第28話 結婚の条件

 結婚式から二日間、ファハドはミライの寝室で夜を過ごした。三日目にアイシャ、ビアンカ、ベスを交えて昼食を囲んだあと、彼はミライたち四夫人に書類を配った。


「婚姻に関する契約書、ですか」


「そうだ。結婚申込書に記載した『別紙参照』の別紙のことだ。読んで質問があれば受け付けるぞ」


「はい」


 ミライは書類を受け取り目を通した。内容はほぼ一般的な結婚契約書の内容に近い。不貞に対しての取り締まりや財産についてが主だ。第一夫人のミライに関しては公務の同行も義務とされている。これは王族ならではといったところか。そう思いながら冷静に書類を読んでいたミライは、最後に書いてある条件に目を疑った。


「なお、体調不良時を除き、男児を出産するまでは共寝の申し出を受け入れることとする……ですって?」


「ミライ。仕方がないんだ。俺も一応王子だから後継が必要なのはわかるだろう?」


 申し訳なさそうな言葉とは裏腹に、ファハドが爽やかな笑みを向けてくる。言っていることは至極真っ当で反論の余地はない。ミライは諦めてため息をつく。


「え! 男児を最低一人は出産すること、って嘘でしょ?」


「私もだ……」


 キンと高音がミライの頭に響く。大声を出したのはアイシャだった。そして隣では困惑した表情のビアンカが書類を見つめ呟く。彼女たちに向かってファハドは苦笑した。


「ミライひとりで男児を産み続けるというのは無理がある。ふたりには手分けをして欲しい。詳しくは今夜君たちの寝所で説明しよう」


 アイシャとビアンカは顔を見合わせ、静かに頷いた。その瞳はやや曇っているように見えた。彼女たちの関係を知っていながらも提案したということは、本気なのだろう。


「わかりました……」


「ありがとう。ふたりとも」


「あ、あの! 私は出産については何もなかったんですが……」


 重たい空気を吹き飛ばすように、ベスが手を上げていた。ファハドは彼女の前まで歩いていき、膝を曲げて身長を合わせ頭を撫でる。


「さすがに未成年の女の子には頼めないな。保護するために手っ取り早いから結婚したが、エリザベスのことは年の離れた妹のように思いたい。正式にどうするかは、君が成人してから話し合わないか?」


「は、はい。私はそれでいいですけど、でも、みんなは……」


 自分だけ妻としての役割を果たさないことが申し訳ないのか、ベスが肩を丸めて俯く。ミライはベスに歩み寄り、彼女の手を握った。


「ベス。ファハド様の言うとおりよ。あなたは私たちにとっても妹みたいなもの。ここでは妻としてではなく、十三歳の女の子として自由に生きて欲しい」


「ミライ……」


 アイシャとビアンカも慌てて駆け寄り、ベスに抱きつく。


「そうだよベス、出産なんてまだ早い! 気にしないの!」


「ああ。こういうことは大人に任せてくれ」


「みんな……。本当にありがとう」


 ミライは瞳を潤ませながら礼を言うベスに微笑みかけた。そして友人たちと顔を見合わせる。自分たちが動揺したせいでベスに余計な心配をさせてしまった。初恋を失い契約婚をするしかなかったミライにとって、少女のうちに実家のしがらみから解放されたベスは、同じ妻の一人とはいえ自由の象徴であり希望だった。きっとアイシャとビアンカも同じ気持ちを抱えているだろう。


「みんな、もし子供が生まれたら、お世話は一緒にするからね!」


「ええ、期待しているわ」


「楽しみだな」


「頼んだよ!」


「うん!」


 仕事をするというファハドとピエールが部屋から出ていき、ミライたちは夕食までの時間を四人だけで楽しく過ごした。その後夕食や寝支度を済ませて各自寝室に戻った。


「今日は一人でゆっくりできる日なのね」


 ふうと息を吐き、ミライはソファに座った。予定では今夜、夫はアイシャとビアンカの元に通う。あのふたりは大丈夫だろうか? 世継ぎのためなのは理解しているが彼女たちを思うと胸のあたりがずんと重く感じる。こんな日はさっさと眠ってしまおう。ミライはベッドに潜り込んで布団を被った。


 寝るには少し早い時間だったこともあってか、なかなか眠れずに何度も寝返りを打った。やっと少し眠気を感じてきた頃、扉をノックする音が聞こえ上体を起こす。聞き間違いかも知れない。そう思っていると再びコンコンという軽快な音が入り口から聞こえる。


「はい、どちらさまでしょうか?」


「ミライ、俺だ」


「ファハド様?」

 

 ドアの向こうからは来ないはずの夫の声。ミライは髪の毛を手で整え、ドアノブに手をかけた。


>>続く

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