10:虚偽の子





「「頂きます」」


 そう言って目の前の男女はパンを両手で持って口へと運ぶ。

 そしてパリパリと美味しそうな音を立てながら食した。

 パンの上にはジャムが塗りたくられ、それを頬張る姿は、見ているこちらも幸せになる。

 その男の名は、コル=ロメオ。

 その女の名は、ティリム=ロメオ。

 俺の実の父母である。

 今は朝食時。

 父母の食べるご飯は、食パン一枚にジャム、そして暖かいスープ。俺のご飯は、パンをスープに漬けたもの。所謂、離乳食である。

 これはこれで美味しいので、俺はゆっくりと食した。

 うむ、美味しい。

 たかが乳児用の食事だと侮る事勿れ。

 美味です。


 その時。


 ガタタタタッと、部屋の隅にある棚から音が聞こえた。

 何だと思って振り返る。


「はいはいダイアちゃん、ちょっと待ってね〜……」


 そう言ってティリムは持っていた食器を机に置き、その棚のところまで歩いた。

 いや、よく見ると棚じゃないか……?

 案の定ティリムは棚の上部から両手を入れて、中から取り出したは。

 一人の赤子。


「ぶぇぇッ‼︎」

「ん? どうした、アイジス?」


 コルがそう訊いて来るが、反応する余裕は無い。

 あの赤子は誰だ?

 俺の弟妹か?

 名前はティリムの言葉にあった『ダイア』なのか……?


「咽せたのか…………? 大丈夫か、アイジス?」


 コルが歩み寄ってからそう訊ねる。

 いや、別に咽せた訳では無いのだが………

 心配は無用だと、再びパンを口に運ぶ。

 それを見て大丈夫だと判断したのか、コルは再び自分の席へと戻った。

 それを見て再び視線をダイアらしき赤ん坊へと向ける。


(可愛いなぁ…………)


 やはり、赤子とは可愛いものだ。

 つぶらな瞳に、つまめば取れそうな頬。

 ティリムの顔にむかって必死に手を伸ばし、その体に見合わぬ大きな顔には、満面の笑みが張り付けられていた。


「よーしよしよし…………」


 二人目だからか、慣れた手つきでティリムはダイアをあやす。

 それを見て、コルは笑う。

 あぁ、円満な仲睦まじい家庭の中へ生まれ変われて良かったと、心底ホッとする。

 これが劣悪な環境によれば、生まれてすぐに死んでいたかも知れないのだ。

 ――まぁ、ルイアに限ってそんな鬼畜の様な事は無いだろうが。

 少なくとも此処なら変わる事のない安寧を享受できそうだ。


「あ、ティリム。そういえば……」


 そう声をかけられて、ティリムはダイアを再び棚――っぽいベビーベッド――に寝かせて、椅子に座った。

 スープを少し啜り、再び舌鼓を打った。


「皇国が、戦争準備を始めたらしい……」


 あれ、安寧…………?


「また? 規模は?」

「前回の三倍だそうだ」

「はぁ、此処までくると滑稽ね」

「こちらからすれば勝ち戦だからな」


 そうなのか。

 勝ち戦なら、特に問題は無い……か。


「しかし、何か可笑しい。連中が何の策も弄さずただ兵数のみを増強させるなど……」

「これまでも何の策も弄さず当たってきて惨敗し続けてるのよ? 彼奴等にそんな頭があるのかしら?」


 ティリムは、意外と毒舌の様だ。


「だが若しだぞ? 若し彼奴等がこれまで敗戦し、我が国の油断を煽っていたとすれば…………」

「そんな、自国兵を無駄死にさせる様な策……」

皇国あそこならやりかねんだろう。でなきゃ負け戦を幾度も演じる様な醜態見せんだろう」

「それもそうだけど…………」


 余りにも人道的で無い。

 ティリムはそう言いたいのだろう。


「一応王都からの連絡によれば、戦争となるのは相当後らしい。恐らく数年単位で」

「その根拠は?」

「さぁ。多分これまでの戦争準備から宣戦までの時間を単純に三倍したんじゃ無いのかなとは思っているけど」

「…………信用できないわね」

「正直、そうだな。だが私達に出来ることは、国主を、王を盲信する事だけなんだ。数年後なんだと信じよう」

「そうね……あの方に不信を抱くだなんて、例え殺されようとも出来ませんわ」


 何となく分かった。

 今いるこの国は、王がいると言うことはとある王国であり、その皇国とやらが現在戦争準備を進めている、と。

 そんでもって、『これまでの戦争準備から宣戦まで』ってことは、王国と皇国はこれまでも何度か戦争した事があると言うことか。


「一応我が領民達に危害が及ばぬ様、避難訓練だけでも入念に行なっていた方が良さそうだな」

「そうね……でもあまり不安がらせない様に配慮しないとね……」

「ぶっ!」


 再び吹いてしまった。

 何だって⁈

『我が領民達』だって?

 ってことは…………


 コルとティリムは、領主様……なのか…………⁈


 そして俺はその子供だ、と。

 つまり次期領主って事になるのかな……?


「あら! 大丈夫⁈」


 ティリムが俺を心配して駆け寄る。

 俺は慌てて駆け寄るティリムを手で制した。


「……なんか今日のアイジス、仕草が一歳児のそれじゃ無いな…………」


 不味い!

 確かに一歳児としては、駆け寄る母親を手で制すなど、する筈もない!

 どうしよう…………


「確かに、大人びてるわね…………」


 顎に手を当てて、首を傾げた。

 不味い不味い不味い不味い!

 どうすれば。

 どうすれば…………!


 その時。


「ぅぅぎゃぁぁぁぁ!!!」


 ベビーベッドに寝転んでいたダイアが泣き出したのだ。


「はいはい、今行きますよ!」


 そう言ってティリムは再び席を立ち、ダイアの方へと駆けて行った。

 ティリムのあやす声を聞きながら、何とか有耶無耶に出来そうだと安堵する。

 コルもいつの間にか気にせずご飯を食べていた。

 大丈夫そうだ。

 そう思い、俺も残ってるご飯に手を付けた。



 ◇



 電車に轢かれて死んだと思ったら、異世界で生き返らせて貰って、しかも生まれた家庭が領主一家だっただなんて。

 所謂王道展開だが、何処か不穏だ。

 きな臭い皇国と、常勝国の王国。


 ――何も起こらなければ良いが。


 しかし願い虚しく。

 安穏が瓦解するまで、暫く。








 

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