第52話 右左のピンチ

「おい、なんか言ったらどうだガキ。それとも恐怖で喋れないか?」


「グランツ……」


「なんだ、俺のこと覚えてんじゃねえか」


 右左うさに声をかけてきたのはグランツという盗賊だった。ナラーズという盗賊団を率いる、鬼人オーガ族の男だ。

 右左の倍以上ある背丈に二本の角。赤銅色の屈強な身体はいかにも恐ろしげだった。


 右左は以前ナラーズの食料庫に盗みに入り、失敗して捕まったことがある。その時は右左のスキル《いなばの白うさぎ》で全員をだましてうまく逃げ出したのだが、まさか再会してしまうとは思わなかった。


《いなばの白うさぎ》はどんな相手もだますことができる便利なスキルだが、一度だました相手は二度とだませないという制約がある。

 つまり今回スキルはもう使えない。


 グランツも右左のスキルの弱点は知っていた。何度も盗賊を相手に盗みと嘘を繰り返していた右左は、その情報が大きく出回ってしまったのだった。

 そのため右左を警戒していないグランツは無造作に近づいていくる。


「なんでこんなところにいるんだぁ? たしかてめえは掃き溜め村の世話になってるはずだろ」


 天道が来る前のハロウィン村には名前が無かった。そこで住民や周辺のものは単に追放者村と呼んでいたが、口の悪い盗賊たちは蔑んで掃き溜め村と呼んでいた。

 恐ろしい敵に見つかってしまい恐怖に足を震わせながらも……右左は言い返す。


「……もう、掃き溜め村じゃないよ。今はハロウィン村っていう立派な名前があるんだ」


「ハロウィン村ぁ? いっちょ前に名乗りやがってくだらねえ。まあ名前なんてどうでもいいんだ」


 グランツは悠然と近づくと、右左の頭を鷲掴みにする。振り払うこともできず右左はされるがままだ。


「てめえんとこの村の正確な場所を教えろよ。こっちは逃げるときに地図もなくしちまってな、いいカモだった狩り場を失って困ってんだ」


 右左が、小さく息を呑んだ。

 ハロウィン村の場所を、教える?


「てめえの村、最近羽振りがいいんだって? 噂になってんぜ。なあにこっちは食料をいただくだけだ。無駄に村人を殺したりしねえよ。俺達に貢ぐやつがいなくなっちまうからなあ」


 卑しい笑顔を浮かべてグランツが言う。


 村の場所を教えるなんて絶対ダメだ。拒否しなきゃ……、そう思うのに右左は言葉が出せなかった。


 怖い。

 怖い。

 怖い。


 久しぶりに右左は自分がただの中学生だったことを思い出した。眼の前のグランツが怖くてしょうがない。戦うスキルを持たず、逃げ出すためのスキルも効かなくなっている今の右左に、抵抗する術はない。


 恐怖で震える右左を見て、グランツはますます笑みを深くした。


「安心しろ、場所を教えたらお前だけは見逃してやる。そうだお前、一ノ瀬汨羅が留守の時間も教えろよ? せっかくだ、ついでに村の家に火をつけてこい。混乱すれば俺達も仕事がやりやすくなるからよ。なあにだましや裏切りなんていつもやっていたことだろう?」


 そうだ、なにをためらう必要がある。

 今まで何度もだましてきたじゃないか。

 だまして、裏切って、ウソをついて


 そうやって生き残ってきたんじゃないか。


 右左は――、


「ヤダね」


 挑発的に笑いながら、相手に中指を立てる。


「お前なんかに絶対教えてやるもんか」


 グランツが、冷めたような目で右左を見た。右左の頭から手を話すと両拳を握りポキポキと音を立てる。


「……返事はそれでいいんだな?」


 右左の額から冷や汗が流れる。だが、笑みは変えないまま言葉を継いだ。


「そういえば言い忘れてたことがあったよ」


「ああ?」


「グランツのその角、すっごいダサいよね。かっこいいと思ってんの? キッモ」


 ボンッ!


 熊のように巨大なグランツの拳が振り抜かれた。小柄な右左の身体がまるで木の葉のようにふっとばされる。


 右左は空中で自分のアバラが折れる音を聞いた。なんとか柔らかい砂地に着地するが、衝撃で気絶しそうなほどの激痛が襲う。


「がっはっ」


 砂の上に赤い血を吐いた。血はあっという間に砂に吸われて乾いていき、赤黒いシミだけが残る。


 いつの間にか周囲はグランツの子分によって包囲されていた。その中をグランツが、何気ない足取りで歩いてくる。


「とりあえずー、耳な。そのバカみたいに長い耳から引きちぎってやる。そんから目だ。えぐってやるよ」


「くっ、はっ……、服と同じで、趣味悪いね」


「……やっぱ先に、その顎砕いとくか」


 グランツが再び大きく腕を振り上げたときだった。


「俺の仲間になにしてるんだ、てめえ!」


 突然空からまっすぐな蹴りがグランツを襲った。グランツの巨体が数メートルも吹き飛ぶ。


「がはあああああっ!?」


「グランツさん!?」

「頭ぁ!?」


 想定外の事態に子分は驚いて固まっていた。

 その間に、空から降り立った人物が右左を助け起こす。


「無事か!? ウサ!」


「おにーさん……」


 どうやって来たのかはわからない。でも確かに天道だった。

 天道が、安心させるように笑いかけてきた。


「大丈夫かウサ。ちょっとだけ我慢してろ。すぐにこいつら片付けて村に帰してやるからな」

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