第11話 一つ目の鍵

 フォーリア、サーニャと別れたセルロレック、レラートは庭へ向かう振りをして、館の裏口へ戻った。

 人気がないことを見計らい、館の中へ入る。扉のすぐ横の壁にかぎ型の釘が数列、等間隔できれいに打ち付けられていた。

 その釘に、鍵がかけられている。一本ずつだったり、数本まとめてだったり。

「ムウが教えてくれた通りだな」

 地下倉庫の鍵が、館中の鍵がかけられている中に紛れている、とムウから教えられているのだ。

「これだね」

 五本程の鍵が一つのリングでまとめられ、そのリングが一番下の段の右端から二つ目の釘にかけられていた。

 その中に、青白く光る鍵がある。

 これが、タッフードの館にある地下倉庫の鍵だ。

 セルロレックが、ポケットから同じ鍵を取り出す。タッフードから預かった物だ。これと本物をすり替える。

 もっとも、これが本物の鍵かどうかはよくわからない。タッフードも話していたが、倉庫の鍵に関しては三本あるのか一本だけなのか、定かではないのだ。

 タッフードが何らかの方法で鍵を盗みに来ても混乱するように、二本がにせ物で本物は一本だけ、ということもありえる。

 この鍵を持ち帰っても、実は別の魔法使いが本物を持っている……かも知れないのだ。

 可能性はいくらでもある。疑い始めるときりがない。

 とにかく、三本あるなら三本全てを持ち帰るだけ。それが一番確実だ。

 セルロレックがすり替えた鍵をポケットに戻す。そして、鍵束を元の釘にかけようとした時。

「何やってんだい、あんた達」

 後ろから声をかけられた。

 泥棒ではないが、それまがいのことをやっている二人は、心臓が飛び跳ねる。振り返ると、さっき会った女中頭だ。

「庭に鍵はいらないだろ?」

 ちょっと不審そうな顔つきだ。ここで変に疑われ、騒がれたらまずい。彼らと一緒に来た、新人使用人の少女二人まで疑われかねない。

「ぼく達、掃除用具の倉庫の鍵を探していたんですが」

 建前は、庭の見学をしながらの掃除だ。ほうきやちりとり、ゴミを入れる袋などが必要になる。無理な言い訳ではないはずだ。

「掃除用具入れに、鍵なんてかかっちゃいないよ。行ったらすぐに戸は開くはずだよ」

「そうなんですか?」

 そもそも、二人は用具入れの場所なんて知らないし、行っていない。戸が開くかどうかの確認も当然していないので、わかるはずもなかった。

「それが開かなかったので、鍵がかかっているのかと思いまして」

 セルロレックはやんわりと言い返した。

「開かない? そんなはずはないよ。建て付けの悪い倉庫じゃないんだから」

 このままだと、ますます不審の目が向けられる。ここはさっさと収めた方がいいだろう。

 セルロレックが女中頭のおばさんの注意を引き付けている隙に、レラートは催眠の呪文を唱えた。

「ああ、もしかしたら中でほうきが倒れて、それがつっかえてるのかも知れないね」

 レラートの術は効果を現わし、おばさんの口調は柔らかくなった。

「そうですか。では、もう一度行って調べてみます」

「ああ、そうしておくれ」

 そう言って、女中頭は行ってしまった。その後ろ姿を見送り、二人して大きく息を吐く。

「魔物退治より緊張した気がする。あまり、こういうことを繰り返してやりたくないね」

「同じく。俺達、こういうことに向いてないよな」

「本来は向いていない方がいいよ」

「はは……違いない」

 また誰かが来ないうちに、二人はその場を離れる。

 本当に庭をうろついて、アズラや彼の弟子に見付かってはまずい。

 普通の人間相手ならともかく、魔法使い相手ではすぐに気付かれる恐れがあるので、そのまま裏口からさっさと外へ出た。

 自分達のやるべきことが終わったら、すぐに館を離れることにしてあるのだ。

 フォーリアとサーニャの姿はまだない。館の中まで入り込んでいるから、そう簡単には出られないだろう。

 それはわかっているが、うまくやっているだろうか、と心配になる。

 もし何かあっても館の外にいてはわからないし、助けに行くことも無理だ。陰に入り、裏口の扉から少女二人が現れるのを待つしかない。

「待つだけってのは、歯がゆいよな。俺達が中へ入る方だったらよかったのに」

「ぼく達じゃ、入る口実がなかなか見付からないからね。ムウがそばにいるから、いざとなれば何とかなると思うけど」

「そのムウの実力があんまりわからないから、余計に不安なんだよ。鍵の細工はあっさりしてくれたけどさ」

 その気になれば、新人の彼らでもそれくらいの細工はできる。

 だが、ムウが得意なようにタッフードが話していたのでまかせているだけ。他にどんな魔法が使えるのかまでは聞いていない。

 だから、不安なのだ。

「……今は信じて待つしかないよ」

 外で待つ二人は、中の二人がアズラと出会っていることを知らない。

☆☆☆

 ゆるやかに波打つ薄い金色の髪を一つにまとめたアズラは、穏やかそうな顔の男性だった。

 壮年から中年にさしかかる年齢と聞いたが、見た目は若い。サーニャも話していたが、魔法使いと言うよりは学者のような雰囲気だ。

 かけている金縁の眼鏡は、さっきすり替えたものよりフレームが少し太い。同じ色でも、少しずつ仕様が違うのだ。

 外見はともかく、城に行ったはずの主が本当に戻って来てしまった。

 しかも、ただの主ではなく、国でも指折りの実力を持った魔法使いだ。女中頭にしたような催眠の術など、まずかけられない。力の差は、まさに大人と子どもだ。

「見掛けない顔だね」

 当然だ。間違いなく初対面である。

「今日から入った、見習いの使用人です」

 フォーリアの言葉に、アズラは首を傾げる。

「今日から? 新しい人間を入れる、とは聞いていなかったが?」

 それも当然。鍵さえ手に入れば出て行く、使用人もどきである。

 フォーリアの横では、サーニャが足が震えそうになるのを必死にこらえていた。

 ちなみに、ムウは鍵を雑巾に変えた後、すぐに姿を消している。

 その場にいたらアズラに気配を気取られ、二人の立場をますますややこしいものにしてしまいかねないからだ。

「だけど、ちゃんとこうしてお仕事をもらってますよ?」

 フォーリアは平然と返す。

 アズラが聞いてないのはこちらの知ったことではない、と暗に言い返しているようなもの。

「あたし達、二階の部屋を順に掃除するように言いつけられました。これからこの部屋の掃除を始めるところだったんですけど……よろしいですか?」

 あくまでも、使用人の振りを通す。自分は何も知らない、仕事をしに来ただけだ、という顔をして。

 アズラがもし女中頭に尋ねたら術が解けるかも知れないが、今はそんなことを考えても動きようがない。とにかく、この場を乗り切るしかないのだ。

「あ、ああ……よろしく頼むよ」

 言いながら、アズラは机に向かった。引出を開けるのを見て、二人に緊張が走る。

「……」

 アズラは引出の中をしばらく見ていたが、そこから一つの眼鏡を取り出した。かけていた眼鏡をはずし、取り出したそれをかけ直す。はずした眼鏡は引出の中へしまわれた。

 机から離れたアズラは、細い黒縁の眼鏡をかけていた。どうもこのためだけに戻って来たらしい。

 ムウがアズラは気分によって眼鏡をかけかえると話していたが、今日は黒縁の気分だったのだろうか。

 どれをかけようと個人の自由だが、こんな時にややこしいことをしないでもらいたい。

 引出を見て特に不審そうな顔はしなかったので、何も気付いてないようだ。頼むから、早く出て行ってくれ、とひたすら願う。

「きみは……どこかで会わなかったかな」

 部屋を出て行こうとしてふと足を止めたアズラは、サーニャの顔を見てそう尋ねた。

「え? 私、ですか?」

 魔法使いの関わるイベントで、サーニャは何度かアズラの姿を見たことがある。

 だが、アズラの方から見られていたとは思えない。間近で何か目立つことをした訳でもないので、彼にとってサーニャなどはその他大勢でしかないはず。

「お会いしたことはありません。私は、遠くからお見かけしたことがありますけれど」

 サーニャはフォーリアのように、うまくごまかせない。そのまま正直に話す。

「そうか……見たような気がしたのだが」

「ご主人様、仕事中の使用人を口説かないでください」

 にっこり笑いながら、フォーリアは言ってのける。

「そういうつもりでは……いや、すまなかった。しっかり仕事をしてくれたまえ」

 アズラは苦笑いしながらそう言って、部屋を出て行った。

「はぁ~」

 大きなため息をつきながら、サーニャが床に座り込んだ。

「何を言われるのかと思った。本当に私に見覚えがあったのかしら」

 ここの眼鏡を触ったのか、と言われるのも怖いが、あんな質問も怖い。

 何か知っているのでは、もしかしたら本当は全てわかっているのでは……と勘ぐってしまう。

「遠くても、人の顔はしっかり見てるってことじゃない? だけど、サーニャがごまかさないで言ったから、向こうも納得してくれたみたいね」

 こちらが見掛けた、と言ったので、その時に自分も見たのかも知れない、と思ってくれたのだろう。

 何にしろ、どこで見掛けたのか、と突っ込まれずに済んでよかった。

 彼の一挙一動が緊張の連続だ。あれ以上何やかやと言われたら、サーニャはどこまで知らん顔を決め込めたかわからない。

 たぶん、城へ行くので多少急いでいたせいもあったから、追求の手もゆるかったのだろう。とにかく、助かった。

「フォーリアって……結構すごいわ」

 初めて会った時は自分より年下だと思ったし、妙に天然な発言や口調で変わった子だと思っていた。

 しかし、時々鋭い指摘をするし、さっきのような状況で簡単に言い返したりもできるような子なのだ。

 ぼんやりしてると思っていたのが、今は落ち着き払っているように見えるのだから、不思議なもの。

「あたし、何かすごいことした?」

「……わかってないところも、すごいわね」

 サーニャが苦笑する。

 どうにか一つ目の鍵を手に入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る