第10話 すり替え

 木の葉を隠すなら森の中、鍵を隠すなら鍵束の中。

 封印の鍵は白く光る小さな珠だが、倉庫の鍵は魔法がかかっていても形だけなら普通の鍵。わざわざ変化させなくても、隠す場所には困らない。

 まさか人を閉じ込めている倉庫の鍵だなんて、誰も思わないだろう。

「鍵をすり替えるって作戦を立てるまではいいんだけど……あたし達がどうやってすり替えるかよね。だいたい、魔法使いの館の中へ入り込めるかなぁ」

「うん、それが一つ目の問題だね。泥棒のマネゴトなんてしたことがないから」

 まさか、あるなんて言わないよね? とセルロレックが念のために確認した。答えは全員「なし」で、お互いほっとする。

「こんな時間から向かっても、魔法使いの家なら結界が張ってあったりしそうだ。かと言って、まさか昼間に堂々と入り込めないよなぁ……」

 知らない家に忍び込んでも、暗い中ではどこかでつまづいてしまい、すぐに見付かってしまいそうだ。

 きっと「大泥棒」と呼ばれるやからは、それまでにあれこれ調べるのだろう。いくらサーニャがディージュの出身で、他の三人よりアズラのことを知っていても、家の間取りまでは無理。

「では、やはり昼間に向かう方がよさそうですね」

「ムウ、昼間に行っても、忍び込むのは難しいわよ。と言うより、無理っぽいわ。あたしが見付かったら、子どものこそ泥って言われそう」

「忍び込もうとするから、難しいのです。さっきおっしゃってたように、堂々と入ればよろしいではないですか」

「堂々と入って、あっさり捕まるなんて冗談じゃないぞ。その時点で、俺達の魔法使い人生は終わりだ」

「あたし、魔法使いになったところなのに」

「私だってそうよ。この中では、一番経験が浅いんだから」

「泥棒として入ろうとするから、捕まるのです。別の形……たとえば使用人の顔で入ってはいかがですか?」

「使用人……」

 四人が顔を見合わせる。

「アズラの館も、タッフードさんの所みたいな感じよ。人数は知らないけど、使用人はいると思うわ」

 使用人の数が少なければ、すぐばれかねないのでちょっとやりにくい。

 だが、それなりの人数がいれば、もし見とがめらたとしても「新しく入った」とごまかすこともできる……だろうか。

「女性陣はうまく紛れ込めそうだけど、ぼく達はどうかな。全く男手がないとは言わないだろうけど、そう頻繁に力仕事が家の中にあるとも思えない。まさか執事にはなれないしね」

「下手に料理人見習いです、なんて言ったりしたら、厨房に放り込まれて出られなくなりそうだよな」

「そうですねぇ。では、庭師見習いなんてどうです? 今日は頼んでない、なんて言われたら、まだいじらせてもらえないのでここの庭がどんなものか掃除しがてら見に来た、なんて言ってみるとか。早い話が掃除をしに来ただけのようなものですから、それならって入れてくれますよ、きっと」

 怪しまれて入れてくれなければ、そこはちょっと魔法を使えばいい、とムウは言う。

「軽い催眠くらいなら、みな様もできますでしょう? お金や物を盗む訳ではないのです。鍵を取り戻すだけなんですから、罪悪感を覚えることはありませんよ。むしろ、覚えなければいけないのは、あちらの方でしょう?」

 普通の人達に自分達の都合で魔法をかけるのは、とても申し訳なく思えてしまう。魔法はあくまでも魔物、もしくは魔法で攻撃をしかけてきた魔法使いに対して使うものだ。

 余程へんくつな魔法使いに師事しない限り、そういうことを修行中に何度も言われる。

 でも、ムウが言うように、悪いことをするために使う魔法じゃない。ここで失敗すれば、リリュースは助からないかも知れないし、タッフードの妻がどういう仕打ちを受けるかわからないのだ。

 それに、リリュースについては、時間があまりない。のんびり構えていられる余裕はなかった。

「服装については、私が何とかできます。みな様がお休みになってる間に、鍵のある場所を確認しておきますよ」

「助かるわ、ムウ。よかったぁ、頼もしい助っ人よね。ムウがいなかったら、あたし達、ここでずっと頭を悩ませてたかも」

「いえいえ。私がお役に立てるのは、そこまで。あとはみな様にかかっていますからね」

 ふわふわ浮いているムウに言われ、実際に行動するのはまだ先なのに、四人は急に緊張してきた。

☆☆☆

「あーあ、あんた達が新しい子ね」

 次の日になると、フォーリア達はアズラの館へ向かい、裏口へ回ると女中頭のでっぷりしたおばさんに迎えられた。

 と言っても、今は国中、大陸中が異常な天気で不安が広がっている。そんな時期に求人するところなどはほとんどなく、アズラの館でもそれは同じことだった。

 なので、最初にフォーリアとサーニャが行くと「新しく入る? あたしゃ聞いてないよ」と一蹴されかけたが、自分より少し背の高いサーニャの後ろに隠れたフォーリアが軽い催眠の魔法をかけ、待ってた新人が来た、と思わせたのだ。

 さらに二人の後ろには、レラートとセルロレックが立っている。

「その子達は何だい?」

 と聞かれ、ムウが昨日提案した作り話をそのまま採用する。

 つまり、庭師の見習いで、庭の掃除がてら実際に見て勉強するために来た、と。

 やはり「掃除」という言葉が効いたようで、わざわざ魔法をかけるまでもなく、男子二人はあっさり入れてもらえた。

 何も知らない女中頭を騙しているようで良心が痛むが、余程のヘマをしない限りは彼女に何かおとがめがある、という事態にはならないはず。

 汚れてもいいように……と言うより、すでにわざと少しだけ汚れた服を着ていた男子二人は、そのまま庭の方へ行くように言われた。

 女子二人は使用人の制服を支給されるので、着替えるように指示される。

 二手に別れる時、お互い目で合図をしながらそれぞれの持ち場へ向かった。

 紺のワンピースに白のエプロンという、ありがちな使用人の制服に身を包んだフォーリアとサーニャ。部屋を順に掃除するよう、言いつけられた。

 違う指示をされたら、そう仕向けるように魔法を使うつもりだったが、その必要はなかったようだ。

 余計な魔法を使わなくて済むなら、その方がありがたい。

「魔法使いの部屋は、二階です」

 ぽんっとムウが現れ、二人が行くべき場所を教える。

「アズラ本人は?」

「城へ出かけています。彼が戻るまでに、さっさといただく物はいただきましょう」

 ムウの言葉を聞いて、サーニャは軽く息を吐いた。

「私、曲がったことって嫌いなのよね。わかってるけど、これから……ううん、もうすでに曲がったことをしているような気がして、自己嫌悪に陥りそうだわ」

「サーニャ……」

「大丈夫、わかってるわ。リリュースを助けるためだもんね。これは曲がったことじゃなく、必要なこと。行きましょ、フォーリア」

 それらしく見えるよう、フォーリアはほうきを、サーニャは雑巾の入ったバケツを持って二階へ上がって行く。

「あの扉の部屋です」

 ムウがいくつか並んだ扉のうち、一つを示した。

「アズラは眼鏡をたくさん持っていて、気分によってかけかえているそうです。その中の一つに、鍵があります」

 朝になってムウからそう報告を受け、タッフードから預かって来た鍵をムウはその眼鏡と同じ形に変化させていた。

「なるほどねー。眼鏡なら、度数を自分に合わせてあるもん。他の人が取ろうとはしないわよね。いい隠し場所だわ」

「フォーリア、感心してる場合じゃないでしょ」

 そう言いながら、サーニャもなかなかの隠し場所だとは思った。

 仮に泥棒が入ったとしても、売りさばけそうにない眼鏡が盗まれることはないだろう。

 余程高価そうに見えるフレームなら盗まれることもありえるが、それよりは普通の貴金属に目が向くはずだ。

 にせの眼鏡は、サーニャのエプロンのポケットに入っている。部屋へ入れば、本物の眼鏡とこの眼鏡をすり替えるのだ。

 二人がムウの示した扉を開けて、中へ入る。そこは書斎のようだった。

 本棚が部屋の壁にずらりと並び、入って突き当たりには大きな机。ここで色々な文献を手に取り、机でそれを読みながら書き物をしたりするのだろう。

 ここは魔法の研究と言うより、読み書きのための部屋という要素が強い。

 本が多くて驚いたが、今は眼鏡だ。二人は机に駆け寄ると、脇机の引出を開けた。そこには、似たような眼鏡がたくさん並んでいる。

 金ぶちや銀縁、黒縁などがある中で、サーニャは細い金縁の眼鏡をその中から取り出した。

 ポケットから出したのも、そっくりな金縁だ。それらを素早く入れ替える。

「ああ、まずい……」

 ムウがふわふわと、しかしこれまでより慌ただしく宙を旋回する。

「どうしたの?」

「アズラが戻って来ました」

「ええっ?」

 サーニャは、慌てて眼鏡の並んでいた引出を閉めた。

「ど、どうしよう。逃げるにも、そこの扉しかないわ」

「落ち着いて、サーニャ。あたし達、今は使用人なんだから、掃除をしていた振りをすればいいのよ」

「あ、そっか……」

 今二人が着ているのは、間違いなく女中頭にあてがわれた服だから、忍び込んだとはばれないはず。

 フォーリアは、ムウに向き直った。

「ムウ、この眼鏡を今すぐ別の物に変えられる?」

「はいはーい、それくらいお安い御用です」

 いざとなれば、フォーリアやサーニャにも鍵を元の形に戻したり、別の形に細工することは可能だ。

 しかし、経験の少ない二人では、どちらをするにしても時間がかかってしまう。

 元に戻すだけなら若干早くできるだろうが、今ここで戻して見付かったらおしまいだ。

「じゃあ、雑巾に変えて」

「ぞ、雑巾ですか?」

 ムウの丸い目がさらに丸く、大きくなる。

「ちょっと、フォーリア。竜の封印の鍵を、雑巾にするの?」

「このバケツに放り込めば、わからないでしょ。二人いるんだから、雑巾が二枚あっても変に思われないわ」

 ムウがサーニャの手にある眼鏡を、少し汚れた雑巾に変えた。

 その直後、扉が開く。

「何だね、きみ達は?」

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