放課後の英雄たち~やり込んだVRMMOは異世界人が運営する英雄育成シミュレーターでした~
鵜鷺冬弥
第1話 大規模攻略戦:『七炎』のヴァルヴェイン
「ぜ……全滅……全滅だと……50人以上いた主力が、たった一発の【
警告を発しようとした大柄の重装戦士を飲み込むように、真っ白に輝く熱線が戦場を薙ぎ払った。極太の光線が通り過ぎると、重装戦士の姿は跡形もなく消え去っていた。
ドラゴンの強さの象徴ともいえる【
「グレン、こっち! 急いで! 狙われてるよ!」
悲鳴と怒号が飛び交う中、戦場のあちこちの地面に掘られた塹壕のひとつから、女性特有の甲高い声が響いた。
神官服に身を包んだ若いショートカットの女性が、こちらに向かって走ってきている一人の戦士に向かって叫んでいた。
「くそっ! 一撃死するようなダメージで、このバカでかい攻撃範囲は反則だろう!?」
精悍な顔立ちに悔しさを滲ませながら、グレンと呼ばれた戦士が女神官が待つ塹壕へと全力で走っていた。
その背後では、新たな【
ほどなくして、グレンの周りの地面が、攻撃範囲を示す赤いエフェクトに包まれた。
塹壕までは、まだかなり距離がある。このままでは、塹壕まであと数歩というところで、背後から来るであろう灼熱の炎に包まれることになりそうだ。
「これはさすがに……間に合わないかっ!?」
グレンが覚悟を決めた、その時――
「あっ、シアちゃん、今、出るのは危険すぎるよ!」
塹壕に隠れていた女神官の隣から、金属で出来た小柄な雪だるまのようなものが、駆け寄ってくるグレンに向かって飛び出していった。
「シアッ!?」
シアと呼ばれた金属製雪だるまは――おそらく小柄な種族が、全身を覆う板金鎧を着込んでいるため、そう見えるのだろうが――グレンとすれ違いざま、手にした大きな盾を地面に突き立て、戦闘スキルを発動させた。
「【
無骨な見た目からは想像し難い可愛らしい声が響くと、突き立てられた盾を中心にイバラで出来た分厚い壁が出現した。
壁が生成されると同時に盾を引き抜き、シアもグレンの後を追うように塹壕へと全力疾走し始めた。
「ユウくん! お願い!」
「……っ! 【
シアの呼びかけに、塹壕にいた女神官が反応する。具体的な指示がなくとも、それだけで意図をくみ取り、すかさず神聖魔法を唱えた。
ユウと呼ばれた女神官が魔法を発動させると、地面に打ち立てられたイバラの壁が、淡い水色の光に包まれる。すると、どこからともなく水が湧き出て、壁をすっぽりと覆い尽くした。
『ゴォォォッッ!!』
次の瞬間、逃げる二人の背後で轟音が響く。
灼熱の熱波は、当然、走る二人の背後にも迫ってきたが、途中にある水に覆われたイバラの壁にぶつかると、派手な蒸気を発してその勢いが弱まった。
しかし、それも束の間。時間にして2、3秒、熱波の進行を止めただけで、すぐに壁は燃え尽きてしまった。
だが――
「ナイス、シア! 助かった!」
その数瞬の時間稼ぎのおかげで、二人は無事に塹壕に滑り込むことが出来ていた。
「うわーん、ユウくんの支援魔法があっても、私のスキルじゃ火属性ドラゴンは相性悪すぎだよぉ。一瞬でお花の壁が燃え尽きちゃった……」
「その一瞬のお陰で助かったんだ、ありがとな」
グレンが感謝を込めて、隣に座るシアの頭を撫でてやる。バケツの様な兜のせいでガッチョガッチョと金属音しかしないし、表情も見えないが、おそらく喜んでいるみたいだ。
「でも、さすがは『七炎』のヴァルヴェインだね。多種多様な【
ユウが塹壕からひょっこりと顔を覗かせ、遠くで未だ怒りの咆哮を上げ続けるドラゴンを見る。
グレンもユウの隣から顔を出し、先程まで接近戦を挑んでいたドラゴンの様子を伺った。
「うーん……超怒ってるなぁ。手当たり次第にブレス吐きまくってやがる」
「うわぁ、おっかないなぁ……。でも、無理ないよ。いきなり寝込みを襲われて、尻尾を地割れに挟まれたあげく、30分近くに渡ってチマチマと攻撃され続けたんだもの、そりゃあ怒るよねぇ」
「それにしても、何で
「さぁ……ボクは怪我人に回復魔法をかけるので忙しかったから……。でも、騎士団の神官達の詠唱は聞こえてたから、防御魔法はちゃんと発動してたと思うよ?」
「……たぶんですけど、防御魔法の種類を間違えたんだと思います。超広範囲型のブレスが飛んできてるのに、壁役を守るための個人用防御魔法が展開されてましたから……」
同じ塹壕に身を潜めていた獣人アバターの女性がそう話しかけてきた。大勢の仲間が一瞬で蒸発するのを目の当たりにしたせいか、若干顔色が青ざめているようにも見える。
「くそっ、きっと地割れで尻尾攻撃を封じたせいで攻撃パターンが変わったんだ。高レベルの土精霊使いが入団したからって、無理して攻略に組み込むからだ。難易度が高くても、既存の攻略方法でやるほうが良いってあれだけ言ったのに」
「グレンの言うことはもっともだけど、ボクたちはギルド外の助っ人要員だからね。今回の攻略の立案者は
「それはそうだが……せっかくアイツのHPを残り20%くらいまで削ったっていうのに……もったいない」
悔しがるグレンをユウがなだめている間にも、あちらこちらから轟音と悲鳴があがっていた。
今まで指揮をしていた人間がいなくなったことで、生き残った者たちに混乱が生じているようだ。怒りのままに暴れ回る巨竜の攻撃にさらされ、いたずらにその数を減らすばかりであった。
「おーい、グレン! 生きてるかー?」
このままだとジリ貧だな、とグレンが考えていると、どこからともなく自分を呼ぶ男の声が聞こえてきた。
「その声はラルか? 相変わらずしぶといな、お前は」
どうやら、比較的近くにある、他の塹壕から話しかけてきているようだ。
「悪運だけが自慢なもんでね。
「こっちはいつもの3人組と、騎士団の後衛部隊の人が3人、計6人だけだ。そっちはどうなんだ? 全体で何人生き残ってるか分かるか?」
「こっちで把握してる生き残りは15――ああっ、クソ! 今のブレスで、12人に減った! 他のいくつかの塹壕にも、何人か生き残りはいるみたいだが、全部合わせても30人はいないだろうな」
「ラル、騎士団の幹部連中と連絡は取れるか? 俺はフレンド登録してなかったから連絡手段がないんだ」
「今まさにメッセージをやり取りしてるところだ。おっと、ちょうどあちらさんのギルドマスターから返信が届いたよ。『100人体制で30分戦って20%までしか削れなかったんだ。残り時間も10分くらいしかないし、残った人員だけで倒しきるのは無理だ。今回は攻略を諦める』……だそうだ」
「無理だから諦める、ね……じゃあ」
後ろ向きな返答だったが、グレンは待ってましたとばかりにニヤリと笑みを浮かべながらこう言った。
「あとは俺たちが自由にしていい、ってことだよな?」
「そう言うと思った! こっちはダメージレースで一番取りたがるようなやつらが残ってるぜ。近距離、遠距離、魔法職……火力は心配しなくても大丈夫そうだ。問題は回復職だな。おそらくまともなヒーラーは、そっちのユウ氏しか残ってなさそうだが」
「だそうだ、ユウ。いけるか?」
「無茶なこというなぁ。普通、一人のヒーラーが担当するのは、5、6人って言われてるのに、ボクひとりで30人近く面倒みろっていうのかい? それはずいぶんと……おもしろそうだね」
ユウの温厚そうな顔立ちに、先ほどグレンが浮かべたものとそっくりな笑みが浮かぶ。
「シアもいけるか?」
「もう……そんな楽しそうな顔して聞かれたら断れるわけないじゃない……。それに、お兄ちゃんたちの悪い癖が移っちゃったのか、私もちょっとワクワクして来ちゃったよ」
ガチャガチャと金属鎧を鳴らしながら、シアも同意する。
「こっちはオッケーだ! 指揮はどうするんだ?」
「戦闘指示はグレン、お前が仕切ってくれ。この中じゃ、お前が一番、ヴァルヴェインとの戦闘経験が豊富だ。俺たちは、お前の指示に合わせるぜ」
「俺の指示はかなりシビアだぞ。対応できるのか?」
「言ったな、この野郎。1フレームも遅れずに合わせてやるぜ! お前こそ、敵のスキルを読み間違えるなよ?」
言い終わると、グレンたちは塹壕内に残しておいた補給品から、消費したアイテムを補充したり、装備が壊れていないかをチェックし始めた。
そのやり取りを見て、あっけにとられていた
「い、今から、あのドラゴンを倒すっていうんですか? 戦力だって最初の四分の一くらいしか残っていないのに? 無理ですよ、そんなの!」
「あー、ダメダメ。ボクたちみたいな、このゲームをやり尽くしてるような廃プレイヤー相手に、無理とか無茶とか言って止めようとするのは、まったく逆効果だよ? そんなこと言われると……絶対達成してやるって思っちゃうから」
「そういうこと。それにこれは、もともと君らのギルドが受けたクエストだろ。最後まであきらめずに、一緒に戦おうぜ。君ら後衛部隊の支援、頼りにしてるからさ」
グレンの言葉に、戸惑いを見せる騎士団メンバーたちだったが、お互い視線を交わし合うと、力強く頷き合い、覚悟を決めたようだった。怯えた表情は、いつのまにか、期待と興奮によって塗り替えられていた。
「よーし、いくぞみんな! ヤツは尻尾の攻撃は封じられてるが、そのせいで攻撃パターンが変化してる! セオリーは一旦忘れて、臨機応変にいくぞ! 初見プレイのつもりでやれ! いいな!」
あちこちから、威勢の良いかけ声が返ってきた。士気は落ちるどころか、もしかしたら万全の状態だった攻略開始時よりも高くなってるかもしれない。
「必ず時間内に倒しきるぞ! あと、11分34秒だ!」
しばらくして――多くのプレイヤー達が行き来するゲーム内の主要都市に、ファンファーレとともに花火や紙吹雪といった派手なエフェクトが舞った。
それと同時に、広場にある大きな公式掲示板に、大規模クエスト『七炎』の攻略成功アナウンスが流れたのだった。
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