第32話 突破口

 聞こえてきたのは、ショウと呼ばれていた男の声だ。

 近寄ってきていたゴブリンを牽制しながら、グレンが呼びかけた。


「鬼影隊か!? ひとり犠牲者が出たが、調査員たちは何とか無事だ。だけど、下手に動かせないほど怪我をしていて、まだ治療中なんだ!」


「犠牲者が出ただと!? ちっ、これは俺たちの落ち度じゃねぇからな。これで報酬が減ったら、お前らで補填しろよ!」


 救援が来たことで、英雄たちの目に力が戻って来た。暗かった雰囲気が少し和らぎ、戦意を喪失していた英雄の中にも再び武器を手にして戦い始める者が出てきた。

 とはいえ、状況が打開できたわけではない。包囲網を突破しなければ、調査隊の怪我人が回復したとしても、逃げ出すことは出来ないのだ。

 グレンは再び大声を上げ、鬼影隊の方へと呼びかける。


「そっちから逃げ道を作ることは出来ないか!? ゴブリンの数が多すぎて、包囲を破れないんだ!」


「見りゃ分かる! こっちもなんとか突破口を開きたいんだが……ええぃ、一体、何体いやがるんだ、ゴブリンどもめ!」


 こちらからはっきりとは見えないが、助けに来た鬼影隊もゴブリンの数の多さに苦労しているようだ。


「グレン! 治療が終わったよ! 意識は戻ってないけど、とりあえず、動かせる状態までには回復させた」


 その時、調査隊の怪我の治療をしていたユウから待ちに待った報告がきた。


「怪我人を肩とかに担いで移動出来るってことだな!?」


 襲いかかってくるゴブリンを叩き伏せながら、グレンが確認する。


「うん! だから、あとは退路を確保出来れば……」


「退路か……」


 英雄たちは広場の中心に集まって、それをゴブリンの大群が分厚く包囲している状態だ。

 北の方から鬼影隊が救援に駆けつけて来ているが、いまだに突破口を開くには至っていない。むしろ、鬼影隊を迎え撃つためにゴブリンが北側へと移動し、余計に包囲が分厚くなっていた。


「怪我人を運ばないといけないし、鬼影隊との合流は必須……突破するなら北側しかない」


 北方向に大技を放てば包囲網を崩すことが出来るかもしれないが、訓練場の時のように思わぬ威力が出てしまうと、鬼影隊を巻き込んでしまう可能性がある。


「となれば……」


 グレンは北方面にいるゴブリンたちの上空を見据えながら、セレナとアイリスに問いかけた。


「セレナ! さっきの空飛ぶ杖。あれを北側のゴブリンの群れの上に浮かばせることは出来るか? それと、アイリス。さっき、森を移動中にかけてた魔法、あれを俺にかけてほしい。ゲーム内の効果だと、確か空中で一度だけジャンプ出来るんだったよな?」


 グレンの問いかけに、二人が素早く反応する。


「杖だけなら10mくらい上空で滞空させられる。上に乗るつもりなら、ある程度は自動でバランスを取ってくれるけど、身体を傾けすぎると落ちるから」


「基本は高速移動の魔法ですが、意識を集中することで、ブーツに宿った風の精霊が一度だけ空中で足場になってくれます。その後は魔法が自動的に解けるので気をつけて」


 二人は、何をするつもりかとは聞かずに、すぐさま魔法を唱え、グレンの指示通りにしてくれた。その信頼が、グレンには嬉しく思えた。


「助かる!」


 それだけ言うと、グレンは剣を正眼に構え、呪文を唱え始める。


魔法騎士ルーンナイトグレンの名において命ずる。炎の魔獣、炎王の娘よ。盟約に従い我が剣に宿れ!」


 詠唱に反応するように、グレンの周りの空気が熱を帯びてくる。やがて、グレンの剣に纏わり付くように炎が巻き起こった。


「巻き込まれないように少し引いててくれ!」


 グレンはそう言うと、セレナが魔法で上空に浮かべた杖を見据え、大きく飛び上がった。一気に5mほど飛び上がったところで足に意識を集中する。アイリスがかけた魔法が反応し、足の裏に堅い感触が感じられた。


「ここだっ!」


 勘を頼りに空中を蹴り出す。見えない地面があるかのように、グレンは勢いを増してジャンプし、セレナの杖に降り立った。


 空中でサーフィンをするかのように、バランスをとりながら、真下を見る。

 広場の中央に固まる英雄たち、その周りを囲うゴブリンの群れ、北側から駆けつけてくれた鬼影隊が一望できた。

 何匹かのゴブリンが真上に滞空するグレンを何事かと見上げている。


 グレンは、英雄たちと鬼影隊の間にいる、包囲網北側のゴブリンの集団に狙いを定める。

 意識を集中させ、燃え上がる剣を大きく振りかぶった。


「レイディアント流魔剣術奥義!!」


 高レベル戦技を使おうとしただけで、身体中に負荷がかかるのを感じた。直感で、今の自分には、この技は負担が大きすぎるということを悟ったが、グレンはあえてそれを無視し、技の発動に全神経を集中させる。

 構えた剣から吹き上がった炎が、空中のグレンの周りにいくつもの大きな火の球となって漂う。

 それだけで地上のゴブリンたちにまで熱さが伝わるほどの熱量だった。


 突如、上空に現れた火球に驚き、慌ててゴブリンたちが逃げようとするが、密集していたので上手く身動きが取れないでいた。


 グレンは剣を構えた体勢のまま、前方に倒れ込むように大きく身体を傾ける。身体がほぼ真横になり、杖から足が離れ自由落下が始まるその瞬間、真下に向かって剣を大きく振り払った。


「【厄災の真紅クリムゾンディザスター】!!」


 グレンの叫びとともに、空中から真下に向かって火の球が落下する。

 逃げようとしていたゴブリンの集団の中心に次々と着弾。爆音とともに炎の奔流がゴブリンたちを一瞬で飲み込んだ。


「熱っ! なんて熱量だっ!」


 鬼影隊のショウが驚きの声をあげる。

 着弾点からはそれなりの距離があり、途中にいるゴブリンたちが壁にもなっていたため、鬼影隊に炎の影響はなかったものの、それでも肌を焼くかのような熱さを感じていた。


 炎の直撃は避けられたゴブリンも、その熱によって火傷を負ったものが大勢いたようだ。技の範囲以上に、多くのゴブリンが再起不能となっていた。

 統制の取れていたゴブリンたちだったが、さすがにグレンの戦技に恐れをなしたのか、大慌てで逃げていく。

 グレンのたった一発の戦技で、北側の包囲が崩壊していた。


 高温によって草木が一瞬で灰と化した地面にグレンが降り立つ。まだかなりの高温だったが、それをものともせず、グレンが剣を真横に振り払う。周りの木々に燃え広がろうとしていた炎が、その剣に吸い込まれるように集まっていき、延焼が止まった。


「へぇ、異世界の英雄ってのもやるもんだな。炎の魔法騎士ルーンナイト、いや、その様子だともっと上位の炎使いフレイムマスターか?」


「ま……そんな、ところかな。それより、退路の確保と、英雄たちの退避を手伝ってくれ」


 ショウにそれだけ言うと、グレンはその場にうずくまるように座り込んでしまう。

 ショウが手信号で、周りの鬼影隊に指示を出すと、半数は英雄の援護へ、もう半数は再び包囲されないように、周りのゴブリンを牽制し始めた。


「おい、大丈夫か? ずいぶんと辛そうだが、怪我でもしたのか?」


「いや、たぶん……今のレベルじゃ使えないはずの技を無理矢理使った反動が来てるんだと思う……。あちこち痛むが……すぐに落ち着くはずだ」


 痛みの感覚が制御された状態にもかかわらず、全身を貫くような激痛にグレンは襲われていた。

 そこへ、グレンの仲間たちが駆け寄ってきた。


「グレン! 大丈夫!? ごめん、怪我人の治療で高位の治癒魔法はもう使い切っちゃって。とりあえず、痛みだけ取り除くね」


 ユウが急いで神聖魔法をグレンにかける。


「すまん、助かるよ、ユウ。調査隊の怪我人は?」


「鬼影隊の人たちに援護してもらいながら、英雄の何人かで手分けして担いでもらってます。英雄側にも怪我人はいますが、ロベルトさん以外は、なんとか……」


 最後の方は消え入りそうな声になりながらも、アイリスが状況を教えてくれた。


「よし、じゃあ後は俺たち鬼影隊が引き受けるから、あんたらはさっさと転移地点まで撤退しな」


 近くの隊員に指示を出していたショウが、グレンに声をかけてきた。


「鬼影隊は撤退しないのか?」


 ユウの魔法でだいぶ痛みが引いてきたグレンは、立ち上がりながらショウに問いかけた。


「このゴブリンども、明らかにおかしいんでな。ゴブリンとは思えないほどの統率された動きをしてるし、一体一体の強さも並みのゴブリンより数段上だ。おそらくだが……かなり上位のゴブリンロードがどっかに隠れて指揮していやがる。そいつを見つけるか、どんなヤツか手がかりくらいは掴んでおかねぇと、あとあと厄介なことになる。だから、俺たちは、ここに残って戦うつもりだ」


 それは今の戦闘を経験した英雄たち全員が感じていたことだろう。ゴブリンは本来、弱い部類のモンスターだ。一匹だけなら、村の農夫でも退治できる程度の強さしかない。

 ゴブリンの恐ろしさは、数の多さで相手を圧倒することにある。だが、それも、元来の臆病な性格から、少しでも不利になると、仲間を見捨てて我先に逃げ出す程度だった。

 だからこそ、ゴブリンはそこまで大きな脅威とはならず、駆け出しの冒険者などが、最初の依頼としてゴブリン退治を請け負ったりするのだ。


 だが、これには例外がある。

 ゴブリンシャーマンやゴブリンロードといった、より強力な個体の中に、ごく稀に、群れ全体に大きな影響を与える個体が発生することがある。ある種の魔法的な効果があり、群れを絶対的な支配下に置くだけでなく、群れ全体の能力を強化するようなロードもいるのだ。


 とはいえ、それも劇的といえるほどの効果はない。せいぜい、他の群れのゴブリンより、体格が大きくなるとか、筋力が上がるとか、頭が良くなるといった程度である。ゲーム内では、ボスキャラから一定範囲内にいる雑魚キャラのステータスがアップするといった効果で表現されていた。


 だが、先ほどのゴブリンたちは、手練れの人間ほどの強さがあった。ただのゴブリンを、そこまで強化するほどの影響を与えるとなると、確かに放っておくことは出来ないだろう。


 グレンがそんなことを考えていると、鬼影隊の一人がショウの側へと駆け寄ってきた。


「ショウさん。隊長が、何人かは英雄について行って、無事に転移地点まで送り届けろって言ってます。ここの連中、異様に頭が回るから、何かに入れ知恵されてる可能性があるって。道中、また待ち伏せされてる可能性も考えた方がいい、と」


「なるほど……さすが隊長だな。じゃあ、お前、何人か連れて英雄たちについていけ。で、送り届けたら、また戻ってこい」


「何言ってるんですか。その役をショウさんがやるんですよ。隊長から、そう命令されてるんですから」


「なんだと!? 嘘だろ、隊長!?」


 ショウがそう言って、ゴブリンと戦ってる前線の方を見る。すると、隊長らしき人物がこちらを見ながら、手信号を送っていた。


「くっ……あぁもう、しゃあねぇ。おら、いくぞ、英雄さん方。とっととあんたら送り届けて、俺はまた戻ってこなきゃいけねぇんだからな」

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