第27話 俺もだが?

 生まれて初めて、ミライは他人に抱かれながら朝を迎えた。目を開けると優しく微笑みこちらを見ているファハドと視線が交わる。


「おはよう、ミライ」


「おはようございます、ファハド様。起きていらしたのですね」


「ああ、少し前にな。ミライの寝顔が可愛らしくて眺めていた」


「そんな、恥ずかしいですからやめてください!」


 ミライは勢いよくファハドに背を向けた。本当はベッドから出たいところだが布団の中では一糸纏わぬ姿だから出られない。


「昨夜は寝顔以上のものを見せたというのに。その初々しい反応もまた可愛らしいな、ミライは」


 ファハドが背後から腕を回し、ミライを抱きしめる。触れ合っている部分が温かい。人の腕の中とはこんなに心地よいものなのか。微々たるものではあるけれど、たった一晩で揺らぎそうな心に戸惑いを隠せない。ごまかすように背を向けながら返事をする。


「それはその、私はは初めてですから。手慣れているファハド様とは違うに決まっているじゃないですか」


「いや、俺も初めてだが?」


「えっ?」


 一気に羞恥心が吹き飛ぶ。ミライは思わずファハドに振り向いた。彼は朝起きたときと変わらぬ笑顔を向けていた。聞き間違いかと思い恐る恐る夫の顔を覗き込む。


「ええと、初めて、ですか? あの、昨夜のような、アレは……」


「ああ。誰かと肌を合わせたのも、母親以外と一緒に眠ったのも初めてだ」


「ええ!」とミライは目を見開いた。昨夜は正直すごかった。とても未経験とは思えない慣れた手つきで、今まで相手にしてきた女性は数知れずなのだろうと思ったのに。疑いの眼差しを向けていると、彼はくすくすと笑いミライの髪をかき上げる。


「どうやら俺は未経験に思えないほど、妻を満足させられたのだな?」


「そ、それは……聞かないでくださいっ」


 昨日の記憶がより鮮明になり、一気に顔が熱くなった。目を伏せようとするも、ファハドに顔を押さえられていて動けない。彼はそのままミライ右目にキスを降らせた。


「確かに王族にとって子孫を残すことは必須だ。年頃になれば性技の指南もある」


「そう、ですよね」


 王家や領地持ちの貴族家では、男子は成人前に性技の指南を受ける風習がある。ファハドは今年二十一歳。とっくに成人しているので、もちろんすでに指南は済んでいるはず。ミライは彼の返事に戸惑い眉を寄せた。


「俺の場合は十六歳のときだ。ある夜、指南役の女が寝所にやってきてな。そして俺に抱きつき、ナイフを向けてきた」


「え……」


 全く笑えない昔話。笑いながら話すファハド。ミライは言葉を失った。彼は苦笑しながらミライの頭を撫でる。


「こうして生きているということは、襲撃は失敗したわけだ。発表できるような証拠は出なかったが、アレは王妃……つまり第一王子の母の差金だったとわかった。以来、俺は誰とも眠っていない」


「そんなことがあったのですか」


「ああ、だからもし寝るなら、それは命を賭けてもいいと思える相手と決めていた。俺はミライになら殺されてもいいくらい愛している」


「ファハド様……」


「できれば一緒に生きて欲しいがな」


 ファハドの黒い瞳が弧を描く。顔を寄せ唇が重なる。ミライはそっと目を閉じ、覆い被さる夫の重みを昨日よりもしっかりと感じ取り受け止めた。



>>続く

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