03:ギィガル
ジルの居た村は、ガイムーン王国の南端付近にある村だ。
ガイムーン王国は余りにも広大である為、中央集権国家としては地方の政がままならない。
その為地方分権を採用している。
その地域内、
領主の収入はその領地内で掛けられる税金や、国から支給される給付金の一部となっている。
一見領主が好きなだけ搾取出来るような仕組みだが、ちゃんと対策はされてある。
領主は、その領地内での政に関しての決定権を有し、税金や条例についても自由に制定出来る。
その代わりそこの領民には領主を辞職させる権利を有している。条件としては領民の三分の一の署名が必要だが、領主が不適切な政を行えば、領民からの制裁がある。
相互監視の関係が成り立つからこそ、ガイムーン王国の地方分権は、これまで一切の波乱無く行われているのだ。
話を戻すが、ジルの住んでいた村は、他の地域と比べて小規模で過疎化が進行している為、抑も村の名すら存在しない。
一応地図には、領主であるバック・ハイータの名から取って、「ハイータ領」と呼ばれている。
人口僅か百五十人。
元より領民達の結束力は固く、領主と一丸となってハイータ領を守ったが、飢饉の為村の財政が悪化。
ハイータは国に給付金を請求するも、ライア=ヴァルヘルム皇国から宣戦を布告された為その対応で手一杯だと断られた。
ジルの父が村を発ったのもこの頃である。
なので例えジルがこの村を出たとして、誰も気にしなければ、誰も気付かない。
寧ろ食料が余るから出て行けとすら思っているかもしれない。
ジルの知る由もない事だが、逆にここから出て良かったのかも知れないとは、気付かなかった。
◇
ハイータ領より更に南。ハイータ領から徒歩で四時間程の場所。
此方もハイータ領とはさして領地面積の変わらない地域だが、“町”なのだ。
人口は五百人程度だが、ハイータ領は農業で成り立っていたのに対し、この町は水産物と観光で成り立っていた。
町の奥には川が流れていて、夕暮れ、川に映る夕陽が綺麗だと毎月一定数の観光客が訪れている為、おかげもあって、この町の経済は潤っていた。
一応その川で獲れる魚も町の経済の一助となっているのだが、やはり最も貢献しているのは、観光なのである。
そんな町だからこそ日々発展をし続け、それと同時にこの町への移住者も増えていると聞く。
その町の名は、ギィガル。
アイジスが目指す、次の目的地である。
◆
アイジスとジルがギィガルに着く頃にはもう既に日は落ちていて、空には満点の星々が煌めいていた。
「折角なら夕方に来たかったが…………」
アイジスがそう呟くが、返事は無い。
ジルの方をチラッと見てみるが、ジルはギィガルの町並みを眺めていた。
しかしその目が孕むのは新天地への期待では無く、ただ眺めるものもなく。仕方なく前を向いていると、偶然そこにギィガルの町並みがあるだけ。
そこに期待も、興奮もない。
虚無だけが存在している。
「王都で有名なんだよ、この町。知ってる」
「…………知らない」
淡白で、静かな返事であったが、返事があったという事実だけで、アイジスは少し嬉しかった。
上がってしまう口角を必死に抑えながら、話す。
「この町の奥の方に、川があってさ。決まった時間になったら川に夕日が映って綺麗なんだと」
しかしジルからの返事は無かった。
「取り敢えず宿屋を探そう。もう暗いし、早く寝ないと」
そう言ってもやはり返事は無く、歩き出すアイジスの後ろを着いてくるだけだった。
◇
「どうする部屋は別にする?」
「いえ、一緒で結構です」
「なら一部屋で」
ギィガルに入って取り敢えず一番手前にあった宿屋に入ってみた。
入ると、一階は食事処、二階から三階が部屋になっているらしい。
受付も一階なので、アイジスの後ろには多くのテーブルが並べられている。
宿屋と一階の食事処は同系列で無く、一つの建物に二つの店が入っている、という扱いらしい。
なので食事を頼む時は、当然その料理に対して別途料金を支払わないと行けない訳だ。
アイジスは部屋の鍵を貰って、ジルと一緒に二階へと上がった。
ギィガルの建物は全てが木造建築である。
此処は元々林だったのだが、それを切り拓いて作った町である為、伐採した木材をそのまま家屋の建材として利用している。
歩く度に地面がギィギィと軋む音が廊下を伝う。
そうして暫く廊下を歩いた後。
「此処か…………」
受付で貰った鍵で戸を開け、部屋の中へと入った。
まぁこれと言って特筆すべき点は無い。
入るとただの奥に長い長方形の部屋のみ。
風呂もトイレも無いので、この部屋にあるのは棚とベッドくらい。
一応風呂はギィガルの銭湯。トイレはこの建物の一階にあるものを共有で使うので問題は無い。
ベッドもそこまで悪くは無いが、滅茶苦茶寝易いとかでも無く。
一泊する程度なら全く問題無い。
寧ろ野宿していた昔よりはよっぽどマシであると、アイジスは過去を想起しながら少し感慨に浸る。
「どうする? もう夜遅いけど、風呂屋さん行く?」
アイジスは荷物を置きながらジルに訊いた。
「いえ、大丈夫です」
お金も無いですし、とジルは続ける。
「まぁ…………」
実はアイジスも大してお金を持っていなかった。
こっちに来て最初の頃は、風呂に入らないなどあり得なかったのだが、野宿やらなんやらを繰り返す内、風呂に入る事の重要性を見失っている。
アイジスだって理解はしているのだが、どうも一度定着した思想は剥がせない。
実に厄介なものだ。
「それもそうだな、もう寝るか」
「はい……」
この町の観光は明日でも良いか。
そう思いつつ、この日はそのまま眠りに着いた。
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