15:安穏の欺瞞





「――ティリム! アイジス! ダイア! 至急来てくれ‼︎」


 朝食を取って暫く。

 コルの叫びが家中に響き渡る。


「どうしたの⁈」


 そう慌てて階段を降りてくるは、ティリム。

 それに続いて、俺とダイアもコルの所へと向かった。

 タタタタと、軽快に聞こえる足音は、重い。

 不穏さ、とでも言うのか。

 身に纏わりつく蟠りが、どうも心を項垂れさせる。


 勢い良くティリムがコルの下へ走った。

 そして俺もそこへ合流しようとしていた時。



「――皇国との戦争が、始まった」



 途轍も無い警鐘が、頭の中でけたたましく轟いた。










 ――15話 安穏の欺瞞――











 当然、民に宣戦を公表しないからと言って、何もしないコルでは無い。

 対策は練ってあるのだ。


 先ず前提条件として。

 ロメオ領では、年に一回避難訓練を行なっているのだ。

 最もではないにしろ、皇国との国境付近に位置する地域なので、万一攻め込まれた場合に避難出来るよう、しっかりと対策を講じていた。

 地形的に皇国がこちらへ侵入出来る経路として最も安全なのは、ロメオ領より北。

 その他は、川や山脈等が形成されているため、進軍には当然向かない。

 なのでこれまでも、戦争となればここより北の地域が交戦地となっていた。

 此度もそこであると考えられるため、今回の避難が有効である。


 しかしここで問題となるのは、宣戦を公表していないがために、領民が、「戦争が始まる為避難しろ」と言われて冷静に移動できるかと言われれば、出来るはずが無い。

 なので今回は、その避難訓練を装う。

 幸い今年はまだ訓練を行なっていないので、いつもより早めに訓練を行うと言えば、多少の疑心は生むだろうが、それでも避難は完了出来るだろう。


 交戦地とはそこそこ離れている為何も無いとは思うが、皇国側が兵数を五倍に増やしたのだ。

 何かしら意図があるに違いない。

 それが、ここロメオ領を害す物である可能性も、無いとは言い切れない。

 万一にでもこちらの怠慢が為に領民に被害が及ぶなど、あってはならない事である。

 今作戦が失敗すれば、領主の怠慢だと嘯かれる可能性は十分にある。

 なので、失敗出来ない。

 事は慎重に進めなければ。



 ◆



「アイジス、ダイア! 避難経路は頭に入れているな?」

「「はい!」」


 コルが一つずつ確認作業を行う。


「よし、皆作戦通りに!」

「「了解ッ!」」


 そう言って俺達はそれぞれの持ち場へ散って行く。


 持ち場はこうだ。

 コルは家に残り、王都からの連絡があった場合に備え。

 ティリムと俺とダイアで、領民の避難誘導を行う。

 どうやらこの家には、王都と瞬時に連絡を取る手段があるらしく、そのお陰で宣戦についても、開戦についても直ぐに知り得る事ができた。

 コルから聞いた訳では無いが、そうでも無いとこの現象の説明ができない。

 恐らくは電話の様な通信機器があるのだと踏んでいるのだが。

 果たして電灯すら無く蝋燭を灯りとしているこの時代。

 その様な通信機器は摩訶不思議でしか無い訳だが。

 恐らくその番をする為、コルは家に残るのだと思われる。

 被害の及ぶ可能性が低い以上、最新の情報を確保する事が何よりも肝要なのだ。

 そう考えればコルの役割は最も重要であると言えるだろう。


 そして俺とダイアとティリムの務める避難誘導だが。

 これに関しては、通常は領民の中で手伝ってくれる人を数人呼んで行っている。

 だが此度は募集する暇が無く、三人のみでの避難誘導となる。

 それもまた不信感を抱かせる要因となりそうだが、もうどうしようも無い。

 ただこの避難訓練も十数回はしているらしいので、経路は大体皆覚えているだろうと、ティリムは言っていた。

 なので避難がどれだけ迅速に行えるかは、領民達が如何に避難経路を覚えているかに懸かっている訳だ。

 そこは領民に期待する他無いのだが。

 こうする以外道がない為、ただそこに関しては傍観するのみである。


 そしてコルはその通信機があろう部屋へ。

 俺とダイアとティリムの三人は、家を出てそれぞれの持ち場へ向かったのだった。



 ◆



 ――パチパチと、焚き火の小さく爆ぜる音よ。


 ――そして天へと昇りゆく火花。


 ――初めて会った仲間であったが、焚き火を囲んで談笑するのはとことん楽しかった。


 ――これから戦争だと言うのに、呑気なものだと思うが。


 ――目の前の仲間すら、数日後死ぬかも知れないと思うだけで、心の最奥から遣る瀬無い寂寞が込み上げてくる。


 ――悲しい。


 ――寂しい。


 


 ――――そしてあの光景を最後に、私の意識は汚泥の中へと沈んでいった。



 あの感覚は二度と忘れない。


 帝国軍と対峙して直ぐだった。


 自分の“心”が、体からペリペリと剥がされて行く感覚。


 体の意識は混濁し、心は体を御せなくなって行く。


 隣に居た仲間も、同じことに陥っている様だった。


「ス……スレイヴ……さ…………ん……」


 そう掠れた声で言った後、仲間の目は赫く染まった。


 そして始まるのは残虐非道な虐殺劇。


 携えた刀など使わずに、素手で敵兵の体を穿った。


 その手には臓物が絡み、いつしか軍服も深紅に染まっていた。


 見るも無惨。


 残虐非道。其処彼処に惨憺たる殲滅戦。


 まさに地獄。


 阿鼻叫喚の嵐であった。



 ――そして私の心も体と乖離された時。



 その殲滅戦に、参加した。


 人の身を抉る感覚は、何とも形容し難い悍ましさを多分の孕んでいる。


 とても気持ちの良いものではない。


 臓物の重さが、一種の怨念となって肩へ足へとのしかかる。



 もう……嫌だ。



 何故――こんな事に………………







 

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