのか。

 美鈴は、すらすらと用件を言い出した。

 六波羅さんは、美鈴の言葉に一瞬戸惑ったようだったが、俺に向けたような笑顔を美鈴にも向けた。


「はじめまして、私は六波羅ろくはら葵月あづきです。用件を言う前に、まずは名乗って頂きたいものですけれども、あなたはどこのどなたでしょうか?」


 六波羅さんの言葉に、美鈴の方も一瞬固まってしまった。

 けど、美鈴もいつも通りの笑顔になって、答えた。


「私は、パソコン部の四之宮しのみや卯月うづきです」

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