第17話 帰宅

「「ミライ!」」


「おかえり〜」


「お帰りなさいませ、ファハド様、ミライ様」


 ミライがピエールの屋敷に戻ると、すでに用事を済ませ戻っていた友人たちが寄ってきた。いつもと変わらぬ彼女たちの笑顔に安堵あんどする。ここには自分の味方しかいない。他人になった人間のひどい言葉など、忘れてしまえばいいのだ。ミライは友人たちに笑みを返す。


「ただいま。みんな、実家はどうだった?」


 ピエールが用意した飲み物や菓子をつまみながら「ちょっと聞いてよ」という友人たちと談笑する。


「へえ、じゃあミライはサウード侯爵家の養女として結婚するんだ?」


「そうよ、アイシャ。お父様ともうまくいってなかったし、お兄様とはほぼ関わってこなかったし、これでよかったと思ってる。ビアンカのところは?」


 問いかけるアイシャに頷きながら、ミライはビアンカに視線を移す。彼女は紅茶を飲んでふうと息を吐いた。


「嫁ぎ先が第二王子と聞いて嫌な顔はしていたな。だが一生独身よりマシだと言って許してくれたよ。ザイバット家からパーティーについて抗議がなかったというのもあるがな。ベスのところは大丈夫だったか?」


「ええ。不思議とザイバット家から抗議はなかったみたい。兄さんには『自分のせいですまなかった』って謝られたの。あと、ミライに手紙も預かったわ」


 ベスが白い封筒を出る。ミライは「ありがとう」と言って受け取り開封した。中に入っていた紙を開くと二枚の手紙が入っていた。幼馴染に妹を託すべく謝罪やお礼の言葉が並んでいるのかと思いきや、二枚目に目を通したところで絶句してしまう。


「どうしたの、ミライ?」


 ベスが無邪気に首を傾げる。なんと言っていいかわからず、手紙をアイシャに渡した。彼女も「うわ」と言って一瞬言葉を失っていた。しかし渡されたということの意味を汲み取ってくれたらしく、手紙を読み始める。


「親愛なる友、ミライへ。妹を望まない結婚から救ってくれてありがとう。不甲斐ない僕をどうか許してほしい。そしてエリザベスのこと、これからもよろしく頼む。アレン・ドワイリ。二枚目は借用書ね。百万アルの」


「「借用書?」」


 目を見開き驚嘆きょうたんするベスやレベッカ。ミライは頷き大きく息を吐く。アイシャに読み上げてくれた礼を言い、再び手紙と借用書を受け取った。呆れて体の力が抜ける。


「本当に困った男だわ。百万なら私が出す。ピエール、この宝石を換金して支払ってもらえるかしら?」


「かしこまりました、ミライ様」


 今日持ち帰った貴金属の一部をピエールに渡す。彼は受け取るとすぐに部屋を出ていった。


「ミライ、ごめんなさい……」


 室内ではベスが肩をひくつかせ泣いている。彼女の兄への感情が、呆れから怒りに変わっていく。こんなにかわいい妹を泣かせるとはどうしようもない奴だ。アイシャやビアンカも眉を寄せ、口を結び怒りを露わにしている。


「泣かないで。アイツの借金癖はベスのせいじゃないわ」


「そうよ。アランがしょうもないのは昔から。なんならベスが生まれる前からだし」


「泣くなベス。お前の兄がまた迷惑をかけるようなことがあったら、その時は私が軍で培った拷問術で締め上げるからな」


「「それはやりすぎ!」」


「みんな……」


 涙声で礼を言うベスに、ミライはにっこりと微笑んでみせた。こんなしょうもないことも分かち合い、笑い話に変えられる。かけがえのない友人たち。彼女らと家族として過ごす将来に、結婚式が楽しみとさえ思えた。


「皆、少し落ち着いたか? そろそろ、大事な話をしよう」


 ベスの顔に笑顔が戻った頃、ミライの後方から艶やかな低音が聞こえてきた。後ろのテーブルで、ファハドがティーカップを片手に微笑している。


「さあ、誰が第一夫人になるか決めようか」


 王子殿下のカップを口につけながらこちらを見る視線が、ミライに突き刺さる。


>>続く

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