魚ソング
@rabbit090
第1話
いつだって君を見ていた。
どんな時も、僕の真上をけだるそうに動いている、君の姿を見つめていた。
けど、それももうなくなってしまった。
まあ、いいんだけど、なければないで、僕はまた退屈で刺激のない生活に戻るだけだった。それだって、別に嫌って訳じゃない。刺激なんて、自分で見つける物なのだから、要らないと思っているのだから、僕はそれでよかった。
大きな奴らがやってくる、でも身を潜めていれば大丈夫。
僕はこの世界には必勝法、というものが存在していることに気付いてしまった。最低限、それだけ守っていれば、死ぬことは無い。
僕はそうやっていつも通りを、続けていきたいのだ。
「お母さん。」
「お母さん。」
お母さんだなんて、呼ばないで。
そう、僕らの世界ではそれが当たり前だった。過酷だから、手放しに放浪していられるほど、余裕などない。
「…じゃあ、なんて呼べばいいんだよ。」
僕らには、言葉があった。
けれど、僕の言葉はいつも、誰にも届くことがない。
どうしてなのか、分からなかった。
けれど、君は、僕のことを、分かっていた。
視線を飛ばしても、上手くかち合うことなど無かったのに、君は、僕のことを見つけてしまった。
ヤバい、でも。
「こんにちは。」
「こんにちは…。」
挨拶ができた、それ以来、いつも集団で行動している君とは、目を合わせることは無かったけれど、僕は、見ていた。
君を、見ていた。
はあ、ため息をついたって、死ぬことは無い。けど、生きているという言えることもなにもない。
そして、君も相変わらず忙しそうにくるくると回っている。
僕は、何を不快に思っているのか、それすら理解することができなかった。
「死んだ魚みたいな目。」
ちょっと呟いてみたけれど、確かに、そうかもしれない。
ああ、確かに、僕はいつも覇気がないって、言われるし。たまにすれ違うだけでも、元気?って聞かれるし。
そもそも、僕は、
「魚でしょ?」
「魚…?」
「そうだよ、君は、魚だよ。」
君と、すれ違ったと会話、僕は、水底深くに住んでいるから、見たことがないけれど、でももっと陸の方に行くと、君と似たコを、見たよ。と、教えてくれたよね。
「でも、魚なんて言葉、どこで知ったの?」
「ふふ、私はね、情報通なの。仕入れ先があるのよ、君だってその言葉、その言葉の概念、どこから来たのか、知りたいでしょ?」
「…別に、いいよ。」
僕は、もったいぶって話す彼女のことを、疎んじた。なぜか、馬鹿にされている、と思ってしまったのだ。
「ははは。でも、君程色々なことを理解しているコは少ないよ。自信、持ちなよ。」
彼女は、そう言ってその場を去った。
そして、僕は気づいた。
きっと、僕は自分自身のことが、一番分からない。
知りたいのもきっと、自分のことなのだ。
でも、それじゃ前に進めないし、足りない。
僕は、もっと、僕は、もっと。
………。
僕は、前に進みたい。
何かを、手に入れたい。
知りたい、けれど。
目の前は真っ暗に、染まっていた。
魚ソング @rabbit090
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