第9話 砂漠を開墾しよう

「そうだ燕。昨日はありがとな」


「なに急に」


「昨日の夜、鈴芽が泣いていたから外に連れ出してくれたんだろ。あのまま寝ていたら俺だって気が滅入っていた。だから助かったよ」


「いいのよ。あたしも思い切り歌えてスッキリしたわ」


 んん、と声を上げて燕が伸びをする。


「で? 昨日は遅かったのに、なんであんたは早起きしたの? やる気があるのは殊勝な心がけでいいけど……。ずいぶん暗い顔してなかった?」


「目ざといなあ。いや、これからのことを考えていたんだよ。俺の《枯れ木に花を咲かせましょう》は結局育てる元の植物がないと発動できないからさ。この砂漠でどうやって新しい植物を見つけるか、悩んじまって」


「なるほど。あんたなりによく考えているじゃない」


「あんたなりは余計だよ。で、燕はどうしたらいいと思う?」


「そうね……」


 広い砂漠を眺め回してから、燕が続ける。


「植物はしばらくどうしようもないわ。この砂漠ですぐに食べれたり役立つ植物を見つけるのは、かなり難しいから」


「なにか知ってるのか?」


「このエンドア砂漠だけど、最初から砂漠だったわけじゃないらしいの。かつてはむしろどこまでも緑の絨毯が続く広い草原だったそうよ」


「へえ、なんでこんな荒れちまったんだ?」


「なんでもここは元々ミストハンザ王国っていう国の領土だったらしいんだけど、バシル帝国が100年くらい前にここで禁忌魔法を使ったのよ」


「禁忌魔法?」


「この世界に元々ある魔法のことを一般魔法って呼ぶことは話したでしょう。その中でも特に強力で破滅的なやつを禁忌魔法って呼ぶの。威力は大きいけど後の被害もひどいことになるから、使用を禁じられている魔法ね」


「そんなの使ったのかよ。つくづくとんでもねえ国だな帝国は。帝国はどうなったんだ?」


「国連があるわけじゃないからねえ。実質お咎めはなかったみたい。もともと周囲から嫌われまくってる国だし、外交関係が悪くなっても関係ないんでしょ。むしろ被害にあったのはミストハンザ王国よ。国土の1/4が荒廃した上に戦争にも負けて、散々だったみたい」


「ひでえ話だ」


「それで、この世界には6つの強国があって『戦国六強』って呼ばれているらしいんだけど、もともとはミストハンザ王国も加えて『戦国七雄』だったらしいの。でもミストハンザ王国はエンドア砂漠の戦いで大きく国力を衰退させて七大国から滑り落ちた。今は国土の1/3が砂漠化。1/3は帝国に侵略占領されてしまって、残りの1/3しか領土が残ってないらしいわ」


「踏んだり蹴ったりじゃねえかひどすぎる。俺たちがやられれたこともそうだが、絶対帝国のこと許せなくなってきたぜ」


 この世界はどの国も戦争ばかりやっていると聞いて嫌な気分だったが、切実な事情で戦っている国もあるようだ。俺だってそのミストハンザ王国の人間だったら、帝国許せねえ! となって戦うだろう。


「で、話を戻すけど、このエンドア砂漠はその時使われた禁忌魔法による毒の影響が今も残っているのよ。毒は時間が経ってもほとんど分解されないまま地表に残って、雨のたびに水と混じって周囲に広がって、どんどん周囲の土地を荒廃させているらしいわ。だから草木は一本も生えてないし、育たないってわけ」


「それでミストハンザ王国の土地が1/3も砂漠化しちまったってわけか」


「そう。毒を浄化しない限り人も生き物も住めないし、毒によって強力になったモンスターははびこるしで、王国も土地ごと放棄することになったのね。それでここは事実上世界のどこの国でもない巨大な廃棄地区になって、世界中から人々がゴミを勝手に捨てるようになったわけ」


「可哀想な土地だな……」


 俺はあらためて周囲の砂漠を眺めた。

 事情を知るとこの砂の大地すべてがかわいそうになってくる。人間の(特に帝国の)勝手な都合で荒らされ尽くした大地。今もゴミ捨て場にされて……あまりにひどい。


「なんとか、俺の能力で再生できないかな」


 大して考えもしないままつぶやくと、燕が嬉しそうにこちらを見た。


「あたしも同じことを考えていたわ。《枯れ木に花を咲かせましょう》は強力なスキルだもの。もしかしたらこの大地を蘇らせることもできるかもしれない。やっぱあんた、お人好しね」


「なんだよ急に、からかってんのか」


「褒めてるのよ。あんたを信じたあたしは間違ってなかった。まず人のため土地のためにスキルを使おうとするなんて、やっぱいい奴ね。あたしの目に狂いはなかったわ」


 とんでもない上から目線で褒められる。


「へいへいありがとよ。ま、話はわかったよ。この土地じゃ新しい植物を見つけるのは相当難しそうだ」


「国を追放された民が住み着いてるって話もあるけど、もう百年も砂漠化した土地だからね。まともな植物は生えてないと思うわ」


 ふと、思いついたことがあり燕に尋ねる。


「なあ、さっき言ってたミストハンザ王国に行くことはできないのか? 帝国と敵対している国だ。帝国から逃げてきたって言ったら、もしかしたら歓迎してくれるんじゃないか」


「うーん、可能性もなくはないけど、まず無理でしょうね」


「なんで」


「あんたねえ……ミストハンザ王国に行くにはこの砂漠を越えて歩かなきゃいけないのよ。方向もわからない今の状態で闇雲に進んだら確実に遭難するわ」


「けどよお、広いっつっても砂漠だろ。すずめのお宿もあるんだし、ずっと歩いていたらいつかはたどり着くなんてことも……」


「あのねえ……」


 燕が呆れたような目を俺に向けてくる。


「例えば地球の話だけど、サハラ砂漠はアメリカ本土と同じ大きさがあるのよ」


「げっ、あれってそんなでかいのか!?」


 歩いて渡れる距離じゃねえ!


「あんたの地理の成績が大体わかったわね……」


 髪をかきあげて、燕が遠くを見るように目を細めた。


「この世界の地理なんて知らないけど、この砂漠だってどこまで広がってるかわからない。周囲の探索はするにしても、全体像の把握なんてやめといたほうがいいわ。少なくとも今はね」


「じゃあやっぱり、地道に開墾してここを豊かにしていくしかねえか」


 やれやれと俺は頭を振る。


「大丈夫よ。あんたの《枯れ木に花を咲かせましょう》なら簡単にできるって。異世界テンプレでも栽培系はだいたいチートじゃない」


「たしかに。こう、クワとかガッと入れただけで一気に耕すとかあるよな」


 問題はクワみたいな道具がなにもないことだった。周囲に草木も生えてないから、自作することもできない。


「なんか土を掘り起こすそれっぽいものなら、たぶんスキルも発動するんじゃないかしら」


「それっぽいもの、ねえ」



◆◆◆◆



 ざっく、ざっく、ざっく、ざっく――。



「あははははははは! 似合ってる、似合ってるわよ天道」


「うるせーお前爆笑してんじゃねえ」


「ひーーひーー、スマホ没収されたのホント残念だわ。絶対写真取ったのに」


「お前ほんといい性格してるな!」


「……ふわ〜あ、ふたりともおはよ〜。ごめんね、私だけ寝ちゃって……。あれ、なにしてるの?」


「ちょうどいいところに来たわね鈴芽! 見てよこれ」


 眠そうに目をこすりながら鈴芽がやってくる。見られるのは恥ずかしいが、俺は黙って作業を続けた。


 ――俺と燕は一度、《すずめのお宿》に戻ってクワの代わりになりそうなものを探したんだが、ちょうどいい道具はなかった。やはりレベル1のお宿は最低限の生活必需品があるだけで、農作業に向いた道具など揃えて無いのだ。


 結局どうしたかというと、とりあえず土を掘り起こせそうなものならなんでもいいということで、「お玉」で耕作をすることにした。

 キッチンに置いてあったお玉を農作業に使うのは申し訳なかったが、他になにもないのだから仕方ない。


 今俺は、中腰になってお玉を砂漠に振り下ろしている。


 ざっく、ざっく、ざっく、ざっく――――。


「あははー、天道くんかわいい〜。でもなんでお玉?」


「他にクワの代わりになりそうなものがなかったのよ。ごめんね鈴芽、あなたの台所用具勝手に使っちゃって」


「ううん、それは全然いいんだけど、お玉で掘ってるにしてはなんか土がすごい変わってない?」


「そうなのよ。《枯れ木に花を咲かしましょう》のおかげね」


 結果的にお玉で耕すのはうまくいった。土を掘り起こせればなんでもいいという考えは間違っていなかったみたいだ。


 耕作のやり方はこうだ。


 まず俺が《枯れ木に花を咲かせましょう》を発動し、マナで灰を作る。

 その灰を耕作したい土地に振りまいてから、お玉で耕していく。すると掘り返した砂がいきなり農業に向いてそうなふかふかの土に変わるのだ。

 しかもお玉をザクッと入れるだけで一気に3㎡くらいの土地が耕せる。これは気持ちいい。

 ついいくらでも耕してみたくなる。

 

 お玉で砂を掘り返すだけの作業だが、日本にいた頃、「牧場○語」的なゲームが好きだった俺は正直かなり楽しかった。

 いいよな、あのゲーム、野菜育てたりとか魚釣ったりとか、鶏や牛を飼うのもすげえ楽しかった。

 現実の農業はかなりきついって聞くけど、ゲーム的に楽しめるならやってみたいもんだ。


 ちなみに、砂に灰さえ撒いておけば俺以外のやつが耕しても良い土になるんだが、燕は手伝ってくれなかった。

 燕は一回掘り起こす実験をしてくれただけで、


『どうせお玉は一本しかないし、格好がアホっぽいから嫌』


 とたいへん心温まるお言葉とともに拒否したのだ。


 あんにゃろう。


 今は応援だけしている。応援というよりほとんど野次だったが


「腰かがめてばっかりだと痛めるわよ! 足開いてもっと腰を落としてやりなさい腰を」


「こうか……? うおっ、太ももキッツ!」


 相撲の稽古みたいな姿勢で耕作を進めていく。移動はカニみたいに横歩きだ。

 これ明日太腿の筋肉やばいことになるんじゃないか……?


「ほら、鈴芽も応援してあげたら。多分やる気出すわよ」


「そうかな? フレー! フレー! 天道くん!」


「くっそー、お前ら他人事だと思いやがって!」

 

 美少女二人がキャッキャと笑いながら俺の応援をしている。


 日本だったら最高のシチュエーションなんだろうが、今は全然嬉しくねえ!


 俺のことを本気で心配してくれているのは、モンスターを狩りながら見守ってくれてるジャックくらいだった。

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